冒険者と決着と……

 耳鳴りと、眩暈。


 その中で思考を巡らす。

 レッドロードはどうなった? 

 ポーション、ポーションがいる。ポーションを探せ。

 疑問と行動が同時に頭の中に沸く。

 眩暈を打ち消して、目を凝らす。炎上しているレッドロードの姿があった。仰向けに倒れており、おそらく倒しきっているだろう。

 炎は魔力が尽きれば自然と消える。火事の心配はない。

 ポーションを探そうとして背中に手をまわす。

 マジックサックを置いてきたのをすっかり忘れていた。


「ごぼっ」


 喉の熱と激しい吐き気に耐えきれず、口から飛び出した。

 ドロドロととてもただの嘔吐とは思えない液体が出ていた。


「がふっ」


 窒息しかけてさらに吐く。

 血だと気付くが、どうしようもできなかった。袖口で血を拭う。杖を握っていた手は血塗れで感覚がなかった。

 杖はどこかに吹っ飛んでいったらしい。手元になかった。あったところで原型を留めていないだろうし、役には立たない。


 レニーは明確に、死を悟った。現状の体がマトモではないことはわかる。

 冒険者は死線を好む。その末路がこれか。


 わかっていたけど、まだ生きていたいなぁ。生き残れば間違いなくスキルツリーは成長するし、もったいない。


 レニーは心の中で思った。


「試験官! 試験官!」


 虚ろな視線を動かしてみる。

 状況と呼ばれ方的に、ライだろう。


「しっかりしてくれ。今ポーションかけるから」


 びちゃりと。頭からポーションをかけられる。


「飲んでくれ!」


 次に、差し出されたポーションの瓶。それを迷わず掴んだ。

 三分の一程度、口に含む。そして、口をすすいで吐き出した。今度も同じ量を口に含み、喉を鳴らしてうがいをする。

 そうして血をなるべく吐き出した上で一気に飲み干した。

 体の中で激痛が走る。

 回復ポーションは即時傷を癒すものではない。傷口を早く塞いだり、悪化を防止する効果だ。気やすめだが、失った血の代わりにもなる。


「くそっ、もっといいポーションがあれば」


 ポーションが尽きたのか、慌てるライ。その肩を強く叩く。


「……ライ。よくやった」

「試験官」

「レニーだ」


 これが最期だとしたら、名前も知られずに逝くのは後悔が残りそうだった。だから、名乗った。


「……え?」

「レニー・ユーアーン。それがオレの名前」


 ライが自分を責めないように、レニーが認めた男なんだと、知ってもらうために、声を絞る。今回のことは気に病まずに誇りに思っていてほしい。

 助けたい人は助けられなかった。

 だがライの想いがなければレッドロードを討伐する結果は生まれなかったし、もっと被害が出ていたかもしれない。


「レニー、さん」


 だから、笑う。震える唇で、安心させようと精一杯。


「ありがとう、ライ。よく、やった。後は……運任せ……だ」


 混濁する意識の中で、それだけ伝える。ライの肩から手が落ちる。

 そしてレニーは力なく倒れ、意識を手放した。

 起きた先が、冥府ではないことを祈りながら。




○●○●




 夢を見た。

 真っ暗闇で、ぽつんと立ち尽くす夢だ。

 黒い泉のような場所に腰まで浸かって、レニーは立っていた。

 腕を伸ばす。

 泉から黒い手が伸びると、レニーの腕を持ち、皮膚だけ引き千切った。

 叫ぶ。

 喉に熱した鉄でも差し込まれたような感覚がレニーを襲う。

 逃げようともがくが動くたびに黒い手が皮膚を剝いでいく。

 脳裏に過ぎる単語は至極単純だった。


 死だ。


 レニーは逃れようとするが、黒い手はレニーを逃がさない。


 ――違うでしょ?


 声が、頭に響いた。弾むような少女の声だった。

 レニーは動きを止める。


 ――影は逃げるものじゃない。


 その言葉で、不思議なほど冷静になった。皮膚を破る黒い手に身を任せ、両手を黒い泉に入れる。


 ――そう、それでいいの。レニー。


 黒い泉に沈む。

 激痛に耐えながら瞳を閉じる。


 そして溺れた。




  ○●○●




 目を覚ますと白い天井だった。

 激痛が全身に残っている。体を内部から燃やされてるかのようだった。

 レニーが視線を動かすと、イスに座っているフリジットと目が合う。


「――あ」


 ぽろり、と。

 彼女の頬を涙が流れた。


「起きた、起きた! レニーくん、ねえレニーくん!」


 大声がガンガン頭に響いた。騒ぎを聞きつけてか、仕切りが開かれる。


「レニー、起きたの」


 焦った様子でルミナが入ってきた。後に続いてライのパーティーが入ってくる。


「……頭が、ガンガンする」

「あ、ごめん」


 眉をしかめる。フリジットたちが悪いわけではないが、激痛のせいで気遣えなかった。


「誰か、現状説明できる? まずオレの体」


 ルミナが口を開いた。


「ポーションと回復魔法使って最悪の事態は避けた。数日安静にしてれば体は治る」

「そうかい。まだ冒険できそうで良かったよ」


 仕事ができないのが一番困る。医療施設さまさまだ。


「レッドロードは?」

「上半身が吹っ飛んでた。死体の損傷が激しくて素材は換金できない」

「討伐報酬で十分さ。医療費足りる?」

「プラマイゼロか、少しマイナス」


 命あっての物種だ、贅沢は言えない。喋れてるこの状況を、神に感謝したいくらいだ。


「あの、俺ら働いて返すよ。医療費」


 ライが言うと、射手も魔法使いも頷いた。


「いらない」

「でも、私たちのせいで」

「オレの責任さ。ね、ルミナ」


 ルミナは頷いた。


「レッドロード相手は無謀。どうして行った」

「それは俺がっ」

「黙って」


 レニーを庇おうとするライだが、ルミナが睨みつけて黙らせる。


「レニーに聞いてる」

「……襲われたやつが生きてれば儲けものでしょ」

「生き残れるわけがない。知ってたはず」

「放っておけば他の冒険者も犠牲になってた」

「レニーが死ぬ方が不利益」

「いいや、そこは感情論だ。お互いね」


 レニーは助かる可能性に賭けたかったし、ルミナはレニーに犠牲になってほしくなかった。

 結果がこのザマなのは完全にレニーの見立てが甘かっただけ、それだけの話だ。


「気に入らない」

「……ごめん」

「ルミナさん、そのくらいにしましょう」


 フリジットが立ち上がる。

 その眼には涙が浮かび、怒りに表情を歪めていた。声は明らかに震えている。

 拳に血がにじむほどに握りしめた。

 深く、深く息を吸う。

 そして。


「レニーくんっ!」


 フリジットとは思えない怒号が医務室に響く。スキルまで発動したのか、全身の肌がびりびりとした。骨にまで響き、痛みを加速させる。


「治ったらぶん殴るから!」


 フリジットはそれだけ言うと医務室をどかどかと出て行った。

 追いかけようにも体は動かない。


「……もしかして凄い怒らせた?」

「もしかしない。ボクも殴る」

「え、ルミナも」

「うん。殴る」

「それは怪我を治した意味がないというか」

「死ねばいい」


 今度はルミナも出て行った。


「……あの、二人とも数日ロクに寝ずに心配してたんだ。だからその、ごめんなさい」

「僕らのせいで、ごめんなさい」


 ライのパーティー全員で頭を下げてくる。


「……後悔はしないでくれ」


 レニーは諭すように、声を絞り出す。


「キミらはできることを精一杯やった。取れる手段は全部取って、助けようとして、結果助けられなかったけど、それでも他の、誰かしらの助けにはなってる。オレは命拾いできたっぽいし。だから胸を張れ」

「レニー、さん」

「少なくとも、ユーグリスはキミらを褒めてくれるさ」


 ため息を吐く。


「オレの事は反面教師にするよーに。解散」


 もう、喋る気力はなかった。

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