冒険者とグラファイト
リブの森林。
駆け出しからお世話になる場所だ。駆け出しは主に薬草採取となる。次に野生動物とほぼ変わらない魔物討伐が許される。キノコの採取もたまに依頼として巡ってくるが、毒物との見分けが付きづらい為、参考資料必須である。
その入り口でレニーは腕を組みながら、書類に目を通していた。
「えーっと、戦士くんは……剣と盾を持ってるキミね」
「はい!」
元気よく手を上げて返事をするのは、ショートソードと盾を背負った赤髪の少年だった。パーティーのリーダーらしく他の二人より一歩前に出て、堂々としている。
「次、射手くんは弓矢持ってるしキミか」
レニーから見て左側にいる弓と矢を持った少年を見る。青髪でどこか張り詰めた表情をしていた。緊張しているのだろうか。
「最後は魔法使いさんね」
反対側に少女がいた。短くした茶髪の少女で、樫の木でつくられた初心者向けの杖を持っていた。
「キミらパーティー?」
念の為確認すると、三人とも頷く。全員成人したて……十五歳か十六歳か、といったところだ。
「後衛二人に前衛一人ね」
「あのーあなたの名前は」
手を上げて戦士が聞いてくる。
「覚えなくていい」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
当然の疑問を戦士が投げかける。敬語は冒険者同士ではほぼ使われない。せいぜい、サファイアレベルになったら崇めるように敬語を使われるくらいだろう。レニーも依頼主と会話するときぐらいだ。
「好きに呼べばいい。先輩でも試験官でも。オレもキミらのことはロールで呼ぶ」
「どうして」
今度は魔法使いの質問だった。
「試験では現在の等級より上の魔物を相手にする。具体的にぶっちゃけちゃうとゴブリン・ソルジャーだ。緊急事態もあり得る」
「そのときは助けてくれるんだよね」
「助けるけど咄嗟に名前が出ないと困る。覚えが悪くてね。ロールの方がわかりやすい」
書類を片手にレニーは三人に話す。
「キミらがカットパールに上がったとして障壁となりうる存在がゴブリンだ。討伐依頼が出やすいし、上位のゴブリンがリーダーになっていることが多いから寝首をかかれやすい。リーダーの代表例がゴブリン・ソルジャーだ。キミら全員で戦ってギリ勝てるかどうかだろう」
「それって大丈夫なの」
「勝つ必要はない。逃げられる余力があれば万々歳ってとこ」
「勝てないとどうなるんだ」
射手の視線に、レニーは答える。
「オレがやる。それだけだ。総合的に見て合格なら勝てなくても合格だし、逆に勝てても総合的に見てダメそうなら不合格」
読み終えた書類をマジックサックに入れる。
「何か質問は」
「はい」
「じゃ、戦士くん」
「試験官が昇格試験のとき、ゴブリン・ソルジャーは倒せたのか?」
レニーは昔の記憶を掘り返す。そも、同じ試験内容だっただろうか。あまり良く覚えていない。さすがに魔物を相手にする回数が他と少ないからと言って全くやってないわけではない。ゴブリンの相手は腐るほどやっていた。
「覚えてない。ソロだったし助けてもらったかもね。他は」
「はい」
「射手くん」
「薬草採取などは並行してやってもいいのか」
「構わない。加点にもなる。そこは通常の仕事と同じだ」
射手は頷く。どうやらわかってくれたらしい。二人から質問をもらったので、魔法使いに顔を向けた。
「魔法使いさんは質問ある?」
首を振られた。
となれば、試験本番である。
レニーはリブの森林を指さす。
「じゃ、後ろからついていくからがんばって。質問はいくらでもしてくれて構わない」
三人とも緊張した面持ちで森の中に入っていく。レニーはその後ろをついていった。
先頭を戦士が、その次を魔法使い、最後に射手といった順番で歩いていく。狙撃が行える射手が後方にいるのは間違っていない。恐らく索敵に使えるスキルも持っているだろう。魔法使いは敵へ有効打を与えやすいが隙ができる。戦士で前を守り、射手が抜けてきた敵や後方を守れる位置。定石だ。
いつものルートでも決まっているのか、三人はある程度迷わず進んでいった。恐らく薬草採取のルートだろう。魔法使いがメモを確認しながらたまに薬草を抜き取っていく。根っこまでは抜いていない。
問題なかった。模範的と言える。
「……いた」
戦士がある場所で止まると、後方に手を伸ばして他の二人を制す。木々の間から覗き込むように先を見た。
レニーも気配を消しながら覗き込む。
ゴブリンがひらけた場所で兎を解体していた。中心にはゴブリン・ソルジャーもいる。
一、二……通常のゴブリンは四匹。ソルジャーは一匹。平均的な数だ。
三人は軽く話し合うと行動を開始した。
まず魔法使いが魔法を唱えた。
次に射手が矢を番える。
先に仕掛けたのは射手だった。放たれた矢が一匹のゴブリンの肩に刺さる。
「グギャアア!」
「いまだ!」
ゴブリンが悲鳴を上げている間に戦士が木々の間から飛び出してゴブリンに斬りかかった。射手が矢を当てていたゴブリンは痛みで地面を転がっていた為、あっさり仕留められる。そこから驚いて固まっているゴブリンの頭を叩き斬った。
「マジックバレット!」
魔法使いの杖から拳大の魔弾が放たれ、ソルジャーを襲う。
「ごぎゃ!?」
ソルジャーは驚きつつも腕で頭を庇う。簡単な手甲があったため、マジックバレットは当たりはしたものの大きなダメージとはならなかった。
そして、ソルジャーは盾を真っ先に拾う。同時に射手の矢がソルジャーを襲った。ソルジャーは盾で矢を弾きながら剣を拾い、叫ぶ。
「ギャアアァ!」
剥き出しの敵意。それが魔法使いと射手に突き刺さった。
「第二射」
「わかってる、マジックバレット!」
魔法使いがソルジャーに魔弾を放つ間に射手は三本目の矢を番えると、今度は戦士が戦っている方へ撃った。戦士とゴブリンの間を矢が抜けていく。それにゴブリンがひるみ、その隙をついて戦士が剣を突き刺す。
ゴブリンは残り一匹。
「クキィ!」
飛び掛かるゴブリンの一撃を戦士は盾で弾き、顎に蹴りを入れる。
「グゲェッ」
「終わりだ!」
喉に突き刺していた剣を引き抜き、蹴られて倒れたゴブリンの胸に剣を下ろした。
「グェッ」
ゴブリンの胸に難なく剣が突き刺さり、絶命した。
これでゴブリンは終わりだ。
残りはソルジャーのみ。
「ギエェエエエ!」
叫ぶソルジャーは魔法使いの魔弾を盾で弾くと突撃してきた。魔法使いも射手も急いでその場から離れる。
レニーは木の陰に隠れながら、戦士の方へ近づいた。
射手がけん制しながら戦士の後ろに移動する。魔法使いも戦士の後ろで杖を構えた。ゴブリンを踏みつけ、胸から剣を引き抜いた戦士がソルジャーと向き合う。
レニーは姿勢を低めた。
「クエェエ!」
方向転換したソルジャーが三人に向かってくる。戦士は盾を構えると迎え撃った。
「でやぁ!」
剣を横薙ぎに振るう。ソルジャーは急に足を止めると後方に飛んだ。剣は空振りに終わる。
今度はソルジャーが剣を振るった。戦士は避けられず、盾で受ける。力を受け流すことができず、やや体が浮いた。
「うわっ」
「させるかっ」
射手が横に跳び、ソルジャーへ向けて矢を放つ。ソルジャーは盾で矢を難なく受けると、大口を開けて戦士に迫った。
小柄なゴブリンだが、ソルジャーは人間とほぼ変わらない体格と肥大と言っていい頭を持つ。牙も立派な武器だった。
「このぉ!」
戦士が剣を突き出すとソルジャーは口を閉じてそれで剣を受け止めた。ソルジャーの口の端が吊り上がる。
「ひっ」
戦士の顔に恐怖が浮かぶ。ソルジャーが斬りかかるのを見るや否や、レニーは脚に力を込めた。
「シャドーステップ」
加速効果のある魔法を仕込むとそのまま突撃する。ソルジャーの刃が戦士に届く前に、レニーのカットラスが刃を受け止めた。
「うわぁっ!」
思わず剣から手を離す戦士。刃を弾き上げ、レニーは間髪入れずに戦士の腹を蹴った。万が一、戦闘に巻き込まない為の非常処置だ。
「げふ」
戦士が地面を転がり、魔法使いのところで倒れる。
「げほっげほっ」
「大丈夫!?」
咳き込む戦士に、魔法使いが駆け寄った。遅れて射手も傍に行く。
ソルジャーは剣を吐き出し、レニーから距離を取る。
だが。
「遅い」
間合いを詰めた。体勢を整える前で、うまく動けないソルジャー。その首に迷わず、カットラスを振るう。
ソルジャーの頭と胴体が分かれた。
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