冒険者と仇

 眼前のブオグ目掛けて魔弾を放つ。だが避けられた。


「やるな」


 互いに口の端を吊り上げる。

 魔弾を二発、瞬時に放つ。早撃ちにも関わらず、ヤツは間合いを詰めて両手でカットラスを振り下ろす。


 レニーはそれを受け、刃を傾けながら受け流す。


「弱いな、貴様」

「キミは強そうだ」


 ホルスターに杖を戻し、両手でカットラスを持つ。

 一方的に攻めの嵐が襲ってきた。レニーはひたすら弾き、捌き、避ける。

 攻撃に転じられる隙は、ない。どころか腕が痺れてきた。


 影の腕を伸ばす。


「オーラバースト」


 魔力の衝撃波が影の手を吹き飛ばし、レニーを後退させた。体勢を崩したレニーに、一刀が振り下ろされる。


「あぶなっ」


 首を断ちにきた一撃を屈んで避け、斬り上げを返す。ブオグは余裕たっぷりに半身になり、レニーの斬り上げを避ける。


 レニーのがら空きの背中に、カットラスが振り下ろされた。


「……ほう」


 ブオグから感嘆の声が漏れる。

 影の棘が二本、交差するように地面から飛び出ててブオグのカットラスを防いでいた。その間に距離をとる。

 スキル、影の女王に捧ぐ。影を支配し、操るスキルだ。


「ふぃー」


 盗賊団にこんな強いヤツがいるとは思わなかった。


 冷や汗を流しながらレニーはカットラスを納刀する。


「どうした、諦めたか?」

「いや」


 杖を引き抜き、撃つ。

 三発。


 だが、ブオグはカットラスを盾代わりにし、更には魔法による盾を展開しながら間合いを詰めてきた。

 右手をブオグに向ける。


「カースバレット」


 親指と人差し指を立てた右手でマジックバレットを、さらに杖でカースバレットを連射する。


 合計十二発。


 魔法の盾を撃ち抜き、カットラスに何度か魔弾を命中させるとブオグの進行を止める。


 怯んだ隙にレニーは杖を戻しながら飛び込むと、カットラスを抜刀し、全体重をのせた一撃を叩き込んだ。


「ぬうん」


 ブオグはカットラスを振るい、それを受け止めると逆に弾き返した。

 レニーは後方に跳びながら着地し、そこを狙われた横薙ぎの一撃をカットラスで受け流す。

 両腕の骨に、衝撃が響いた。


「きつい、な」


 至近距離で魔弾を放ち、牽制する。

 ブオグの正面に魔法の障壁が出るが、カースバレットによる威力補正と四発速射で破壊する。


 斬り上げがくる。


 レニーは己のカットラスで攻撃を受け、下からの衝撃を利用してわざと後ろへ向けて足を浮かせた。そのまま距離を稼ぎ、空中で魔弾を数発撃ち込んだ。

 全てカットラスで斬り落とされる。


「はぁ、はぁ」


 額から汗が流れた。

 心臓がバクバクと脈打って、疲労を訴える。

 冒険者にしたらカットルビーの戦士系ロールに匹敵するだろう。トパーズ冒険者だけじゃ失敗するはずだ。


「思い出した。貴様、賊狩りだな。雑魚相手にしていきがってると思ってたがそうじゃないらしいな」


 心底楽しそうに、ブオグは言葉を紡ぐ。


「つうことは、テメエがエースってわけだ。なら」


 ブオグの体が、筋肉が僅かに膨れる。魔法によって、身体能力が大幅に強化されたのだろう。


「さっさとトンヅラしねえと、ヤバそうだ。テメエと遊んでやる時間はねえ」

「言うね。楽しんでるくせに」


 視界からヤツが消える。

 カットラスが目前に迫る。

 避ける? 間に合うものではない。弾く? 片手で受けられるはずが――


「――はっ、冗談」


 レニーはいとも容易く、その一撃を防いだ。カットラスを逆手に持ち、真正面から。


「もったいないじゃないか、終わらせるのなんて」


 舌なめずりする。

 全身に鳥肌が立つ。


 ――影の尖兵のよるバフだ。


 薄暗いこの場所は影は薄いが、範囲は広い。であれば影の女王に捧ぐというスキルで影を支配下におけるし、支配した影の範囲に応じて強力なバフを受けられる影の尖兵の効果が発揮される。


 今戦っている空間全てがレニーの影、そしてバフになるのだ。


「お楽しみはこれからだよ?」


 カットラスで打ち合う。大きく弾き出されたのはブオグだった。


「くっ」


 カットラスを両手に持ち、肉薄する。


「うおぉおおお!」


 身体強化されたブオグと、バフのかかったレニーが激しい攻防を繰り広げる。


 カットラスが火花を散らし、掠めた刃で皮膚が裂け、斬り合う。


 斬り合う中で息をする余裕なぞない。死線を潜りあった者同士の、殺し合いが続く。


 レニーは戦士系のロールではない。強みである早撃ちはやる余裕がない。戦士としての技量が相手の方が上で、杖に意識を向けようものなら斬られるからだ。


 レニーが全力のブオグと戦えているのは影の尖兵によるバフでブオグの身体能力を上回っているゆえの結果。要はゴリ押しだ。


 それに。

 軋む骨に、痛みの走る靭帯に、魔力が湧き上がる。


 狂性魔力。


 自分を追い詰めれば追い詰めるほど魔力が増す。それで影の尖兵のバフを継続させる。

 そして全力で持ってブオグを叩き出した。

 レニーとブオグの間に空間ができる。


 瞬間、光が奔った。


 ラフィエだ。

 短剣の賞金首を倒して追いついてきたらしい。

 サーベルを抜剣し、ホーリーセイバーによるバフのかかった必殺の一撃をブオグに放つ。

 一撃特化が彼女の強みだ。身体能力が強化されたブオグ相手でも、その煌めきは衰えない。


 白一閃。


 ブオグのカットラスを大きく弾き飛ばす。


「なにっ!?」


 驚愕するブオグに向けて、レニーは両手を突き出す。


「ネガティブバインド!」


 ブオグを闇の鎖が拘束する。影の尖兵のバフがかかった、強力な拘束だ。ブオグはこれを抜け出す術はない。


 本来であればレニーと相性の悪い拘束特化の魔法だ。魔弾を早撃ちするせいで「魔力射出」という魔力を一気に放出するスキルを得ているレニーには、継続的に効果を発揮する魔法の維持が困難になる。


 それを狂性魔力で無理やり持続させ、さらにはわざと詠唱することで影の女王に捧ぐによる闇属性魔法の威力補正をより強力なものにした。これに影の尖兵のバフまでかかっているのだ。暗闇限定の超強力拘束魔法の完成である。


 そしてレニーが拘束魔法を選択したのは、ラフィエが追いついた事実を知って確信したからだ。


「――ブオグ!」


 叫び声に視線を向ける。


 ヘラの姿があった。

 そう、仇を討ちたい人間も追いついた、のだ。


「仲間の仇だ、しかと受けろ!」


 ヘラは風の魔法を脚にかけた。右足に小さな竜巻が巻き起こり、周りにも風を発生させる。そしてハルバートを空中に投げた。クルクルと回りながら、ハルバートがヘラの眼前まで落ちると、右足でハルバートの柄を蹴った。


 凄まじい風きり音を響かせながら、ハルバートが射出される。

 ラフィエがレニーの前まで後退し、拘束されたブオグへハルバートが飛ぶ。


「ぐおぉお!」


 ブオグが急いで避けようとするが、レニーのネガティブバインドがそれを許さない。


 そして。


 ハルバートがブオグの胸を貫いた。

 胸を刺し貫いたハルバートは勢い余ってブオグ後方の壁にまで刺さる。


「ゴハッ!」


 ブオグが血を吐き出す。グラグラと体を前後させ、ついには倒れた。

 数秒、全員でブオグが動かなくなったことを確かめる。

 ラフィエが残心を解き、レニーは己のスキルを解除した。


「レニーさん、大丈夫?」

「大丈夫さ、ありがとう」


 レニーを心配するラフィエにお礼を言いながら、ヘラに近づく。


「どうだい、復讐できた気分は」


 ヘラは不思議そうにレニーを見て、それから呟いた。


「仲間は、喜んでくれるだろうか」

「何言ってるんだ」


 レニーは当たり前のようにこう続けた。


「今生きてるだけで喜んでくれてるでしょ」

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