冒険者と指南

「さて、三人ともお疲れ様。これで試験は終了だ」


 森の入り口で、手頃な岩に座りながらレニーは三人をねぎらう。だが、三人は浮かない顔をしていた。


「どうだい、試験の感想は」

「……もしかしたらソルジャーを倒せるかもしれないって思ったけど、全然無理だった」


 戦士が呟くと、射手が頷いた。


「もっと戦えると思ってた。ゴブリン相手には上手くいっていたし」

「魔法も防がれて、ダメダメだった」


 三人ともソルジャーを倒せなかったことがショックだったらしい。


「キミらで倒せるわけないじゃん」


 レニーがにべもなく言うと、三人とも目を丸くした。


「パールの冒険者がいないとまず無理じゃないかな。ソルジャーはカットパールで倒さなきゃいけないんじゃなくて、倒せたら一人前のパールって感じかな。あ、パーティーで倒せればいいからね。ソロでやろうとしないように」

「でも試験なんだよな」


 普通試験で相手をすると聞けば倒せばいいと考えがちだ。そして倒せないとまずいと躍起になる。だから試験開始前に念を押しておいたのだ。いざ戦いになると頭からすっぽり抜けてしまうだろうから、あまりアテにまではしていない。


「格上相手にどれだけ立ち回れるかも重要さ。立ち回りで加点、逃げ時を見極められなかったで減点、プラスマイナスゼロって感じかな」

「勝てなくても合格するってそういうことだったの」

「そゆこと。合格ラインは超えてるだろうからギルドからの結果は楽しみにしててね」


 ゴブリンまでの道中、ゴブリンの撃破数、連携……カットパールに要求される能力は満たしていた。


「さて、どうする?」

「どうするって」


 戦士が顔を上げる。


「目の前に先輩冒険者。試験は終わり。キミらは何がしたい?」


 レニーが聞くと、おそるおそる魔法使いが手を挙げた。


「その、どうすればソルジャーを倒せたのかなって」

「魔法使いさんは魔法の撃ち方かな」

「……撃ち方?」


 レニーは岩から降りて手のひらを前に出す。


「マジックバレット」


 手のひらに小石程度の魔弾をつくると虚空に飛ばす。


「キミ、こういう撃ち方だよね」

「そうだけど」


 レニーは左手を皿でも持つような構えにし、その上に魔弾を生成する。そして右手の指でそれを弾いた。

 同じサイズの魔弾が、しかし先程よりも明らかに速く飛んでいく。


「普通に放つよりも何か衝撃を与えて放った方が早く飛ぶ。これをイメージでやるんだ。固めた魔力を叩いて弾き出す。これだけで変わる」


 レニーは今度、右手の人差し指を前に向け、親指を立てた。人指し指の先に魔弾が生成される。


「バァン」


 声と共に右手を挙げるしぐさをする。すると、先程指を弾いたのと同じ速度で魔弾が飛んで行った。


「飛ばす、のイメージは千差万別さ。魔法って結構、工夫次第なとこあるんだよね」

「凄い……」

「あとは魔力の練り方だね」


 再度人差し指を前に向ける。今度は魔弾ができるが、すぐに縮んでまた膨張し、また縮む。


「圧縮ってやつだね。なるべく魔力を密集させるというか、一か所に押し込みまくる」


 魔弾の青い輝きが増してきて、指先で小さな風が巻き起こる。


「誰か上に石投げてくれる」

「わかった」


 射手がすぐに手頃な石を拾うと、レニーの当てやすい位置に投げてくれた。そこへ魔弾を放つ。

 石が消滅した。


「ね?」

「はへぇ」


 魔法使いが感嘆の声を漏らす。


「初めて知った、凄い」

「ま、教わる機会も少ないし、上の魔法使ってたらある程度身につくから知らない人も多いよ。応用効くかどうかが一流と三流の差さ」


 魔法とは平たく言えば魔力のコントロール技術だ。詠唱できないモンスターが魔法が使ってくるのも、無詠唱で撃てる魔法があるのも、魔力をどう操るかが明確に決まっているから可能としているだけだ。

 言葉によってイメージを自動化し、自然な魔力コントロールを可能とする。詠唱はその知恵の結晶だ。

 また名前が分かれているからこそ段階を知り、コントロールを知り、多彩な魔力操作を可能としている。

 同じマジックバレットでも人によって全く違うのだ。


「一回オレに撃ってみる?」

「いいの?」

「試したそうな顔してるし」


 魔法使いは笑顔で杖を構える。杖の先をレニーに向け、その先の空間を支えるように左手を置く。弓矢を引くような手の位置で、足先は前に向けている。

 拳大の魔弾がすぐにできた。


「マジック、バレット!」


 レニーに向けて、マジックバレットが放たれる。ソルジャー相手に撃ったものよりも明らかに密度が高く、そして速い。

 杖に手をかける。


 炸裂音が響くと、レニーは無傷でその場に立っていた。


「オーケー、いい威力だ」

「え。それより試験官何したの」

「杖抜いて、マジックバレットで相殺した」

「早すぎる……」


 射手が愕然とレニーの杖を見た。


「射手のキミは位置取りかな」

「位置?」

「森の中なら木の上とかもありだからさ。上から見下ろせば状況も見えやすい。逆に」


 レニーは杖を持ったまま、射手の懐に入った。そして顎に杖の先を向ける。


「接近してもいい。弓矢だから距離を取りたがるだろうという不意をつける。ま、キミがどんな戦闘スタイルにしたいかによるかな」


 冷や汗を流す射手の前で、杖をホルスターに入れた。


「戦士くんは、意識を変えようか」


 レニーは射手と魔法使いを手で指す。


「ほらキミら三人で戦ってるわけでしょ。前衛は常に前に居続けなければならないわけじゃないし、魔物を相手にし続けなければいけない道理もない」


 レニーは三人から離れてカットラスを抜く。


「オレがここにいて、戦士くんがオレを食い止めるとしよう」


 戦士がレニーの前に立つ。剣を抜いて構えた。


「まずオレが劣勢になって後退しようとしたとしよう。どうする?」

「追いうちをかける」

「誰が」

「え、俺じゃないの」

「やってみな。大丈夫。オレが怪我したら加点にしてあげる」

「え、えっとじゃあ」


 レニーがバックステップを踏む。そこを戦士が剣を振りかぶって追いうちをかけてきた。すかさずサイドステップを踏み、剣を避ける。


「あ」


 二撃目に移ろうとした戦士が動きを止める。


 レニーの杖の先が魔法使いに向いていた。


「元の位置に戻ろうか」


 互いに構えを解き、元に戻る。


「次、射手くん。矢を構えて」

「わかった」

「実戦じゃないから手順を教えよう。オレがバックステップを踏む。そこで追いうちをかけるのは射手くんだ。で、矢を避けたら戦士くんが斬りかかる」


 カットラスを構える。


「んじゃ、行くよ」


 バックステップを踏んだ。その先を射手の矢が襲う。レニーは難なく横に跳んで避ける。そこに戦士が斬りかかった。

 二度連続でステップを踏んだゆえの足の負担と、二人を相手にしなきゃならないという意識。それが回避を不可能にする。

 レニーはカットラスで剣を受けた。


「よし」


 互いに構えを解く。


「この間に魔法使いさんがマジックバレットを準備してたら、戦士くんは一撃加えて下がればいい。もし敵が動いたとしても射手くんか魔法使いさんが間に合わせる」

「俺、前出て戦う事しか考えてなかった」


 目からウロコ、と言わんばかりの顔で戦士は呟く。レニーは頷いた。


「みんなそうさ。そしてルビーとかサファイアまで昇り詰めるやつはそこが違う。一瞬の判断、連携の精度、戦局の理解……どこまで煮詰められるかだ。ま、実戦重ねて強くなりな」


 そういって、レニーは戦士の肩を叩いた。

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