冒険者と指名
「君が、壊滅させられたパーティーの生き残りね」
怒りに拳を震わせながら、ヘラはジョッキをテーブルに叩きつけた。強い酒を飲み干して、赤ら顔でヘラはレニーを睨む。酒場で話を聞いているのだ。
「仇を討ちたい。協力してほしい」
「ここにもブオグの依頼は来たさ。受ける予定でもある」
「なら」
身を乗り出すヘラをレニーは手で制す。
「パーティーを失った気持ちはぶっちゃけわからない。が、精神がやられるっていうことは猿でもわかる。まともな精神状態じゃないキミは、この依頼に参加すべきじゃない」
ブオグは危険な存在だ。フリジットが依頼に参加するくらいである。被害が広がる前に抑えておかなければならない相手なのは間違いないだろう。ヘラがパーティーメンバーを失ったばかりで精神が不安定なのは間違いない。怒りでその場を引っ掻き回されてパーティー全員を危機に陥れる可能性だってある。
「……それでもさせてほしいんだ。これじゃ、死んでも死にきれない」
声を震わせながら、ヘラが訴える。
「左腕、折れてるだろ。完治までいくらかかる」
ヘラは答えられなかった。答えれば、より己の状況を悪化させるものだとわかっているからだろう。
「なるべく少人数で討伐しに行く予定だ。とはいえ等級が一番上のフリジットが賛成すればだけど」
レニーはソロで盗賊団を壊滅させてきたし、以前受けた賊の討伐はルミナと二人で受けて壊滅させた。大人数で大規模な作戦を決行するよりは少人数の方がやりやすかった。
メンバーはラフィエは確定だとして説得してリンカーズを入れるか、ヘラを入れるかの二択になる。リンカーズの三人を入れてギリギリという感じだ。四人は多い。
冒険者が強ければ強いほど、多ければ多いほど、相手は撤退の手段を選びやすい。その選択肢を頭から抜け落とさせるのが少人数による一見、舐められたように感じる構成なのだ。
そして冒険者自体がマジックサックやポーチ、特製の武器など宝を抱えてやってくるようなものだ。大人数で叩いて奪えそうな相手なら、奪いにくるだろう。
逃げられる心配はなくなる。
「片手だけでも、戦える」
「仇を目の前にして、冷静でいられるか?」
「平気だ」
強がりのような笑みをみせて、ヘラは首を振った。
言動としぐさが伴っていない。嘘だ。
レニーは長考した。
なぜならまだリンカーズを誘えていない今、トパーズのヘラを参加させることはメンバーに確実性が生まれるからだ。リンカーズが別の依頼を優先すれば、ヘラを入れたほうが安全ではある。
仇討ち目的のやつなぞ、ルール無視、玉砕覚悟で突っ込むからだ。なら、監視できる範囲にとどめておいたほうがいい。
大きく、ため息を吐く。リンカーズを仲間に引き入れたほうが圧倒的に安定感は出るのだが。かといって目の前の不確定要素を放っていくリスクも考えねばなるまい。
レニーは立ち上がった。
「どこに」
「中庭。試してあげるよ」
静かに、レニーは呟いた。
○●○●
中庭ではカットパールの冒険者のライがラフィエに剣術を教わっていた。今では前衛ではなくなったラフィエだが、元は前衛だ。トパーズの冒険者として剣を扱うライに師事をするくらいはできる。互いに木剣で模擬戦を繰り返しているようだった。
「レニーさん」
ライの縦斬りを弾きながら、ラフィエがぱっと顔を明るくさせた。ライも振り向き、目を見開く。
「どうしたんだよ、中庭まで来て。そこの人は?」
「トパーズ冒険者のヘラ・スレイさんだ」
ヘラが頭を下げる。
「ラフィエ・クランシーだよ、よろしく」
「俺はライ」
互いにあいさつを済ませたところで、レニーは中庭の端の方まで移動すると杖を引き抜いた。手でクルクルと回しながらあそぶ。
「ヘラさん、キミを試す」
「どうする気だ」
杖の先をヘラに向け。
――撃った。
ヘラは腕を振るう。
風の盾が展開され、魔弾を弾いた。
「ちょっとレニーさんいきなり」
ラフィエが止めようとするが、レニーはヘラに向かい合うように杖を構える。
ハルバートを引き抜いて、飛び込めばすぐ届く間合いだ。剣であろうと、大きく二、三歩進めば間合いに入れられるだろう。
「棒がオレまで届けば合格だ」
「開始の合図は」
「いつでもどうぞ」
ヘラは戦闘訓練用の木製でできた棒を片手で引き抜く。中庭の外のラックに収納されている武器のうちの一つだ。それを短く持ち、手斧のように構えた。ちなみにレニーもカットラス代わりの木剣を背負っている。
中庭は一応柱に加工がされていて特殊な結界魔法が展開されている。どれだけ暴れてもよほどではない限り、建物に被害はない。
それが戦闘訓練でも使われる理由だ。
ヘラが突撃する。
レニーは魔弾を撃った。風の盾が前面に展開され、魔弾の軌道を逸らされる。
だが。
「ぐ」
次の瞬間、風の盾は破壊され、ヘラの頬を掠めた。
三発。
一発目は弱めに、二発目は軌道を逸らされない威力に、三発目はカースバレットで盾を貫通するように撃った。ヘラは大きく後ろに下がり、眉をひそめる。
ヘラは跳び上がると、腕を後方に下げ、そして、伸ばした。
投擲したのだ。
しかも、風の魔法で加速をさせながら。
レニーは眉一つ変えず魔弾を撃つ。
槍の先に、二発。一発目で風の魔法を殺し、二発目で弾き上げ、そして三発目を撃って柄の部分を弾いた。回転しながら飛んできた槍を、ヘラはキャッチしてみせる。
レニーとヘラの距離は広がっていた。
「……ラフィエさんならどう距離を詰める?」
「え? 私ですか」
「そ」
「えーっと、加速して、横から攻めます」
「やってみせて」
ラフィエは木剣を腰の近くで納刀するように構える。
「すぅ」
息を吸い、重心を低くする。
「ふ」
呼気と共に、ラフィエが間合いを詰めた。弧を描くように加速しながら、剣を振るう。
レニーはそれを身を屈めて避け、ヘラへ向けて魔弾を撃った。
ヘラの持っていた棒が弾き出される。
しかし。
ヘラはバックステップを踏むと、落ちてきた棒の先を蹴った。風の魔法で加速した棒が、レニーに飛んでくる。ラフィエはほぼ直感で道を空ける。
レニーはシャドーハンズを発動させると棒を掴んだ。一本では掴みきれず、四本ほどで勢いが止まる。
鳩尾にとん、と静かに棒が触れた。
「……届いた、でいいのか」
レニーは静かに頷き、肯定した。
「あの、なんで私まで」
ラフィエが当然の疑問を口にする。
「何となく」
「えぇ」
納得してなさそうなラフィエをよそに、レニーは肩をすくめた。
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