冒険者と始まり

 ガーイェの瞳がレニーを射抜く。場の雰囲気が一変し、張り詰めた空気が充満していた。


「魔法適性のスキルから闇属性魔法適性のスキルが派生しておる。順当な派生だな。

だが、お前さんは使

使、違うか?」

「合ってる」


 レニーは再度頷く。


「どういうこと?」

「ユニークスキルが突然過ぎる。こんな多大な恩恵のあるスキル、一生闇属性魔法に傾倒したとしても得られないスキルだ。考えられるのは可能性だ」


 スキルツリーというのはスキルの集合体。本人が成し遂げてきたものの積み重ねであり、言ってしまえば体質に近い。


 理由もなく、その体質は得られない。毒にかからなければ耐性が付かない、それと同じだ。しかし、毒にかからずとも耐性を得ることを可能にする方法、それが称号スキルだ。


 称号スキル自体付与されるのに厳しい条件をクリアしなければならない為、今のレニーに条件をクリアできるものはない。称号スキルはツリーに植え付けられる形で独立しているものだ。


 レニーの場合はスキル一つではない。枝分かれしたスキル群を丸ごと獲得している。闇属性魔法の適性もユニークスキルもレニーのものではなく、植えつけられたのだ。


「効果を推察するならスキルツリーの移植、または譲渡……いや、このユニークスキルを見る限り、正確に表現するのであれば」


 継承。


 そう、ガーイェは結論付けた。


「おそらく本人の魔力量、スキル総量で自動的にスキルが解放される仕組みになっているのだろう。だから今回、ユニークスキルが現れた」


 鋭い視線が、レニーを逃がさない。


「お前さん。何か心当たり、あるかね」


 思い出す。

 たった一夜限りの、少女の顔を。

 弾むような声を。


「……スカハ。この名前は知ってる?」


 フリジットも、ガーイェも強く頷いた。


「昔、世界を混乱に陥れた『災厄の女王』。三人いるうちの一人、だよね。英雄たちに封印されたって話の」


 災厄の女王。世界に闇をもたらし、破壊を生む者。かの英雄たちに封じられん。


 昔話ではそんな文言で締めくくられていた記憶がある。

 レニーからすれば、闇だの光だの、悪とか善とか、勝者が決めていることでしかないという認識だった。


「まさかお前さん」

「会ったことがある」


 ガーイェが立ち上がる。


「まさか蘇らせた……! 封印を解いたのか」

「いいや。解いてないさ」


 背中をソファに預ける。


「昔の依頼でね、邪教徒集団を討伐しろっていう依頼だったんだ。んで、邪教徒が封印を解く儀式をしてたってわけ」


 間違いなく話をしたらややこしいことになる。それがわかっていたから、レニーは今まで話したことがなかった。しかし、ここで言わねば疑いをかけるだけだろう。


「邪教徒たちは全滅直前に儀式を完遂。見事に儀式は成功……とはいかなかった」

「成功しなかったのにスカハに会ったの?」

「不完全だったのさ。魂だけだったし、強引だったから時間が限られてた」

「それでどうしたの」


 レニーは懐かしい記憶を思い起こしながら目を瞑る。


「朝日が見たいって言われた。それで付き添った。それだけさ」

「その後、スカハはどうなった」

「さぁね。何せ目の前で消えたし。もう一回封印されたのか、消滅したのかオレにはわからなかったさ。ギルドが調査して音沙汰なしってことは……また封印されたんじゃないかな」


 目を開けて、天井を見る。それから、フリジットとガーイェに顔を向けて、口に人差し指を当てた。


「これ、秘密ね」


 沈黙が訪れた。二人とも唖然としてレニーを見ている。

 いきなり災厄の女王と会った過去があります、と言われても素直に受け入れられるわけないだろう。

 数秒続いた沈黙。

 それを破ったのは、フリジットだった。


「レニーくんはさ」


 フリジットが手を合わせながら声をかけてくる。


「スカハと会ってどう思ったの」

「別に。ただの女の子だったよ」


 にべもなく答える。実際レニーからすれば、ただの少女と変わりなかったのだ。


「そっか。レニーくん、そういう人だもんね」


 なぜか嬉しそうに話された。

 固まっていたガーイェが我に返る。咳払いをすると、口を開いた。


「スキルツリーを継承されたとすれば、その時しかない、ということか」

「そ。スカハの異名『影の女王』でしょ? 縁があるならそこかなって。なんかプレゼントとか言われたし」

「……そうか。こりゃ、将来大物になるな」


 ガーイェはペンを走らせた。


「ユニークスキルは名付けねばならん。名付けよう、君のスキルは――」




○●○●




 一か月後。

 レニーは、新しい冒険者カードを受け取る為、ギルドの前までやってきた。

 ギルドの扉を眼前にして立ち尽くす。

 木製の扉がやけに重たそうに見えた。まるで冒険者登録を初めてしに行った時のような、先の見えない扉を開けようとする感覚。


「レニー」


 肩を叩かれ、後ろを向く。頬に人差し指が突き刺さった。

 ルミナがいた。


「開けないの」

「……いや、緊張しちゃって」


 レニーが素直に言うと、ルミナは目をぱちつかせた。


「レニー、緊張するの?」

「……ねえ、キミ。オレのことなんだと思ってるの」


 ため息を吐きながら、扉を開いていく。

 少し緊張がほぐれたかもしれない。


 支援課の受付を見ると、フリジットが手を振ってくる。ルミナはそこへ駆け寄った。続いて、レニーへ手招きする。


「やぁ。どうだい、カードは」

「出来てるよ」


 フリジットが冒険者カードを取り出す。カードの色は赤かった。以前は黄色だったので、やけに刺激的に見える。

 咳払いして、フリジットは姿勢を正した。


「おめでとうございます、レニー・ユーアーンさん。この度あなたは無事、昇格いたしました。なので、新しい冒険者カードをお受け取りください」


 新しくなった冒険者カード。それをフリジットは笑顔で差し出してくる。

 レニーは震える手でカードを受け取った。

 昇格なんていつ振りだろうか。久しぶりにカードをじっくり眺めてみる。


 冒険者カードにはこう書いてあった。


 カットルビー級冒険者、レニー・ユーアーン。

 所属ギルド「ロゼア」と。


「これからもよろしくね、レニーくん」


 レニーは頷く。

 隣で、ルミナが冒険者カードを覗いてきた。


「ソロ仲間の、ギルド仲間」


 呟きが弾んでいた。


「おめでとう、レニーくん」

「おめでとう」


 二人から祝われて、レニーは微笑む。


「……ありがとう」


 冒険者カードを何度も見る。文字を指で撫でて、昇格を噛みしめた。

 あきらめていた。限界だったと思っていた。

 それを超えられた。それがたまらなく、心の底から嬉しかった。


「今日は私とルミナさんで奢っちゃいます。じゃんじゃん飲んで」

「おいしいもの。たくさん食べる」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 今日は浴びるように飲んで、食べて、潰れてやろう。普段控えめなんだから今日くらい良いだろう。

 ソロ冒険者レニーは、そう思った。

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