冒険者とブレックファースト

 レニーは眠ぼけまなこのまま、酒場の天井を眺めていた。慣れない報告書を徹夜で作成し、先ほどフリジットに提出してきたところだ。グラファイトの冒険者は遅くとも一週間後にはカットパールになれる見込みだそうだ。レニーだけでは昇格させられないので、後は報告書を読んだギルド職員次第だろう。


「レニー」


 名前を呼ばれて、天井から目を落とす。

 同じソロの冒険者であるルミナがいた。あくびをしながら、大剣を壁に置く。そして向かい側の席に座られた。


「眠そう」

「お互いにね」


 席に案内されてから注文さえしていなかった。


「何か頼んだ」

「まだ。エビと海藻のオープンサンドと……コーヒーにしようかな」

「同じの頼む」

「ふぁーい」


 レニーは手を挙げて、店員を呼ぶ。サンドとコーヒーを二つずつ頼むと、脱力した。


「昇格試験の報告書出した?」

「出した」

「ボク、これから」


 親指を立てて、マジックポーチから書類とペンを出すルミナ。

 ペンは魔法を使う鳥型モンスターの羽根からつくられることが多い。魔力を通しやすいモンスターの羽根はペンの機能性をあげる。例えば魔力に反応して色を変えるインクを使ったときには、色を変えながら書き込める。予め用意しなくともその場で必要な分だけ使えるのだ。


「食べてからのほうがいいよ」

「そうする」


 ルミナは出したばかりの書類とペンをしまう。


「フリジットに教わりながらやってる」

「へえ。オレはグラファイトの子の昇格試験だったけど、キミはどの等級の昇格試験担当したんだ」

「カットトパーズ」

「どうだい? 新たなトパーズは誕生しそう?」


 首を振られた。

 昇格試験はトパーズから合格率が極端に低くなる。緊急事態に対応可能である判断力と戦闘能力が求められる他、監督権の付与にふさわしい規範意識等、求められる事項が増えるからだ。数度落ちてやっとトパーズになれる者もいれば、なれずにカットトパーズのまま、という者も少なくない。


「パーティーだった。あれは、危ない」

「ルミナが言うんなら相当だな」

「リンカーズの完成度、改めて感じた」


 リンカーズは、このギルドで活躍しているトパーズの三人組のパーティー名だった。あまり絡みはしないが、探索の補助を頼まれたときがあったし、酒場で仲良さげに駄弁っているのをよく見かける。

 基本的にペア、パーティーを組んでいればチームの名前を決め、それで呼ばれることが多い。


「依頼をこなせればいいカットトパーズと多くを求められるトパーズじゃ、そりゃ練度が違うさ」

「お待たせしました、エビと海鮮のオープンサンドとコーヒーお二つずつです」


 目の前に食事が並べられる。

 皿の上にオープンサンドがあった。円形に切りそろえられたパンの上に、海藻と野菜、そしてエビが散りばめられている。全体的にサンド用のソースがかけられていて、彩りが鮮やかだった。


「じゅるり」


 ルミナは平坦な声で言った。

 互いに軽く祈りをささげてから、ナイフとフォークを持ち、食べ始める。

 サクッとした外側に、内側はふんわりとやわらかなパン。パンの内側に染み込んだソースとエビのプリっとした食感がたまらなかった。


「美味いなぁ」


 夢中で食べているルミナも、頷いた。リスのように頬を膨らませている。


「レニー、しないの?」

「昇格かい」

「カットルビー、なれる」

「ご冗談を」


 レニーの実力がカットルビーに届かないことは、レニーがよく知っていた。


「冗談じゃない」

「魔物の強さに、ついてけないよ。無理無理」


 手をひらひらと振る。


「キミと組んだときだってトドメはキミ任せじゃないか」


 レニーには攻撃手段がカットラスと魔弾しかない。闇属性魔法も攻撃魔法よりも補助寄りだ。人間相手には有効な攻撃手段を突き詰めていたが、これには致命的な欠陥があった。

 強力な魔物相手にダメージを与えられない。戦士系ほど、カットラスの技術があるわけでも一撃が重いわけでもなく、魔法系ほど魔法の火力を突き詰めているわけでもない。そんな中途半端なローグのロールの弱さが、上に行けば行くほど滲み出るのだ。


「魔法、メリースより早い」

「魔弾だけね。相当なハンデもらってるし、直接勝負したらオレが負けるよ」

「でもメリース、負けてる」

「誰が、誰に、負けてるってぇ?」


 噂をすれば影が差すとはまさにこの事だった。視線を向けると、少女がいた。


 背が低い。

 椅子に座ってるレニーと目線がほぼ変わらない。黒いとんがり帽子を目深にかぶり、黒に白い装飾の入ったローブを身に纏っている。両脇にはホルスターに収納された魔書がある。

 琥珀色の瞳には強い対抗意識が燃え盛っていて、可愛らしい顔には青筋が立っていた。

 このギルドにいる最強のペア、ツインバスターの魔導士メリースだった。


 隣には困ったように笑みを浮かべる少年がいた。布の服からのぞく腕や首からのわずかな情報だけでも無駄なく鍛えこまれた引き締まった体をしているのがわかる。両手剣を背負っていた。

 青髪に碧眼、優しげな相貌。

 メリースの相棒、ノアだった。

 

「メリースが、レニーに」


 ルミナがにべもなく言うと、眉間に皺が刻まれた。


「ルビーが、トパーズ如きに負けるわけないでしょ!」

「まぁまぁ」


 ノアがメリースをいさめるも、メリースは落ち着かなかった。


「何なら今ここで勝負してやってもいいわ。ボッコボコにしてやる」

「普通勝てる。負けるのがおかしい」


 ルミナの目線がレニーに向く。

 メリースは顔を真っ赤にさせた。


「ルミナ、相手のこだわってるもので煽らない方が良い」


 レニーがそう言うと、ルミナが縮こまった。


「ごめん」

「フンっ! いいわよ、コーヒー飲み終わったら勝負しなさい! アンタの相手なんて朝飯前なんだから」

「さすがに依頼明けだから俺らも食べてからにしよう。な?」

「ムキーっ」


 ノアに連れられて、メリースが他の席にいなくなる。

 レニーはあくびをして、天井を見上げた。


「え、これ勝負しなきゃいかない感じ?」

「帰ったらメリースの不戦勝」

「……ちゃんとやらなきゃなぁ」


 ため息が漏れた。

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