冒険者と魔法剣士

 来た道を戻りながら、並んで歩く。


「あの、さっきはありがとう」


 馬の尾のように髪を揺らしながら、ラフィエが言った。


「気にしないで」

「それでその、ソロとしてやっていけるかな。私」


 レニーはラフィエを見る。不安げに両手の指をこすり合わせていた。


「はっきり言うと勿体ない」

「勿体ない?」

「確かにソロで技を磨くのも悪くないのかもしれない。でもソロは近接戦闘に特化するか器用貧乏になりがちだ。あまりおすすめはしない。できることならキミの強みを理解できるパーティーを組むことをおすすめするよ」


 今までパーティーでやってきたのだ。自分の強みだけに集中できる分、パーティーで動いた方がスキルを特化させやすい。ソロだと己でやらなければならないことが増える為にスキルの成長が分散するか、ルミナのように圧倒的な特化スキルを取得しがちだ。そして大抵は前者で落ちこぼれていき、結局パーティーを組んでいくか、万年昇格のないまま終わっていく。


 レニーも一生トパーズで居続けるのだろうと思っていたくらいだ。カットルビーに上がれたのは運によるところが大きいと感じている。それでも今の実力はカットルビー並である自覚も自信もあるのだが。


「でもパーティーは……」


 言い淀むラフィエだったがすぐに表情が引き締まる。


「レニーさん」

「あぁ」


 視線の先にリザードスがいた。

 別の道から来たのか、それとも外で獲物を狩って戻ってきたのか。このままだと鉢合わせる。


「ラフィエさん。今度はオレが前に出るから、最大火力をやつにぶち込んでくれ」

「最大火力?」

「そう。時間を稼ぐから思い切りホーリーセイバーで威力を上げて、ウィングスピードで加速して抜刀攻撃するんだ」

「……わかった」


 レニーは自分の影を媒介にして影の剣をつくり出すと、引き抜いた。そしてそのまま、警戒しているリザードスに近づく。


 程なくして戦闘になった。


 リザードスは大口を開けて、レニーを喰いちぎろうと迫る。レニーは影の手を伸ばし、掌打でその顎を閉じた。


「オグ」


 今度は丸太のような腕と凶悪な鉤爪から繰り出される連続攻撃だった。レニーはそれを影の剣で弾く。「パリィ」のスキルが発動し、弾きに補正がかかる。

 怯んだリザードスを挑発して攻撃を誘発させる。


 一撃、二撃、三撃。


 弾きを繰り返す。


 リザードスの鱗は単純に硬い。鱗の表面は濡れていてぬるりとした感触がある。ただの斬撃では滑るし、生半可な魔法ではひるむくらいだ。

 ただ、顎から腹にかけての鱗は柔らかい。前衛で攻撃を抑えて、魔法をそこに叩き込んだり、怯ませたところで腹を裂くのが通常の戦い方だ。

 レニーであれば攻撃を捌いて疲労したところを魔弾で撃ってもいい。影をそのまま棘状に変えて、鱗の上から貫通させてもいい。

 レニーくらいの等級になれば外側の鱗もごり押しで破壊できる。ルミナであれば大剣の一撃でまとめて両断するだろう。

 ただ、現状は倒すことに意味があるわけではない。


 両手による振り下ろし。レニーは影の剣でどちらも弾き上げると後方に跳んだ。


「行けるかい!?」

「――承知!」


 閃光が走る。

 レニーとリザードスの間に光が割り込んだ。

 瞬きと共に一閃。

 強化された抜刀攻撃はリザードスの胴体を横に真っ二つにした。

 硬い鱗もモノともせず、まるでバターでも斬るように。すっぱりと両断してみせた。


 ドシン、と。音を立てながらリザードスが倒れる。

 レニーは影の剣を解除して頷いた。


「うん、中衛の方が向いているよキミ」


 レニーはラフィエに向けて笑顔で言った。




○●○●




 固定概念というのは意外に厄介なものだ。

 前衛をこなしていたのなら前衛をこれからもこなしていかなければならないと考える。少なくともラフィエの動きは無理に前衛をやろうとしているようだった。

 本人に確認したところ、クビになったパーティーでも前衛をやっていたとのこと。


 酒場の六人席で、レニーはフリジットとラフィエを交えてエールを飲んでいた。

 ざっと纏めた報告書をフリジットに渡し、語り始める。


「ラフィエさんのロールなんだけど、魔法剣士でいいんだよね」

「うん。スキル鑑定士にみてもらったから間違いないよ」


 魔法剣士は大きくわけて二つのタイプに分かれる。魔法が強く、武器や身体能力を強化して一撃の威力を上げる魔法寄りのタイプ。逆に身体能力が高く、相手の弱点にあわせて属性と強化を魔法で上乗せして戦う戦士寄りのタイプ。


 フリジットは魔法闘士という同タイプのロールであるが、分類上後者であるとレニーは予測を立てている。本人に直接聞いたことがないのでわからないが。


「中衛で待機してからの一撃離脱の繰り返し。これがラフィエに最も適した戦い方だと思う」


 ラフィエは魔法寄りのタイプだと先の戦いで理解した。どちらのタイプでも前衛を担いがちではあるが、ラフィエの強みは加速魔法と強化された抜刀攻撃による一撃必殺。これで間違いない。盗賊の中で昔、前衛を担う者と後衛で十分なバフを乗せて重い一撃で割り込んでくる二人組と戦ったことがある。随分てこずったから覚えていた。その後衛で一撃を叩き込んでいた盗賊と、同じ役割をラフィエは担える。


 前衛が疲弊しても、魔法耐性があって魔法が決定打にならなくても、ラフィエであれば強力な一撃を叩き込める。魔法系のロールが攻撃されそうになれば、戦士系のように前に出て守ることもできるだろう。


 問題は今まで前衛を担っていたためにスキルが伸びきっていないであろうこと。中衛であってもある程度単独で戦える手段は残しておかなければならないことだろう。

 一撃は伸ばせばいい。攻撃を加えて中衛側に戻る、離脱手段を完成させなければならないのだ。


 レニーの見解をまとめてフリジットにもラフィエにも話す。


「考えたこと、なかった」

「レニーくん、これ難しいよ実現させるの」


 目からウロコという感じのラフィエと難色を示すフリジット。


「パーティーでの役割としてもかなり特殊だよ? スキルツリーを伸ばせるかどうか」


 全てはスキルツリーをどう特化させるか、だ。

 ラフィエの、レニーの提示した可能性を現実のものとするためのサポートができるパーティーも、その発想に手を出そうと思えるパーティーも少ないだろう。


「ねえ、フリジット。キミのほうで鍛えられない?」

「私?」


 驚いたようにフリジットが目を丸くする。


「魔法闘士だから同系統のロールでしょ? アドバイスしやすいかなって」

「うーん、目指すタイプが真逆だから合うかわからないけど」


 フリジットは頷く。


「少しやってみようか。週一で稽古形式で見るよ」

「え、いいの」

「うん、まっかせて。支援課ぽい仕事だし」


 胸を張るフリジット。


「レニーさん、来たぞ」


 声をかけられ、振り向く。そこにはカットパールの冒険者である戦士のライ、射手のテッラ、魔法使いのマールがいた。


「あぁ、そこに座ってくれ」


 レニーに促され、三人とも座る。追加のエールを三本頼んで、レニーは三人をラフィエに紹介した。


「しばらくキミらでパーティー組んで魔物討伐をしてほしい。パール相当のね」

「えっ、でも僕らカットパールだぞ。ラフィエさんはカットトパーズなんだろ」


 射手のテッラが異論を唱える。当然だろう。等級に差がありすぎる状態でパーティーを組むのは好まれない。


「ラフィエには全体を見て、この三人のサポートに徹してほしい。テッラとマールを守りながら、ライが危ないときは抜刀攻撃で割って入る」

「せ、責任重大ね」

「だけどキミが一番等級高いから何の心配もないだろ? 一時的だからずっとってわけでもないし」

「それは、そうだけど」

「重要なのは周りを見ること、そして立ち回りの感覚を掴むことだ。オレは専門外だからヒントになりそうな環境は考えられるけど具体的な手段まではわからない。それは自分で考えてくれ」


 自分の等級で余裕のない戦闘を繰り返しても意味があるとは限らない。無論、己を追い込めば追い込むほどスキルツリーは伸びていく。


 だが、過酷な状況に身を置く事だけが己を追い詰めることにはならない。


 正しい練習でしか正しい剣技が身につかないように、正しいスキルの活かし方を考えていかなければ正しいスキルツリーは育めない。誰もがわかっていて、そして理解に届きづらいことだ。

 なぜなら人間は正しくあることが最も難しい生物なのだから。


「ライたちは先輩の胸を借りろ。ラフィエさんは経験を積むんだ、いいね?」


 全員が頷く。


 後は本人のがんばり次第だ。

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