冒険者と切り札

 影の支配を広げる。手始めに影の手でレッドロードの足を掴ませ、今度は腕を掴ませた。


「グキッ!?」


 闇属性魔法の中で、影を媒体をする魔法は、影の範囲が広ければ広いほど、影が濃ければ濃いほどその強さを増す。


 つまり夜になった今が一番強力だ。


 レッドロードでも容易には拘束を解くことはできない。


「これで、終わり!」


 首へカットラスを振るう。

 さすがに首を、しかもレニーの全身全霊の一撃を喰らうのであれば、レッドロードとて生きてはいまい。


「ガギィ!」


 だが、レッドロードは歯を剥き出しにするとカットラスに噛みついた。


「ぐっ、どっかで見たなっ」


 力で押し込もうとするが、レッドロードの顎の力の方が強いらしい。ビクともしない。

 さらに歯の隙間から魔力の光が漏れていた。


 ――こいつ、口閉じたままマグナム撃つ気か?


 急いでカットラスを捨てて飛び退く。刃こぼれも酷くなっており、今ので決められなければ限界だった。レッドロードを見ると口を開いてレニーに向けている。

 ボロボロのカットラスは地面に落ちていた。


「しまっ」


 魔法が発射される。

 魔弾は、間に合わない。撃てるが、相殺しきれない。

 咄嗟に、影の手で壁をつくる。

 影が、爆発した。

 レニーは爆風で地面を転げまわり、背中を木にぶつける。


「げふっ、かはっ! かはっ!」


 眩暈がする。それでも、隙が大きければ詰む。

 無理やり立ち上がりながらレッドロードを視界に入れる。集中力が切れたせいで影の手が消え、自由を取り戻していた。


「……ニィ」


 さすが、レニーの実力より格上なだけある。相手は無傷な上に、こっちはボロボロ。今の爆発で少なくともどこかの骨が折れている。さらには武器を一つ失った。

 接近戦はもうできない。影の手で拘束しても大して時間は稼げないし、魔弾も防がれる。破壊技術のスキルで爪が壊れることを期待したいが、何十発撃てばいいかわからない。

 やるなら一気にケリをつけたかった。


 レニーは無言で、杖とホルスターに視線を落とす。ホルスターにある内ポケット。その中身を確認した。


 笑う。


「エレノーラに叱られちゃうな」


 その呟きは死の覚悟を含んでいた。


 レッドロードが迫る。

 レニーは杖のグリップ、その底をスライドさせた。


「ネガティブバインド!」


 影から黒い鎖が伸び、レッドロードを拘束する。一時的に抑え込めたが、闇属性の中でも特にレニーと相性の悪い拘束特化の魔法だった。


 魔弾を早撃ちするせいで「魔力射出」という魔力を一気に放出するスキルを得てしまっている。一定の魔法を即時発動させる効果があるが、継続的に効果を発揮する魔法の維持が困難になる。


 扱いが簡単で一時的な使用に留めていたシャドーハンズの魔法と違い、ネガティブバインドは拘束力が高く、相手の身体能力を下げる効果も持っているために拘束し続ける必要がある。


 通常よりも魔力を絞りだしながら、スライドして開けたグリップ底から、板を引き抜く。

 マジックバレットを自動化、カースバレットを強化する回路が刻まれた板だった。レニーはそれをレッドロードに投げる。


 レッドロードは黒い鎖を引きちぎって爪で板を切り裂いた。

 瞬間、回路が爆発する。魔弾十発分の魔力を注ぎ込んで投げたのだ。あの回路だけでは魔法が発動する手前までしか機能しない為、魔力だけため込ませた。そして衝撃に反応して、行き場をなくした魔力が爆発したのだ。


「ギャアアァアア!」


 爆発の後、レッドロードの爪が砕けているのを確認する。どうやら爆発に、更に破壊技術のスキルの補正がのってやっと破壊できる強度だったらしい。

 レニーはすかさず、ホルスターの内ポケットから同じような回路の板を取り出して、グリップに差し込んだ。底をスライドさせて、回路を固定させる。

 魔力を込め始める。


 レニーの入れた回路は、今まで使っていたものとは全く異なる回路だった。


 その名も、エンチャントサーキット。


 強力な属性が付与された魔弾を撃ち出す為のものだ。レニーのスキルでは威力を発揮できない属性もこれで扱える。

 中でも火属性の魔弾は最も火力が高く、レニーが差し込んだのも、それだった。

 

「グギィイイ!」


 ネガティブバインドの拘束効果を弱めながら、杖に魔力を注ぐ。今回ばかりは速度などとはいっていられない。適切に魔力を浸透させ、蓄積し、最大火力をぶつけるしかなかった。


 腕が自由になったレッドロードはレニーに突撃しようともがくも、足に集中させた拘束がそれを許さない。

 レニーは口の端を吊り上げる。


ぶちのめせればデッドオアそれでいいアライブってやつさ」

 

 魔法特化のロールではないレニーだ。いくら強力な属性が付与されると言っても、たかが知れている。

 より威力を高める為に、レニーは杖をオーバーロードさせた。


「アガッ」


 口を開いてマグナムの魔法を使おうとするレッドロード。しかし、ネガティブバインドを首に巻き付け、締める。殺すまではいかないが、魔法を妨害することには成功した。


 血管が沸騰しそうだった。


 魔力を分散して注ぎ込んでいるのだ。恐ろしい集中力が必須なのは言うまでもない。

 意識が朦朧として、魔力が底を尽き始めていることを知らせる。

 杖部品の間から、火が漏れ出す。オーバーロードの影響で点いた火だ。


 ――あぁ、死ぬんだな。


 ぼんやりとレニーは考えた。

 脳裏では走馬灯のように過去の記憶が流れていく。

 サティナスに訪れてから起こったこと、パトロンの相手やルミナ、フリジットとの出会いが思い出される。次に今まで冒険者として巡ってきた各地の出来事を振り返り――


 ――たった一夜限りの、とあるとの記憶を思い出した。


「……あ」


 急に思考がクリアになる。絞りに絞って、残ったカスでしかない魔力が膨らんだ。

 こんな状況で魔力が増えるなんてことは、ありえない。あり得るとすれば、それはレニーの把握していないスキルが発動したくらいだ。ただ、もちろん無条件というわけではないらしい。謎のスキルの代償か、体が悲鳴を上げ、痛みを訴えてくる。

 しかしそれがレニーの命をつないだ。

 レッドロードを先ほどよりも確実に拘束できたのだ。おかげで、限界まで魔力を注ぎ込み終わる。


 ゆっくり腕を上げる。

 燃える杖の先を、相手に合わせる。

 一発。

 一発撃てば、それで杖は木っ端微塵だ。 

 狙わなくていい。拘束は完璧で、魔法を発動させるだけでいいのだ。


「――ビンゴ」


 叫ぶレッドロードに、レニーは魔弾を撃った。


 眩い閃光と、激しい爆発音。


 反動でレニーは体ごと後方へ吹っ飛んだ。

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