仇の話

冒険者と賞金首

 ギルドが何やら騒がしかった。

 扉を開けて中に入ったソロ冒険者、レニーは掲示板に人だかりができているのを知った。野次馬になるつもりはないが、依頼を見に来たので行かざるを得ない。

 人だかりができているのは依頼ではなく賞金首の指名手配書のようだった。


「とんでもねえ金額だな」

「盗賊でこれって相当だぞ」


 ちらりと手配書に目を向ける。


 ブオグ・ディンシタン。描かれた似顔絵は角刈りで薄っすら髭の生えた四十歳ほど……初老の男の顔だった。強面で、首の筋肉も発達しており、太い。目は鷹のように鋭く、ニヒルな笑みを浮かべている。額から左頬にかけて傷があった。

 レニーはじっとその似顔絵を観察する。

 賞金はルビー級のモンスターを討伐したときと変わらない。単純な強さで言えばモンスターに劣るが、周りへの影響度と被害を考えてのことだろう。

 その隣には三人ほどの指名手配書が並んでいる。全員同じ野盗の一味らしくひとかたまりにしてある。どれもトパーズの依頼相当には賞金をかけられていた。


 無論、生死は問わないデッドオアアライブだ。


「一攫千金だがリスクたけえな」

「モンスターより厄介なんじゃねえか」

「こんなん相手できるのって……ここじゃあいつじゃねえか」

「あいつって?」

「いるだろ、ぴったりの異名引っ提げてここに来た冒険者がよ」


 その場の視線が全てレニーに向けられる。


 賊狩り。


 レニーが以前、野盗連中を相手にしすぎてつけられた異名だ。本人もロールがならず者ローグなので皮肉めいたものを感じなくもないが。

 しかし賞金から考えてレニーだけで対処できるような相手ではなさそうだった。依頼の掲示板に目を向けると、指名手配犯を捕まえるようにという依頼も張り出されている。

 レニーは掲示板の前まで歩いていくとその依頼書を確認する。


 トパーズ級パーティーをベースにカットルビー以上の冒険者を二名以上が大前提の依頼だった。こういった形式をとる依頼は既に失敗して難易度が引き上げられた依頼に多い。


 しかも盗賊相手でこれほどの難易度がつくのは珍しい。相手の集団がよほど多いか、頭領、幹部が相当の手練れか、両方だろう。

 これは、この地域でいきなり現れた盗賊団ではない。別の地域から活動拠点をこちらに移したのだろう。


「レニーさん、受けるの」


 声をかけてきたのはラフィエ・クランシーだった。トパーズ級の冒険者で、今はパール級パーティーのサポート役をしていることが多い。

 顔を覗き込むようなしぐさで蒼い髪が馬の尾のように揺れる。


「んー、メンバー集めないとだから今のまま受けるのは厳しいかな」


 こういうときは大体、ソロ仲間であるルミナと組んだりするのだが、ルミナは今別の依頼で不在だ。


「もしやるのなら手伝うよ」


 トパーズ冒険者の助力は大きい。後は頼めるとしたら、ルビー冒険者のペア冒険者ツインバスターだろうか。


「そうだね、もしそのときはよろしく」


 やるにはメンバー集めが必要だし、ソロのレニーには今すぐという選択肢はない。とりあえず、受付嬢に話を聞いてみるか。

 冒険者用の受付に向かおうとした。

 

「おーい、レニーくん。依頼の話、こっちでもいいよ。今ヘルプ中だから」


 支援課の受付でフリジットが手を振った。支援課の受付の立て札に、「依頼者・冒険者受付兼任中」とある。先ほどまで別の冒険者相手に話をしていたから、冒険者用の受付の仕事を手伝っていたのだろう。


「おはよ。あの、ブオグってやつの盗賊団なんだけど」


 レニーが名前を出すとフリジットは表情を暗くした。

 俯いた拍子に、美しい銀髪が垂れる。


「メディンナスっていう町の近辺で暴れてた盗賊団よ。凄く危険で、そこのトパーズ級のパーティーがほぼ壊滅したの。だからカットルビー級の冒険者は必須だわ」


 トパーズ級パーティーが盗賊団に壊滅状態に追い込まれるのも相当である。あの賞金の額にも、依頼の難易度の高さも納得である。


「このままじゃこの国の被害も大きくなるばかりだから、早めにどうにかしたいんだけど、今レニーくんしかカットルビー以上の冒険者いないのよね」


 頬に手を当てながら困り顔でフリジットが呟く。他のルビー級冒険者は別々に依頼に行っていて、いつ帰ってくるかわからない。


「だから今、私が依頼に参加できるように手続き中なの」


 フリジットは元冒険者だ。

 カットサファイア。等級はレニーよりも上。最高峰の冒険者のひとりである。


「手続きねぇ」

「しばらく受付嬢の仕事できなくなるかもしれないから、それの手続き」

「いろいろ大変だこと」


 フリジットは頷く。


「でも、手続き終わったら行ってもらうからね」

「何に」

「もちろん、ブオグ一派捕まえるの」

「オレと」


 レニーは自身を指さし、次にフリジットを指さした。


「キミとで?」


 首肯される。


「そりゃ頼もしいことで」

「こっちの台詞でもあるんだからね、レニーくん」


 フリジットが軽くウインクする。


「なら、念のためトパーズの冒険者をあと二人か、三人は集めないとな」


 一人なら最近トパーズに昇級したばかりのラフィエでいいだろう。


「リンカーズの三人でいいんじゃない?」


 リンカーズは、このギルドで活躍しているトパーズの三人組のパーティー名だ。トパーズはラフィエも含めて四人で全員だ。

 カットトパーズの冒険者でもいい。


「ちょうどいいね。それに――」


 扉が乱暴に開かれた。

 壁とドアがぶつかった大きな音が響く。

 後ろを振り返ると女冒険者が立っていた。


 ひどくやつれた顔をしている。少年のような髪型に、燃えるような炎を思わせる赤。薄褐色の肌に頬から瞳に向けて白いラインが入っている。

 露出の多い服装で腕や腹が剥き出しになっていた。鍛え抜かれた二の腕や腹筋があらわになっている。黒い布を巻き付けたような、さらしの服で胸の谷間が強調され、その上から丈の短い上着を羽織っている。

 膝まであるダークレッドの腰巻に、半ズボン、足にはサンダル。背中にはハルバートがあった。刃が下に向けてあり、斜め掛けにされている。


 左腕には包帯が巻かれて前腕から手のひらまで固定されており、とても現状使えそうには見えなかった。


 眉間に皺を寄せ、キツイ印象のする顔のまま、扉を閉めて受付に向かう。


 知らない顔だ。別の地域からやってきた冒険者だろう。


 初めてで聞きたい事がある場合でも、依頼と同じ冒険者用の受付に並べばいいはずだが、彼女は依頼者用の受付に行った。単純に勝手がわからないのだろう。

 彼女は冒険者カードを受付に提示しながらハスキーな声を響かせる。


「賊狩りの冒険者。カルキスからこっちに来た冒険者を探している。確か同じトパーズの」

「えーっと」


 依頼者用の受付にいる受付嬢がフリジットを見て、フリジットが楽しげにレニーを見る。

 レニーは冒険者カードを取り出して、依頼者用の受付の前まで行った。

 そしてカウンターに、彼女の冒険者カードの隣に自分のものを置く。ちらりと、彼女のカードを読んだ。


「トパーズのヘラ・スレイさんね、よろしく」


 ヘラは驚いたようにレニーの顔を確認してから冒険者カードを見た。そして受付嬢に目を向ける。


「その、賊狩りのレニーさんです」


 受付嬢が笑顔で説明してくれた。

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