冒険者とレッドロード
レニーよりも頭一つ分、体長が高いソレは、血を浴びたかのように真っ赤だった。
人間とさほど変わらないサイズの頭のくせに目玉の大きさは数倍ある。大きく裂けた口は三日月型に吊り上がっていた。
痩せた体躯に、鉈と見間違えそうなほど大きな鉤爪。
レッドロード。それが魔物の名だ。
討伐依頼の難度は「ルビー級パーティー」。ルビー級で相手にしなければならない魔物の中で、かなり弱い部類ではある。だが、レニーはそもそもルビー級ですらない。
トパーズだ。
「逃げ」
ユーグリスが何か言おうとするが、首が一瞬で飛ぶ。
レニーたちを誘う餌に使われていただけだ、役に立たないと判断されれば殺される。
後ろでライの悲鳴が聞こえたが、構ってやれなかった。
レッドロードは真っ当に進化できなかったゴブリンの成れの果て、だ。群れからはぐれたゴブリンが、厳しい環境の中で適応し、スキルツリーを異常に成長させた結果、ロードというゴールにたどり着く。
真っ当に群れで成長したゴブリンの派生系より、知能は劣るが、歪に嗜虐性が残っている。そのせいで残虐な行為に対して知恵が働きやすかった。
ユーグリスの末路はわかっていたことだ。それよりも、ユーグリスの気持ちに答える義務が、レニーにはある。
ライは死んでも逃がす。
「……ンア」
レッドロードは大きく口を開ける。
口内で圧縮された魔力が球状に形成される。
「
火球に似た魔力の塊が、吐き出される。レニーは杖に手をかけると魔弾を撃った。
魔弾とマグナムがぶつかり合い、轟音を響かせる。
「……
レニーは杖を仕舞いながらカットラスで斬り込む。魔法がぶつかり合って発生した煙の中を抜け、レッドロードに振り下ろす。
「ゲヘ」
レッドロードは上体をそらす。それだけでレニーの一撃を避けた。そして、仕返しとばかりに鉤爪が襲い掛かる。
技能も何もない、ただの暴力。
だが、レニーはカットラスで受けきれなかった。後退を余儀なくされ、ステップを踏む。
「これだから魔物はっ」
シャドーハンズをレッドロードに向ける。だが、一瞬で切り裂かれた。今度は三発魔弾を撃ちこむが、全て爪で防がれる。
「カースバレットだってのに」
瞬く間に爪がレニーを襲う。カットラスで受け流すことに成功するが、そこから嵐のような乱撃が続いた。
「ぐっ」
真正面から戦って、レニーが勝てる道理はなかった。
冗談じゃない、こんなの野放しにしたらどうなるかわかったものじゃない。
レニーは一撃を紙一重で避けると、シャドーステップの魔法を発動させる。加速効果と、メインの効果である残像によってレッドロードの間合いから脱出する。
「ライ!」
ちらりとライを見る。呆然と男の死体を見ているようで、心ここにあらずといった感じであった。
「おい、ライ! おい、お前!」
思い切り叫ぶとやっとライが反応する。そしてレニーに顔を向けた。
レッドロードが近づきそうになった為、魔弾を撃つ。
「あの人の最後の言葉を思い出せ! 実行しろ!」
レニーが叫ぶと、ライは四つん這いのまま、逃げ出した。その様子を確認して、レッドロードと対峙する。
魔弾を防ぎながら進めると学習したのか、爪で構えながら魔弾を弾きつつ迫ってきた。
「キキ」
爪が乱雑に振るわれる。
「ぐっ、このっ」
腕の痺れを感じながら耐え凌ぐ。カットラスもまともに打ち合わせれば悲鳴が上がる。なるべく受け流すしかなかった。
もし、もしもの話だ。
ここにメリースがいれば圧倒的な魔法の連射と高火力魔法の同時展開で即座に倒してみせただろう。
あるいはルミナがいれば、重戦士として力負けはせず、大剣の下に一刀両断していたはずだ。ノアの場合も戦士系として遅れを取ることはないだろう。程度の差こそあれルミナと同様である。
だが、残念なことにレニーひとりだけだ。魔法の威力があるわけでも、剣のスキルに特化しているわけでもないただの
攻撃手段がどちらもあまり有効ではなかった。
「散々自分で言ってきたことだけどさっ」
隙を見て距離を取る。息が乱れてきていた。
「こうも通じないと、ショックだね」
息を整えながら、己の器用貧乏さを呪う。レッドロードは余裕があるのか、長い舌を出して、爪を舐めていた。
「いやぁ、参ったな。腹立ってきたぞ」
相手に通じなくとも、人生かけて成長させてきたスキルツリーだ。愛着も誇りもある。こうも舐めた態度を取られると、くるものがあった。
メリースの気持ちが今なら痛いほど理解できる。
「絶対倒してやる」
レニーはカットラスを構え直す。
「来いよ、バケモノ」
左腕を前に突き出し、挑発するように手招きする。
レッドロードは目を細めると、声を上げながら突撃してきた。
右の一撃目。
両手でカットラスを持ち、下から弾き上げる。
左の二撃目。
カットラスで受け、刃の上を滑らせながら軌道をそらしきる。
再びの右。
バックステップで避け、空振りさせる。そのまま、右足を後ろにし、突きの姿勢を整えた。
狙うは、目。
「ギギッ!?」
驚愕に目が見開かれる。
しめた、これなら目の一つくらい貫ける。戦闘において相手の視界を半分でも奪えるだけでも大きい。
だが、上手くいくほど現実は甘くはなかった。
上体をそらされる。刃から逃れ、更には間合いから外れる。
「ギギィ」
してやったり、そんな顔でレッドロードは嗤う。
額から頬へ汗が流れる。
ギリ、と。歯ぎしりの音が聞こえた。無論、レニー自身のものだ。
魔物と人間、相手にするのであれば人間の方が断然良い。
人間は戦闘中でも思考する。だからこそフェイントが活きるし、視線だけで攻撃を予測することも誘導することも可能だ。単純な戦闘センスだけでなく思考の読み合いも必要になってくる。
ところが魔物はそうはいかない。思い付きで行動する。戦闘に思考がないわけではない。場当たり的なのだ。視線なんて読んでたって仕方がないし、かけられるフェイントも限られてくる。
不意をつかれても、元々備わってる能力でどうにかしてしまうのだ。
理論も何もない。
レニーにはそれが、心底苦手だった。
汗が落ち、土に染み込む。夕日が沈みきったのか、大地は影に染まりきっていた。
「……シャドードミネンス」
まだ、手はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます