クビの話

冒険者とクビにされた冒険者

 ソロの冒険者レニーは応接室で座っていた。受付嬢がサービスで持ってきてくれた紅茶が二つ、テーブルの上に置かれている。

 ななめ向かい側に客人が座っていた。別の地域からやってきた冒険者だ。


 女性だった。


 長い蒼髪を後ろでまとめ上げており、前髪は切りそろえており、幼げな顔立ちに似合っている。紺色の瞳はくりっとしていて大きめだ。鼻は小さく、薄桜色の唇を震わせていた。


 小柄な体格に、最低限の手甲や脚甲が付けられている。動きやすさを重視しているのか、服装は露出が多めだった。袖のない青の布服に、首に薄い赤のマフラー、黒のショートパンツ。手足に白い布を巻き付けてあり、その上に前述の手甲、脚甲があった。腰の後ろにはマジックポーチがあり、左腰に引っ掛けていたサーベルと、その鞘がソファに立てかけられていた。


 膝の上に拳を置いて、ひどく暗い顔で俯いている。気まずそうにこちらの様子をちらりと見ては、あっちこっち視線を泳がせる。


 応接室に案内してから、ずっとこのままだった。静かに紅茶を飲み、息を吐く。


「とりあえず、紅茶飲みなよ」

「あ、うん。ごめん、なさい……」


 おそるおそる紅茶を飲むのを確認する。

 精神的に余裕がないというか、怯えが感じ取れた。


「こっちの顔は見なくていい。正面にいないし、簡単だろ?」


 女性は目を丸くしてこちらを見ると、慌てて視線をそらした。あまり目を合わせたくないのだろう。


「指名の依頼っていうから来たけど、キミのことオレ知らないし」

「ごめんなさい」

「謝る必要はない。キミのこと責めるつもりもない。答えはゆっくり待つ。喋るのが辛いなら頷くか首を振ればいい。時間はいくらでもあるからね」


 視線を感じさせないように、レニーは正面に顔を向けた。視界には一応女性の姿を入れておく。


「名前、教えてもらっていいかな。オレはレニー・ユーアーン。キミは?」

「私は……ラフィエ・クランシー」

「うん、覚えやすくていいね。ラフィエ」

「ど、どうも」


 膝に置いていた手を組んだり離したりして、そこを凝視して緊張を誤魔化そうとしている。

 レニーは本題に入ることにした。


「指名した理由は」

「知り合い……ジャビーに、教えてもらって」

「……誰」

「えっ」


 沈黙が流れた。

 あ、反応的に名前を憶えていない知り合いのパターンだ。

 レニーは咳払いした。


「名前、覚えるの苦手でね。どこのどんな人かな」

「カルキスの、あの、行きつけの酒場だったって。そこの、店長」

「あー、おっさんか。オーケー、おっさんの紹介ね」


 記憶の中では気の良いおっさんでしかなかった。


「こういうときに不思議と頼りになるからって」

「こういうときっていうのは」


 唇を嚙みしめて、ラフィエは黙り込んだ。

 レニーは特段催促するわけでもなく、ゆっくり返事を待った。

 ラフィエが言葉を紡いだのは、紅茶をふた口ほど味わってからだった。


「パーティー、クビになって」

「はぁん」


 解散じゃなく、クビ。


 冒険者では特別珍しいことではない。自分の実力を見誤って強めのパーティーに所属したり、パーティーが強くなっていくのについていけなくなって、パーティーを抜けることはままあることだ。本人の性格が横暴だとクビにされる。


 ラフィエは少なくとも、横暴な人種ではないだろう。


「ちなみに等級は」

「カット、トパーズ」


 実力も十分だった。カットトパーズの等級であれば一人前の冒険者だ。ほとんどの依頼を受けられるであろう。


「人格も実力も問題なさそうだけど」

「パーティーメンバー、全員カットルビーになったんだ」


 これは珍しいパターンだ。


 トパーズ、カットルビー。二つ等級に差が出来てしまっている。なった、という言い回し的に、おそらくはパーティーメンバーがカットルビーになるまでは戦力としていたのだろう。


「グラファイトのときからずっと一緒だった。だけど、私……カットトパーズで伸び悩んで……」


 パーティーメンバーは苦渋の決断であったのだろうか。カットルビーになってからクビ、であれば上を目指してのことだろう。


 ラフィエもパーティーに追いつこうと必死だったはずだ。


「みんな、ギリギリまで待ってくれたの。でも、全然強くなれなくて」


 途中で涙がこぼれ落ちた。


 手の甲が濡れていき、声が震える。

 カットトパーズからトパーズになるだけでも大きな壁が立ちはだかる。レニーは今カットルビーだが、それも運がだいぶ絡んでのことだ。


 順調に上がれるのはカットトパーズまで。それ以降は等級を一つ上げるだけで一生を使ってしまうことも多い。


 カットルビーになったパーティーメンバーも等級を上げていくために、下の等級の者をいつまでも置いていけないということだったのだろう。


 クビ自体は不本意だったと予想される。


「私、クビになってから、全然ダメで。依頼も達成できないときができちゃって」

「新しいパーティーは?」


 ラフィエは必死に首を振った。


「怖くて」

「……まぁ、そうか」


 信頼するパーティーからクビになってしまったのだ。新しいパーティーを組んでも同じことにならないか不安にしかならないだろう。


「それで、オレはどうすればいいのかな」


 ラフィエは涙を拭い、しゃくりあげながら告げた。


「ソロでの生き方を教えてほしい」


 それは今までパーティーでやってきた者として残酷な結論だった。

 紅茶を飲む。

 すっかり、冷めきっていた。

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