冒険者と過去の話

 ラフィエの祝いは深夜まで続いた。高級な酒を飲ませたラフィエが酔い潰れて寝たあたりでライのパーティーがラフィエを連れて帰り、順々に解散していった。

 フリジットはべろんべろんに酔って呂律の回らない状態で帰っていった。なんだかんだ歩行はしっかりして真っすぐ歩けていたし、大丈夫だろう。


 酒場に残ったのは食器やジョッキを片付けてくれている従業員と、


「ぐー」


 ルミナだった。


「ルミナ?」


 レニーは肩をゆする。テーブルに完全に突っ伏していた。ワインを頼んでボトル一本分飲み干してから徐々に元気をなくしていき、眠気に負けたのか突っ伏し始めたのだ。


 他の酔い潰れた冒険者はパーティーメンバーが連れて行ったりしていたが、ルミナはソロだ。


「すぅー」

「ちょっと、もうみんな帰ってるよ?」


 肩を叩く。


「ぐー、ぐー」

「起きてるだろ」


 レニーが背中を擦る。ルミナはゆっくり顔をあげた。酒のせいで頬が赤い。

 寝ぼけているのか、目がとろんと蕩けていた。


「おーい、帰るよ? そろそろ閉店だし」

「スピー」

「いや寝ないで頂けます?」


 ルミナはぼやけた顔で、手を伸ばすとレニーの袖を掴んだ。


「おんぶ」

「へ?」

「おんぶ。して」


 ルミナのお願いに戸惑う。酔ってるせいで幼児退行でもしてるのだろうか。


「……肩貸すから」

「ボクのこと、嫌い?」


 甘えた声で聞かれる。普段絶対に出さないような可愛らしい声で言われると、ドキリとさせられる。ルミナの容姿ははっきり言って凄く良いのだ。甘えられて悪い気はしない。


「……後で文句言うなよ」


 屈んでルミナに背中を向ける。


「わーい」


 棒読みの喜びと共に、背中に重みが伝わってきた。

 背中に当たる柔らかい感触は、頭の中から消し去っておく。立ち上がって、太ももあたりを手で支えつつ、歩き出す。


 会計は済ませてあるので、あとは宿に帰るだけだ。




○●○●




 夜風が頬を撫でる。

 ルミナは心地よい感覚に身を任せながら、唸った。


「起きた?」

「起きてない。ムニャムニャ」


 レニーに背負われている。ルミナは背中の温かさを満喫しながら、腕の力を強める。


「いや、起きてるじゃん」


 不満げに言うレニー。ルミナはレニーの耳元で呟く。


「ボク、重い?」

「非常に答えづらい質問するね。重くないからいいんだけどさ」


 フラフラだったルミナを、レニーは背負って帰ってくれている。それが嬉しくて、あと歩くのが非常に面倒臭くて、レニーに任せていた。

 利用してる宿屋は同じだ。


「ラフィエの依頼達成?」

「失敗だね。ソロで生きる術教えてないし」

「でも満足げ」

「そりゃ、本人が満足そうなのが一番だからね」


 今回はレニーに任せて手を出さなかったが、ルミナはラフィエを気にしていた。ライたちと依頼を行く姿を見たときや最初このロゼアに来たばかりのことは相当不安げな表情を浮かべていたからだ。


 それが、かつての自分と重なって、でも、かつての自分を助けてくれたのもレニーであったから全て任せることにした。自分だときっと、怖がらせてしまうから。


「ルミナはさ。本当はラフィエさんの手助けしたかったんだよね」


 そんな心情を言い当てられて、ドキリとする。


「うまい育成メニューが思いつかなかったからフリジットとライたちに任せちゃったけど、アドバイスとかしても良かったんだよ?」

「いいの。レニーがいたから」

「そう? やりたいことあったらいいなよ? キミって、他人のことになると引っ込みがちだから」


 嬉しい。

 自分のことを知ってくれている。わかってくれている。それが、たまらなく嬉しい。

 嬉しくて嬉しくて思わず口角が上がってしまうくらいに。

 優しい声音に、ドキドキさせられるほどに。

 鼓動は、聞こえてないだろうか。今の心まで見抜かれないだろうか。心配してしまう。


 レニーは大抵のことで鋭い癖に、他人の好意には疎い。好意の認識が全て一定だ。だから、鈍感というよりは興味がないが近いだろう。レニーが女性にアピールしたり、だらしない場面を見たことがない。


 恋愛感情についてあまり鋭くないことをルミナは好ましく思っていた。何せ、気を使わなくていい。

 一歩踏み出すのが怖くても、気づかれなければ問題ない。


「ねえ、レニー」

「なんだい」

「最初に出会ったときのこと覚えてる?」

「キミがつまんなそうにステーキ食べてたときのこと? 覚えてるよ」

「そ。ラフィエを見てて、思い出したの」


 自分の過去のことを。

 ルミナは目を瞑って、特別な時間を堪能する。そして、自分の記憶を掘り起こした。




○●○●




 子どもの頃、ルミナは落ちこぼれだった。エルフは普通、魔法が得意な種族だ。武器を得意とし、戦士となるものもいなくはなかったが、魔法も扱う魔法戦士のロールになることが多かった。


 ルミナは魔法が苦手だった。初級の魔法すらうまく扱えない。魔法を扱うにおいて魔力の量はもちろん、魔法を出力するためのイメージが重要になってくる。魔法の詠唱を覚える事も、頭の中で魔法を思い描くこともどちらも苦手だった。


 何となく感じる疎外感。それが嫌で、大人になったルミナは旅に出る事にした。

 旅先でたまたま魔物を倒したときがあった。襲われそうな村人を助けるためであった。村人からは感謝され、ルミナはそこで初めて心が満たされるのを感じた。


 そして、それがもっと欲しくて、冒険者になったのだ。


 ――人間味を感じない。


 いつ、誰に言われたか、ルミナは覚えていない。


 パーティーを組みたいと思ったことはないし、立ち回りとかよく考えられない。ルミナはただ人を助けたい、心を満たしたいと冒険者を始めたのであって、他のパーティーみたいに高い目標があるわけではなかった。


 魔物を倒すのが手っ取り早かった。依頼人から話を聞いて、大物を真正面から打ち倒せば皆感謝してくれる。他の依頼もやったが、賊退治は人間相手で気が引けるし、採取は査定に持っていくだけ。役に立った実感がなかった。


 誰かの助けになっているのだと実感したいが為に魔物を倒し、気が付けばカットルビーまでたどり着いていた。ギルドロゼアを気に入り、ギルド所属の冒険者になって、ルビーも目前。


 難度の高い依頼が終わると、自分への労いに豪華なステーキを頼んで食べていたが、飽きてしまった。次は何を楽しみに依頼をこなそうか。それぐらいしか考えることがない。


 半分までステーキを食べて、ルミナは憂鬱な気分になった。


 そんな時だった。


「なんか、おいしくなさそうだね」


 声をかけられる。

 ソロかペアの冒険者用の角の席。最近は相席を全くしなくなったために、最初は自分が話しかけられたのだと気付かなかった。


「お姉さん、相席いい?」


 目の前で手を振られてやっと、自分が声をかけられているのだと気付く。薄桃色の髪に、アメジストの瞳が印象的な青年だった。よくよく見れば男性だが、ぱっと見女性にも見えなくはない。


「大丈夫」

「ありがとう。ここに来たばっかでね。おすすめのメニューがあれば教えてほしいんだけど」


 ルミナは記憶を辿って、人気のメニューを思い出す。


「シーフードパスタ」

「んじゃ、それとエール頼もうかな」


 店員を呼び、パスタとエールを頼む。


「それで、おいしいの? ステーキ」

「おいしい」

「ふぅん、今度頼もうかな」


 自分の皿を見下ろす。半分ほど残っていた。ナイフで切って、一切れ食べる。

 青年を見る。

 何だか肩の荷が降りた、清々しい顔をしていた。しかしどこか、寂しそうだった。


「大剣使うんだ」


 壁に立てかけられた大剣を見て、青年が問う。

 ルミナは頷く。

 会話が途切れた。

 空白を埋めるようにステーキを食べる。

 大抵、相席した相手は喋り倒して勝手に疲れたり、会話が続かないと気まずそうにして、あまり楽しかった覚えはなかった。

 青年は特に何も気にしてないのか、くつろいでいる。

 やがて、店員がパスタとエールを持ってきた。

 青年は軽く祈ると、パスタを食べ始める。


「……おいしいな。おすすめしてくれてありがとう」


 お礼を言われるも、ルミナはどう返したらいいかわからず、無言を貫いた。

 青年はエールを飲む。


「何かあったの?」


 青年が尋ねてくるので首を傾げた。


「いや、元気なさそうだからさ。相席が迷惑ってわけじゃなさそうだし」 

「……わかる?」

「わかんない。名前も知らないしね」

「じゃあ何で」

「そういう顔してる」


 自分の顔を触ってみる。


「生まれつき」

「んーそうかも。でもステーキの味を語るときが一番感情無かった」


 感情がない。わからない。そう言われたことは何度もあったが、こういった形では初めてだった。


「顔って?」

「うん?」

「よく無表情って言われる。変わらないと思う」

「顔の下半分だけで判断してるんじゃかな。大抵の人はそうだし」

「顔下半分?」

「笑ったら口の端上がるでしょ。泣くときは逆」


 そう言って、自分の指で口の端を押し上げたり下げたりする。


「ま、キミの場合、眉も眉間もあんま動いてないけどね」

「じゃあ何」

「勘」


 身も蓋もないことを言われた。


「目線の先とか食事の進み具合とか、呑み込むまでの時間とか、判断材料はいくらでもあるし、いくらもない」

「何が言いたいの」

「人間、結構表情以外でも感情出てくるってことさ。何の感情かわからないし、ただの癖の時もあるから一概に言えないけどね」


 結局、ルミナには理解できない話だった。言っていること自体はわからないわけではないが、身近に感じないというか、遠い場所の話のように感じる。


「ま、何もないならないでいいさ。好奇心で聞いただけだし」

「変なの」

「気になったら、なるべく話すようにしてるんだ。会話してみないとわからないだろ。相席するのもこれ一回かもしれないし」


 青年は淡々と告げた。


「……エール」

「うん?」

「おいしい?」

「今はね」

「今?」

「うん。いつもおいしくないから」


 そう言いながら青年は飲み干した。


「何で飲むの」

「普段は不味いんだ。頼んだことを後悔することもある。でも今は美味い」

「……何言ってるかわかんない」

「キミはそのステーキを好きで頼んでるんだよね」


 頷いて同意する。


「食べ過ぎて飽きたときは?」

「今、飽きてる」

「ほら。同じものだからっていつでも不味いわけじゃないし美味しいわけでもないでしょ」


 何だか腑に落ちなかった。


「やりきった後のエールってやたら美味しく感じるんだよね」


 青年は手を挙げてまた店員を呼ぶ。いつの間にか、皿は空になっていた。

 ルミナは青年の話をあまり面白いと感じているわけではなかった。会話が楽しいわけでも、相手が楽しそうにしているわけでもない。

 ただ、居心地は悪くなかった。


「エール。ボクも」

「オッケー」


 何でもないように了承して二人分のエールを頼んでくれた。


「……名前」


 この目の前の変人が一体誰なのか、ルミナは気になった。気になったら、会話してみるしかない。


「レニー・ユーアーン。ソロの冒険者だよ。キミは?」

「ルミナ。カットルビー、ソロ」


 ルミナは久しぶりに名前を他人に教えた気がした。


「じゃ、ソロ仲間だ。よろしく」

「仲間」

「そ。ソロ仲間」


 そんな、過去ファーストコンタクトの話だ。

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