冒険者とエンチャントカートリッジ

 即撤退だ。

 洞窟の奥に近い場所であるし、メイルヘッジ・リザードスが出る可能性は十分にあった。

 試験で討伐するような相手ではない。


 ――と。


 少し前のレニーであれば考えていたのかもしれない。


「ちゃちゃっと済ませちゃうから、ここで待つこと」

「え、でも」

「派手な祝砲上げてあげるから見ててね」


 レニーはラフィエとメイルヘッジ・リザードスの間に立ち、杖のシリンダーを剥き出しにする。ストッパーを親指で押して外し、右側にシリンダーを押し出したのだ。

 中心部の円筒状のカートリッジを外し、ベルトにある別のカートリッジに入れ替えた。シリンダーを元に戻し、ストッパーをかける。

 魔力を込めながら、歩き出す。


「グルル」


 メイルヘッジ・リザードスは角をこちらに向けると、後ろ足で強く地を蹴り、突進を開始した。

 レニーは構わず、歩き続ける。

 少し前はトパーズだったが、今はカットルビーだ。怯えるほどの相手ではない。

 とはいえ、等級を上げてからは初めてなのだが。

 それでもレニーは自信を持って、メイルヘッジ・リザードスに向かっていった。新しく手に入れたクロウ・マグナという杖の性能。己に追加されたスキルの効果。

 全てを把握して、勝てると踏んだ。


 迫る。

 まだ早い。

 メイルヘッジ・リザードスの体がどんどん、視界を占める割合を大きくする。

 迫る。

 まだ、あと少し。

 角の先がレニーを貫かんと迫る。


 今だ。


 レニーはステップインで下半身をメイルヘッジ・リザードスの下に潜りこませ、続いて上半身を入れた。入れ替わるように影の壁を発生させ、角を影の壁に突き刺さらせる。


 影の手がメイルヘッジ・リザードスの腕を、脚を、尻尾を捕まえて地面に引き込む。メイルヘッジ・リザードスはその力に必死に抵抗し、身動きが取れなくなった。角を振り回そうにも影の壁に突き刺さった状態で振り回せない。

 無防備の胸がレニーの眼前にある。

 地面に横になった状態で、杖をメイルヘッジ・リザードスの胸に向けるのは容易だった。あくびをしながらでも狙える。

 装填されているエンチャントカートリッジは雷属性。鱗の表面にあるぬめりのある液体も電気を通しやすい。ゆえに、雷属性はメイルヘッジ・リザードスの弱点属性とされている。


 ――スキル「ハンター」による無防備な敵への威力向上。

 ――スキル「魔弾の射手」による魔弾の威力向上。

 ――スキル「影の尖兵」による魔力バフ。


 狙って発動させたスキルによって、必殺の一撃へ昇華する。

 思わず、舌なめずりをして、笑みを浮かべてしまった。


「……チェックメイトだ」


 そして、魔弾を撃つ。

 地表から天に向かって、雷が昇った。




○●○●




「それでは、ラフィエさんのトパーズ昇級を祝ってぇー!」


 かんぱーい!

 フリジットの掛け声に全員が合わせてエールのジョッキをぶつけ合う。

 酒場にてラフィエの祝いの席が設けられていた。

 フリジットとレニーで奢る予定だったが、バカ騒ぎしたい冒険者から少しずつ資金をもらい、盛大に祝っていた。


「ありがとう、みんな。うぅっ! みんなのおかげで、ひっぐ、わたし、わたしやっとトパーズにっ!」


 ラフィエはまた泣いていた。

 まぁ泣きたい気持ちもわかる。ずっと行き詰っていたところから昇格まで成し遂げてしまえば感無量という他ない。

 魔法使いのマールに慰められながら、エールを飲んでいた。


「良かったね」


 隣のフリジットが、レニーに声をかける。


「うん、良かった」


 自信の喪失から自信を取り戻させるためにライのパーティーと組ませたし、突破口を見つけてもらうためにフリジットに指導をお願いした。

 こうして順調に結果が出たのは一重に本人のがんばりだ。それでも、関わった者として誇らしい気持ちはあった。


「ところで、メイルヘッジ・リザードスを一撃で倒したって聞いたんだけど。無茶してないよね」

「あー新しい杖に浮かれちゃってつい、うっかり」

「無理しないの」


 肘で脇腹を突かれる。もろに入ったので腹を抑えずにはいられなかった。


「まぁすぐ倒せたし、自分のスキルのやばさ加減と杖の良さにびっくりしたね」


 計算通りだったとはいえ、トパーズのころのレニーでは命がけの相手になっていただろう。それを問題なくコロっと倒せるのだから、スキルツリーの成長は恐ろしいものだ。


「レッドロードも楽勝かなぁ」

「死にかけはしないだろうけどしばらく遠慮したいかな。軽くトラウマだし」

「やらせませーん」


 フリジットは飲み終えたジョッキを掲げる。店員が新しいものを持ってくると古いジョッキと交換してくれた。そして、勢いよく飲みだす。


「ぷはーっ。たまんなーい!」


 幸せそうに酒を飲むフリジット。


「ちょっとレニー!」


 後ろで声がしたので振り返る。

 メリースとノアが立っていた。


「あぁ、二人とも。ワイバーン退治、ありがとう」

「どういたしまして……じゃ、なくて! 杖完成したらしいじゃない! 勝負よ、勝負!」

「おいおい、メリース。トパーズに上がった子のお祝いの席なんだから無茶言わない」


 血気盛んなメリースをノアがいさめる。メリースは頬を膨らませてから鼻を鳴らした。


「アタシらもお祝いするわよ、はい」

「まいどあり~」


 メリースが出してきた硬貨をフリジットが受け取る。


「よしっ! 今日は飲むわよー!」


 拳を振り上げるメリースは他の集団に紛れていく。ノアもそれについていった。


「ボクも祝う」

「はーい」


 その陰からルミナが歩み寄ってきて、硬貨をフリジットに渡した。

 そして持ってきたイスをレニーの隣に置いて、座った。元々飲む気しかないのか、大剣を担いでいなかった。


「レニー、また助けた」

「またって何だい。今回はただの依頼だし」

「または、また」


 嬉しそうに、ルミナは呟く。

 詳細を聞こうとしてもまたはぐらかされるのだろう。


「ルミナってチョコフルーツ食べた?」

「まだ。気になる」

「じゃ、頼もうか」

「はいはーい、私も私も」

「了解」


 店員を呼んでチョコフルーツ二つと、追加のエールを三つ頼む。

 今日は長い夜になりそうだ。

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