ワイルドハントの話

冒険者と高難易度依頼

「ルミナ、レニー! いる!?」


 酒場の扉を乱暴に開けられて、メリースが入ってくる。店中に響き渡るほどの大声で全員がメリースを見た。ノアが困り顔で続く。


 ムニエルを食べていたレニーも、相席して肉を頬張っていたルミナも、例に漏れずそちらに目を向けた。


「いたわね」


 いつになく深刻そうな声音で、メリースとノアが二人の座っている席にまで近づいてくる。


「どうしたの」


 肉を飲み込んだルミナが、メリースに話しかける。


「依頼よ。アタシら四人でね」

「指名の依頼かい?」

「ワイルドハントの鎮圧よ、アタシらしか無理」


 依頼書を差し出される。四人以上のルビー級パーティーまたは二十人以上のトパーズ冒険者が最低条件。

 先程までそんな依頼を見かけた覚えがなかった。


 ワイルドハント。


 その言葉にルミナも、レニーも体を緊張させた。

 強力なアンデッド……多くの場合リッチという人型のアンデッドが他のアンデッドを従えて大挙する現象をワイルドハントと呼称している。

 アンデッドは生きている者のなれの果てだ。リッチは高名な魔法使いのなれの果てである場合もあれば、死霊使いが自ら望んでなる場合もある。


 元が人であっただけにワイルドハントの目的は様々である。復讐、略奪、誘拐、虐殺……挙げればきりがない。

 滅多に起こる現象ではないが、それでも起こるものは起こる。

 村を襲いながら大都市を目指していくのが通例であり、早急に鎮圧せねばならない。その性質うえに発見後すぐに依頼に出され、最優先事項になることが基本だ。


 リッチ自体もルビー相当であることを考えるとかなり厳しい相手になるだろう。


「条件的にこのギルドじゃ一択になるわけ」


 このギルドは冒険者の数が少ない。最近トパーズ冒険者が数人利用するようになってきたが、ルビーはルミナ、メリース、ノアの三人、カットルビーはレニーのみだ。

 他の大規模なギルドと比べればルビーの数はさほど差はないが、トパーズが圧倒的に足りない。全員かき集めても十二くらいだ。


「アタシが思いっきり強化と補助バフかけてバックアップするからちゃんと働くことね」


 ルミナもレニーも了承する。


 戦わなければ犠牲が増えていくだけ。台風のようなものだ。すぐにでも対処しなければならない。




○●○●




 幌馬車ほろばしゃの中で揺られる。

 レニーとルミナ、向かい側にノアとメリースが座っている。ワイルドハントの移動する先を予測し、近くの村まで行き、待機。

 しっかり休息を取った後に挑むことになる。


 ノアの膝枕でメリースが眠っている。とんがり帽子を外しており、肩までのびた茶髪が露になっている。ノアの方も特に鬱陶しそうなわけでもなく、かといって嬉しそうなわけでもなく、ただ自然にそれを受け入れていた。


 ルミナはそんな様子をじっと見ていた。羨ましいのだろうか。

 ソロ冒険者となると、毎回違う冒険者と組むかソロで依頼をこなすかでしかなくなる。パーティーを組んで長年戦い続ければ、無論強い信頼関係も生まれるだろう。恋愛、とまで行かなくとも、命を預ける身として家族に近い存在になる。


 そういう意味ではパーティーが羨ましいと思ったこともある。ただ、レニーの方針としてはモンスター討伐にこだわっていたわけではないし、多くの冒険者がわりの良いモンスター討伐を行ったり、採集依頼を行ったりと、文字通り冒険を好む。


「もしかしてレニー、緊張してる?」


 落ち着いた声が響く。ノアのものだ。


「まぁね」

「実は俺も」


 肩をすくめて、ノアが笑う。


「へぇ、緊張するんだね、キミでも」

「レニー、ブーメラン」


 ルミナがレニーに突っ込みを入れる。緊張するように思われていないのか、ノアへの発言はレニーにも当てはまるらしい。


 ノアとはあまり話をしたことがない。何せ、ツインバスターとして関わるのは初めてだからだ。

 たまにメリースがマジックバレットの早撃ちで対抗意識を燃やすくらいだ。従ってメリースと話すことはあってもノアとはない。

 まぁ、仲良くなりたいと思っているわけでもないので、積極的に関わることもない。


「ルミナは平気そうだな」


 ノアの言葉にルミナは頷く。


「このメンバー、完璧」

「ま、俺らだけでもダントツだしな」


 挑発的な表情を浮かべながら、ノアは眠っているメリースを見下ろす。


「足手まといにならないようにするよ」

「頼りにしてるさ」


 重い期待だな、とレニーは外を見る。広いあぜ道をゆっくり馬車が走っているところであった。

 こちらは快晴だというのに遠くの方で暗雲が立ち込めている。


「レニー、頼りになる」


 ルミナが強い口調で断言してみせる。


 ワイルドハント。モンスター退治に苦手意識のあるレニーにとってはアンデッドの群れなんてものはこの上なくやりたくない依頼だ。

 低級のアンデッドであれば動きは鈍いが、リッチ等、強力になると知能も高い。

 というかトパーズ単独で相手にできる敵を相手にしていたレニーにとって、いきなり難易度が跳ね上がりすぎなのだ。


「というか、トパーズの人達に協力仰がなくてよかったの」


 今回はツインバスター主導の依頼だ。ゆえに口出しするわけではなかったが、四人だけで軍隊を相手にするようなものだ。もう少し実力のある冒険者を引き連れても良かったのではないのだろうか。


「四人で倒せばギルドの評価は上がるだろ。もうちょいで俺らカットサファイアになれそうなんだ。ギルドから言われてね」

「それはおめでとう」


 この間までトパーズ、今はカットルビーのレニーにとっては遠い話だった。トパーズでさえ限界を感じていたのだ。カットルビーでも昇格できただけ奇跡的だ。ルビーとなるとなおさらだ。

 そんなレニーよりも二段階も上の等級を、レニーより若い二人がなれる可能性がある。それは元カットサファイア級のフリジットを彷彿とさせるものだった。


 全く、どんな人生を歩めばそんな猛者ばけものになれるのやら。


「それに、俺らで偵察して、ダメそうなら即撤退して全員で叩いたほうが良いだろ。事前情報なしでトパーズの冒険者を危険にさらせないし」


 ノアは親指を立てた。


「鎮圧する気満々だけどな」


 付き合わされる最弱レニーの身にもなってほしいものだ。

 

 そろそろ村に到着する。


 ワイルドハント。果たしてどうなるか。

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