冒険者と早撃ち勝負

 以前喧嘩をしたときは広場でやったが、あれは噂を確実に広めたいという目的があったからで、ギルド内に戦闘ができるスペースがないわけではない。


 中庭だ。


 長方形に空けられたこのスペースは休憩をしたり、ちょっとした剣術指南をやったり等利用用途が多い。激しい戦闘は無理だが、そんなものはどこでも基本的に無理である。


 レニーとメリースはある程度の距離を取って向かい合っていた。間に、審判役のルミナとノアが立っている。


「ルールはいつかのやつでいいよね」


 ノアの問いに、レニーもメリースも頷く。


「ルールは簡単。俺がコイントスをするから、コインが地面に当たった直後に魔弾を撃ち合う。それでより距離を稼いでいたほうの勝ち」


 要はどっちが早く魔弾を撃てるかという単純な勝負だった。

 魔弾は相殺されるので周りの被害もこちらの怪我の心配もない至って平和な勝負だ。


「おぉい、早撃ち勝負だ、早撃ち勝負! どっちに賭ける!」

「どっちが勝つかな」

「そりゃやっぱメリースじゃねーの」

「バッカお前。前回はレニー勝ったんだよ」

「まじかよ、じゃあわかんねえな」


 そしてなぜか野次馬がそこそこいた。何なら休憩してるらしいギルド職員もいる。

 ルビー等級の三人が揃っているのも相まって何事か気になったのだろう。

 レニーは頭を抱えた。


「ノアはどっちに賭ける?」

「そりゃメリースだけど。ルミナさんは」

「もちろんレニー。あそこにベットしてくるからちょっと待ってて」

「じゃ、今回の報酬、俺の分半分賭けちゃおっかな。よろしく」


 ノアは硬貨をルミナに渡す。ルミナは頷くと賭け事を始めた冒険者たちのところに持って行った。

 ルビーの冒険者が賭け事をするな。レニーは内心突っ込んだ。


「バッカじゃないの!」


 当然の罵倒をするメリース。


「メリース勝つし大丈夫でしょ」


 だが、ノアはあっけらかんとメリースに言ってのけた。それを聞いてメリースは服の袖で口元を隠す。


「は、恥ずかしいこと言うなしっ」


 顔が真っ赤だった。そして、レニーをキッと睨む。


「この間は酔ってたけど、今回は全力だかんね」

「……そうだっけ」


 曖昧な記憶を掘り起こす。

 確かに、メリースが酔った勢いで「アンタ魔弾撃つの超早いらしいじゃない! 勝負しましょ勝負」と言ってきて、勝負になったのだった。

 何なら自分もベロンベロンに酔っていた気がする。酔ってノリノリで勝負を受けた気がする。


「お待たせ」


 ルミナが戻ってきて、ノアが硬貨を親指にのせる。


「よし、じゃやろうか」


 互いに頷いた。

 レニーは杖に手を置く。メリースは左脇にある魔書を魔力で操り、浮かせて引き出した。そのまま本を開き、背表紙をレニーに向ける。


 硬貨が、はじき出される。


 空中で回転する硬貨を目をこらして追う。わずかな時間で全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ませる。

 まず、一、二、三……と。硬貨の回転を数えて、空中に上がりきってから落ちるまで。その感覚を掴む。


 次に回転数ではなく、カウントダウンを始めた。


 硬貨が落ちていく様が手に取るようにわかった。ゆっくり、着実に、地面に迫るその姿が。

 三、二、一。


 ――今!


 硬貨が地面に当たって音を響かせる。

 その直前で、レニーもメリースも魔弾を発動させた。

 硬貨の音と、魔弾の相殺される音が同時に響く。魔弾がぶつかり合って発生した風が、レニーの髪を吹き抜けた。


「……すー」


 集中を解きながら深く息を吐く。


 誰かが、唾を呑み込む音がした。


 静寂が訪れる。

 レニーもメリースも、黙ったまま視線を交差させるのみ。ノアとルミナは、魔弾が弾けた場所を凝視している。


「……どっち!?」


 沈黙に耐えかねたのか、メリースがノアに問いかける。


「僅差だけど」


 ノアは残念そうにレニーに手を向けた。


「……勝ち」


 ルミナが親指を立ててこちらに見せてくる。


「ムキー!」


 魔書をしまいながら、メリースがズカズカと歩み寄ってくる。


「どーしてローグのアンタがっ、そんなに! 早いのよ!」


 人差し指をレニーの胸に突き刺しながら、メリースが怒鳴った。


「必要だから」

「必要だからって、あーもう!」


 地団駄を踏むメリース。

 メリースがここまで勝ちに固執するのは、ロールが魔導士だからだ。中でもトップクラスの、二冊の魔書を自在に操り、強力な魔法を連発する、魔法のスペシャリスト。

 同じ魔法系のロールであるならともかく、ローグに敗北するというのは魔法という技術に心血を注いできたメリースにとって許せないことなのだ。

 だからレニーに勝負を挑んできたし、それがわかっているからレニーは素直に付き合った。


「ノアっ! 帰るよ」

「はーい」


 メリースは思い切りレニーを睨みつけてから、ノアを連れて中庭から去っていった。

 入れ替わるように、硬貨の入った袋を持ってルミナがやってくる。


「儲けもん。山分け」


 物凄く既視感がある光景だった。


「張り合い大事。増長するから」

「……そうだね」


 どうやらルミナなりに、メリースのことを気遣っていたらしい。確かに魔法系のロールで強い冒険者はこのギルドにはいない。魔弾の速度だけでも、張り合える相手がいるのは大事なことなのだろう。

 相手をしなきゃいけないのがレニーというところが、何だか腑に落ちないが。


 ――帰って寝よ。


 集中力の切れたレニーはぼんやりと思う。

 小鳥たちが、晴れ渡った空を歌で祝福していた。

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