冒険者と「あーん」

 ポーションや回復魔法と言っても瞬時に傷が治るわけではない。浅い傷なら数分で完治するし、傷を塞ぐだけなら十分有効だ。

 ただ、大怪我となればそうは行かない。

 毎日ポーションを飲んだり、回復魔法をかけてもらいながら少しずつ治癒してもらうのだ。怪我が酷い場合は治療の速度に脳の感覚が追いつかないのか幻痛を伴うこともある。そういった意味でも、自然で、しかし早い治療が求められていた。


「あーん」

「……あの、フリジット。自分で食べれるんだけど」


 痛み止めでいくらか痛みもマシになって、最低限度の生活動作は可能だった。

 にもかかわらずフリジットは笑顔で食事をスプーンですくい、こちらに向けてくる。


「食べて」


 脅すように冷たい声で言われる。


「ハイ」


 食べさせてもらう。味は全くわからなかった。


「ねえ、フリジット」

「なぁに」

「昼休憩じゃないの」

「昼休憩だよ」

「フリジットの昼ごはんは」

「はいあーん」

「いや、昼」

「食べろって言ってるでしょ?」


 首筋に包丁でも当てられてるのか、そう思うほどに、頭の芯から冷える。そんな声だった。

 おかしい、看病ってもっと優しさを感じるもののはずだ。


「はい、あーん」

「ハイ」


 従うしかなかった。


「……リブの森林は?」

「一週間はルビー以上の冒険者で調査。ギルド職員も含めてね。あーん」

「今のところは平気な感じ?」

「大丈夫だね。レッドロードなんて見逃さないし」


 一瞬、フリジットの瞳から光が消えて、


「見つけたら絶対殺す」


 酷く物騒なことを呟いた。


「え」


 レニーの思考が止まる。あまりにも普段と乖離した言動に、聞き間違いじゃないかと己の記憶を疑った。


「あーん」

「あ、あーん」


 レッドロードの一件からフリジットに恐怖しか感じなかった。

 心の中で、もう怒らせないようにしようと、本当に、切実に誓った。


「夜ご飯のときはルミナさんが来るからね。完治するまでお昼は私、夜はルミナさんが様子見に来るから」

「キミら、そこまでしなくても」

「うるさい。従う事」


 突き出されるスプーン。レニーは観念したように口を開いた。

 口の中の食事を飲み込んだ後、レニーは頭を下げた。


「……ごめん。心配かけた」


 驚いたように目を見開いてから、フリジットは静かに微笑んだ。


「あのね、レニーくんも正しかったって、本当はわかってるの。ルミナさんも」


 真っすぐ見つめられる。その瞳は濡れていた。


「あのまま放置してたら被害はもっと酷かったかもしれない。だから未然に防げたのは良かったと思う」


 手を握られる。


「でもね、私嫌だよ。レニーくんがいなくなるの」


 痛み止めの関係であまり手の感触はなかった。だが、手が震えてるのは見ればわかる。


「……ごめん」

「あのときの比じゃないくらい不安で、怖くて……」


 あのときというのは恋人のフリをしていたときの、だろう。大量のムネアカメガバチと戦って、気絶したときのことだ。


「だからできるだけ無理しないでほしい、かな」


 冒険者は死線を好む。したがって無理は望むところだ。フリジットも元冒険者。そこは理解しているらしい。だから強く言えない。


 レニーはフリジットの手に自分の手を重ねる。


「約束するよ、今回以上の無理はしない」

「ほんと?」

「だから泣かないでくれ」

「うん」


 フリジットは目元を軽く拭う。

 そしてまた食事を食べさせてくれた。




○●○●




 夕方。

 仕切りを開けて、ルミナが入ってきた。


「おっす」


 片手を挙げて斬新なあいさつをしたルミナは、ベッド横のイスに座る。


「ルミナ、ごめん」

「何が」

「心配かけて」


 ルミナは返答せず、ベッド上、設置されたサイドテーブルに置かれた夕飯に目を向けた。運ばれてきたばかりでレニーが食べようと思っていたところであった。


「フリジット、お昼食べさせたって言ってた」

「え? あ、うん。オレひとりで食べられるけど」

「ボクじゃ嫌?」


 スプーンを持ちながら、小首を傾げられる。表情は全く変わらないが、声音が不安げで、それが可愛らしくて、とても断れる雰囲気ではなかった。


「……あーん」


 口の中にスープを入れられる。ぬるいスープが喉を通り過ぎた。


「おいしい?」

「正直あまりおいしくはないかな。薬で味覚がひどくなってるのもあるし」

「治ったらおいしいもの、食べる」

「うん、そうする」


 肉料理を食べさせてもらい、咀嚼する。


「武器、なくなった」

「カットラスもボロボロだったし、杖はオーバーロードさせて派手に壊したからなぁ」

「新しいの、買う?」

「しばらくは刀剣類と盾で凌ぐしかないね。杖バカ高いし」


 せっかく気に入って使っていた武器類だったが、カットラスはともかく、杖は特注品だ。値段も張るし、製造にも時間がかかる。安全性の面を考えても、別の杖を用意するより、剣と盾のオーソドックスな装備にした方が仕事になりそうだった。


「もっといい武器、必要」

「あれ以上はなかなかないよ」

「でも、装備大事。素材はもっと良くするべき」


 上質な鋼鉄は使っているが、魔物の素材や特殊な金属はあまり使っていない武器だった。魔物の素材を使うとその魔物の持っていたスキルツリーの一部を武器の能力として引き継げる場合もある。やや劣化したり、ほんの一部であることがほとんどだが。

 レニーもルミナほどではないにしろ、少し背伸びをした武器を使ってもいいかもしれない。


「ルビー級の魔物倒した。きっと審査をしてカットルビーに昇格になると思う」

「……昇格は早いんじゃないかな。ボロボロだったし、運が良かっただけだよ」

「レニー。戦いに運、関係ない」


 ルミナは断言する。そして、サラダを食べさせてくれた。


「レニーが今まで用意してきたもの、努力してきたもの。たまたま揃ってたんじゃない、その時の為に揃えられてたもの。だから、運じゃない」

「……珍しいな、ルミナがそういうこと言うの」

「変?」

「いいや。大事なこと教えてもらったよ」

「でしょ」


 胸を張るルミナに、レニーは笑った。

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