冒険者と試作の杖

 ひとまず、翌日に適当な魔物討伐に出かける事にして、ラフィエとは別れた。彼女にはひとりの時間も必要だろう。


 レニーは錬金術師の店に来ていた。店主のエレノーラはレニーの杖を作成している錬金術師だった。

 カットルビーになる前の戦闘で盛大に壊してしまったために、現状杖は持ち合わせていないが。


 店の前にある道でルビー等級の冒険者、メリースと向かい合っていた。店の前でルビー等級のソロ冒険者ルミナと、メリースの相棒のノアが腕を組んで立っている。

 レニーの後ろにはエレノーラがいた。


 メリースは両脇に納められている魔書のうち左の魔書を空中で展開させる。

 レニーは左太腿部分にあるホルスター、そこにある杖に手をかけた。エレノーラが新しく作成した杖だった。以前のレニーの杖は短いものであったが、長さが増している。


「いく、よ?」


 ルミナが呟き、親指にのせられたコインを弾く。

 空中でコインが舞い、地面に落ちた。


 瞬間、魔弾が炸裂する。


 レニーとメリースの魔弾がぶつかり合い、相殺された。


「……どうかね?」


 エレノーラが視線だけをルミナとノアのほうに向ける。


「メリースの勝ちだね」

「レニー、遅い」


 レニーはため息を吐き、杖をホルスターにしまう。

 メリースは腕を組み、鼻を鳴らした。


「こんなの、勝ちにならないわよ」

「エレノーラ。前の杖みたいなのでいいんじゃないかな」


 エレノーラはこめかみに手を当てて、眉間に皺を寄せた。


「あのね、レニーくん。元々無理な使い方してたわけだ、今の使い方が正常なんだが」

「にしても重いし取り回し悪いし」

「火力不足を補いたいと言ったのは君じゃないか」

「いや、これなら元の方がいいかなって」


 盛大にため息を吐かれる。


「魔力合金はもう少し軽い。重さはどうにかできるとして速度だな」

「シャフトの長さとホルスターの仕様が悪いと思うんだけど」


 レニーはホルスターを叩く。

 通常の引き抜くタイプのホルスターと違って、前方に取り出せるようになっていた。魔力に反応して磁力をなくす、特殊な磁石を使用しており、非使用時には口が閉じ、魔弾の魔力を込めると自動的に口が開く。後は杖をホルスターに押し込むように収納すれば、近づいた磁石が勝手にくっつき、口を閉じる。

 アイデア自体は画期的だった。今まで引き撃ちしていた杖を、シャフト部分が長くなっても問題なく早撃ちできるように調整されている。

 ただ、今まで比べるとコンマ数秒の遅れが出ていた。


 ほぼ速度が同じメリースに完全敗北している。


「魔物の素材でも使うか。ドラゴン……現実的じゃないな……ワイバーンの髄液でも取り寄せるか?」

「それ、値段跳ね上がったりしない」

「億だな」

「きっついね」

「オーダーメイドだぞ、舐めてもらっては困る」

「……狩りに行こうか?」


 ノアが提案してくる。


「ここの三人なら楽勝だと思うんだけど。そしたらお金浮くだろ」

「加工費だけになるからだいぶ抑えられるが。というかそういう話なら丸ごとほしい。鱗を回路に使いたいしな。割引もしよう」

「フリジットに、相談」

「アタシ、こんなんで勝ったって納得いかないわ。無償でもやるわよ」

「いやいや待って。依頼になるよねそれだと。大金払うのは変わらないっていうか」


 レニーが止めようとする。

 杖はあくまで武器の一つだ。依存していたのは否定できないが、一つの武器にあまり手間と金をかけられない。


「昇級祝い。ボクとフリジットでどうにかする」

「さすがにオレの武器」


 言いかけたところでルミナが物凄い勢いで歩み寄った。襟を掴まれ、そのまま引き寄せられる。


「死にかけたヤツに拒否権はない」


 低めの声で脅された。


「……ハイ」

「それじゃ、レニーの昇級祝いってことで」


 ノアが大きく手を叩く。

 こうしてロゼアにいる冒険者トップスリーによる、ワイバーン退治が決定してしまった。

 胃が痛くなりそうだ。




○●○●




 酒場で夕飯を食べていると、ウキウキのフリジットがやってきた。


「空いてる空いてる」


 さも誰もいない席を見つけたかのように、レニーの向かい側の席に座る。ごく自然に相席させられた。


「聞いたよレニーくん。ワイバーンの素材使って杖つくるって。いやぁちょうどワイバーン退治の依頼舞い込んできてたんだよねぇ、助かっちゃったよ本当。退治が目的だし、素材は好きにしていいから」

「というかオレ行かなくていいの」

「遠出だし、トップの三人がいなくなっちゃうからレニーくんは残らないとだーめ」


 笑顔で否定される。ひどく上機嫌だった。


「レニーくんは指名依頼の方気にしてて」

「あー、ラフィエさんの依頼か」

「どうするつもりなの」


 フリジットは両手を組んで、そこに顎を乗せる。

 支援課という冒険者のサポートを行う部署に、フリジットは受付嬢として所属していた。ラフィエの案件をレニーに持ってきたのも彼女である。依頼内容は把握しているようだった。


「……パーティー組んでもらう方向で落ち着けようかと」


 ソロというのは受けられる依頼の幅がせまくなる。カットトパーズひとりではトパーズの依頼を受けられないし、必然的に誰かと組まなければならない状況はできる。

 望んでソロをやるならまだしも、ラフィエのソロ活動の理由は積極性があるとは言えなかった。


「でもたぶんトラウマになってるよ、パーティー組んでくれるかな」

「さてね。彼女のポテンシャル次第かな。場合によっては支援課に勧誘もありだし」

「おっ、私のことも考えてくれてるんだ。カットトパーズの冒険者なら即戦力だしね」


 支援課は現在、所属する受付嬢はフリジットのみ。ルミナとレニーが手伝いといった感じだ。

 

「何はともあれ、明日次第かな」


 ステーキを食べ終え、エールを飲む。

 フリジットはハンバーグを頼んだらしく、上品にナイフとフォークを使って食べ始めたところだった。


「成長のヒント見つかればいいね」

「そうだね」


 パーティーがカットルビーになるまでクビにならなかったということは少なくともトパーズになるポテンシャルはあるはずだ。

 レニーは明日のことを考えつつも、フリジットと談笑を楽しんだ。

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