冒険者と推薦

 レニーはカウンターテーブルの上に置かれた杖を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ホルスター、杖ともにオーダーメイドだ。分割払い、覚悟しておくといい」


 全体的に黒い杖だった。長方形のシャフトにフレーム。フレームの中央には円筒状のパーツが取りつけられており、その長い杖の身からまるで翼が生えたかのような角度でグリップがある。

 シャフトの長さは太腿の長さとほぼ同じで、一般的なショートスタッフの長さと変わらない。先代の杖の二倍近い長さだ。


 ついてきていたルミナが杖を覗き込む。


「かっこいい。名前は?」

「クロウ・マグナさ」


 ルミナとエレノーラがやり取りする中で、レニーは杖に魅入っていた。持ってみるが違和感もない。

 ホルスターは改良を重ねたらしい。以前のものと同様の型だ。


「フレーム部分にあるのはシリンダーだ。フレーム部分のロックボタンを前面に押せば解除されて、右に飛び出す。シリンダーの中央部分にカートリッジが入っているから……シルカットのように魔弾の種類を変えられる。種類はシルカットと同じ、デフォルトのものと属性のものだ。ホルスターのベルト部分に四本収納できる」


 説明を聞きながら、ホルスターを装着し、通常通りに杖を収納する。

 試しに杖を引き抜く。


「……いいね」


 ホルスターに杖を戻すと、ホルスターの前部分が磁石で閉じられる。もう一度、魔力を通しながら杖を引き抜いた。

 何度も繰り返す。


「……前よりもいい。軽いし」

「キミが盛大に壊した杖よりもやや軽い。シャフトの重さをほぼ感じないはずだ」


 頷く。


「魔弾の威力も増している。外で試してみたまえ」


 外に出る。

 ルミナがレニーの真正面に立ち、大剣を抜いた。


「試し撃ち相手、なる」

「助かるよ」


 レニーはいつもの通りに自然体でいる。


 そこから魔弾を撃った。


 ルミナがあらかじめ盾のように構えていた大剣に、魔弾を当てる。魔弾は消失するも、大剣に煙が沸いていた。ルミナは大剣を振り払い、煙を消す。


「どうだ」


 エレノーラがおそるおそる聞く。


「レニーくん?」


 答えないレニーに、目の前でエレノーラが手を振った。

 ルミナが大剣をしまい、レニーに駆け寄る。


「……ははっ、最高だよ」


 レニーはシャフト部分を撫でてからホルスターに仕舞った。


「前よりも早く連射できるよ、これ」

「苦労したんだぞ、キミの速度でも問題ない構造にするの」

「凄いよエレノーラ。本当に、これは良い」

「なら決まりだな」

「借用書、書くよ」


 レニーが言うと、エレノーラは満面の笑みで頷いた。




○●○●




 レニーは冒険者ギルドの支援課のカウンターにやってきた。

 背中にはカットラスがあり、腰のホルスターには杖があった。新調した武器がそろったのだ。すっかり新しくなった武器に、レニーは上機嫌だった。


「どう、ラフィエさんは」

「えーとね。トパーズ行けると思うんだ。だから昇格試験受けさせようと思って」


 レニーは頷く。


「良いんじゃない」

「ルベの洞窟の奥の方に、アーマードリザードスがいるから、その討伐を試験にしよっかなって。本人真面目だし、筆記と面接は問題ないと思う」


 フリジットがまとめたらしい書類をカウンターの上に出してくる。そして、レニーのほうに押し出した。


『カットトパーズ冒険者のトパーズの昇格試験について』


 笑顔で、レニーに囁く。


「新しい武器格好いいね」

「オーケー、受けるよ」


 からかうような表情だったフリジットが、驚きに目をしばたたかせる。


「まだ何にも言ってないんだけど!?」

「いや昇格試験でしょ。この間もやったし、今回はオレの依頼主だしね」

「お、ロゼア所属になったレニーくんは違うなぁ。任せた!」


 差し出された書類を確認する。

 元々昇格を薦めるために来たのだ。書類が用意されているのなら願ったり叶ったりである。


「戦闘スタイルは真逆だけど魔力の使い方のコツは教えたよ。共通だしね」

「ありがとう、助かる」

「方向性固まったからかな。能力の伸びも順調って言った感じ」


 迷った人間は道がわかった途端に愚直にその道を進みだす。道が正しければ伸びも明確だ。


「中衛なんてほとんどのパーティーで採用されてないからねぇ」

「オレも前衛と後衛しか見たことないな」


 実際、前衛の戦士系と後衛の支援系、又は魔法系が揃えばパーティーとしては機能するのである。ロゼアにいる冒険者でトップのペア冒険者であるノアとメリースも、ノアが前衛で相手を切り崩し、メリースが大火力で押し切るスタイルだ。ロールの違いはあれど、大体はそんなものだろう。


「ふふん、中衛ならここにいるよ」


 胸を張って、フリジットは腰に手を当てる。


「え、そうだったの」

「てっきり知ってて任されたんだって思ってた」

「想定外」


 フリジットはレニーの頬を人差し指でつつく。


「私って結構有名なんだけどなぁ」

「カットサファイアだからね」

「レニーくんはもうちょっと私に興味持ってくれても良くない?」


 つん、つん。

 頬に指が刺さる。


「大体のことに興味はあるよ」

「えーうっそだぁ」

「じゃ、ラフィエさんに昇格試験のこと伝えとくから。キミは仕事してくださーい」

「はーい。ラフィエさんなら酒場だよ」

「了解」


 渡された書類をマジックサックにしまい、酒場の扉を開ける。


「いらっしゃいませ。いつもの席で?」

「用があってきたから、そこに行くよ」

「承知しました。ごゆっくりどうぞ」

 

 酒場を見渡して、ラフィエとライ達が談笑している席を見つける。


「ちょっと邪魔するよ」

「あ、レニーさん。どうぞどうぞ」


 魔法使いのマールが空いている席を勧めてくれる。レニーの左側にライと射手のテッラ。右側にマールとラフィエが座っていた。席に座って、ラフィエの方を見る。

 

「ラフィエさん、昇格試験受けてみない」

「え」

「お、やったじゃん。ラフィエさん!」

「応援するよ!」

「おめでとう!」


 ライとテッラ、マールが喜ぶ。


「だって私、ずぅっとカットトパーズで」

「フリジットとオレのお墨付きだ。リザードスの外鱗がいりんを上から斬れるやつは中々いない」


 ラフィエは口元を抑えると瞳を潤ませる。


「いいの……?」

「良いも何も。キミの実力さ」

「……やるっ」


 泣き出しながらラフィエは頷いた。マールはラフィエの背中を擦ってあげる。


「良かったね、ラフィエさん」

「うんっ」


 行き詰ったときの焦燥感や、停滞している絶望感というのは本人にしかわからないだろう。

 そこから脱したとき、まるでずっと止まっていた歯車が、やっと動き出したかのような、重くゆっくりとした感動が胸を支配するものだ。

 レニーも少しだけわかる。


「店員さん」


 レニーが手を挙げるとすぐに店員のデジーがやってきた。


「オレの分のエールと、彼女ラフィエにチョコレート」

「はい、かしこまりました。レニーさん、チョコじゃなくて新メニューどうです?」

「新メニュー?」


 デジーは笑顔で頷く。


「フルーツをチョコでコーティングした、チョコフルーツです」

「まんまだね」

「シンプルイズベストってやつです。すっきりした甘さでおいしいんですよ」

「ふーん、じゃそれで。キミらは」


 ライたちに視線を向けると、ライとテッラが首を振る。マールが控えめに手を挙げた。


「食べてみたいなって……」

「奢るよ」


 ぱっとマールの表情が明るくなる。カットパールならお金を貯めたいだろう。甘いものの出費はわりと痛い。


「本当? ありがとっ!」


 デジーに向けて、レニーは人差し指と中指を立てる。


「ってことで、二つ」

「うし! 急いでお持ちしますねっ」


 上機嫌でカウンターへ向かうデジー。おそらく新商品を人気にさせて、通常メニューに組み込みたいのだろう。おいしくとも人気がでなければ消えていく、悲しい新商品のサガだ。


「ありがとう、レニーさん」


 泣きながらラフィエが頭を下げる。落ち着くまで時間がかかりそうだった。

 祝うのは早いが、このくらいまぁいいだろう。


「試験、がんばりなね」

「……がんばる!」


 ラフィエは強く頷いた。

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