昇格の話

冒険者と昇格試験

 冒険者の依頼には様々な形式がある。

 討伐、護衛、探索、採集、ギルド依頼。ざっくり分けてもこれだけある。


 討伐は言わずもがな、魔物や盗賊等の討伐依頼を指す。基本的に依頼主がいて、難易度に見合った報酬が用意されている。魔物の場合は素材も要求されることもあるが、基本的に魔物の素材は冒険者やギルドの臨時収入となる。査定や売却等、ギルドの職員か提携している業者に任される為、冒険者が受け取れる素材の料金は本来の半分程度だ。


 護衛もその名の通り。行商人などの護衛を行う仕事だ。特筆することはほぼない。


 探索については、その土地の魔物の危険性を調べる目的であったり、魔物の巣のマッピングであったり、目的は様々だ。ギルドが定期調査の為、冒険者に協力を仰ぐこともあれば、村や町、国から依頼が出されることもある。


 採集は、商人や職人から必要なものを持ってくるように依頼されることが多い。依頼に出されたものは料金が割り増しになる。他の依頼と掛け持ちをしやすいのでついでに達成されることもある。基本的に冒険者が受注していなくとも、ものさえ売れば依頼を達成した扱いになることも少なくない。


 ギルド依頼は、新人育成や昇格試験の手伝いが主となる。

 このうち、探索とギルド依頼はギルド職員が行っていることも多い。


 レニーが今活動の中心としているギルド、ロゼアでは、支援課という新しい部署が出来たところだった。冒険者の相談や先述した探索、ギルド依頼の部分に相当する、ギルド職員が負担しがちな仕事を一手に引き受ける部署だ。


 ただ、この支援課には問題がある。


「現状私しか業務が出来る人がいないんだ」

「はぁ」


 受付を挟んで、レニーが会話をしている相手は、フリジット・フランベル。元冒険者の受付嬢であった。


「ギルマスと元パーティーメンバーが抱え込んだ資金で、いろんな業者と提携できてるし、制服もしっかりおしゃれなものを用意したから受付業務とか書類作業のできる優秀な職員が揃ってるんだよ」

「知ってる。助かってるよ」


 採取してきた素材の査定も早い。受付の人数が多く、分業も出来てるからスムーズに依頼を受けられるし報告できている。それはレニーも実感するところだった。


「でもね、でもね。他のギルドと比べると新参者なわけなの。ギルドに所属してくれてる冒険者は正直少ないというか」


 ギルドはあくまでも冒険者が依頼を受ける為の拠点に過ぎない。ロゼアなどの複数のギルドが所属している、冒険者ギルド組合という大本の組織の、支部のようなものだ。



「ギルド所属の冒険者何人だと思う」

「平均二十らしいね」

「四人だよ、四人。しっかり新人育成できないよぉ」


 指を四本立ててフリジットが強調してくる。わんわんとウソ泣きし出す始末だった。


 ギルドに所属するということは活動の拠点はそのギルドでなければならない。冒険者にとって目当ての依頼があるかどうかはギルドに張り出される依頼書次第だ。拠点を決めてしまえば、目当ての依頼が中々来ない、なんて可能性もある。


 その為、ギルド所属とは長年ギルドに居続け、貢献してきた冒険者を勧誘する。そして冒険者が望んでいないと成り立たない。


「パーティー単位でトパーズ級の冒険者は増えてきたの。でも、トパーズ以上の冒険者が少ないから」

「トップスリーとオレと、あと三人くらいだっけ」


 トップスリーはルビー等級のペア、それにルミナである。残りは全員トパーズ等級でソロのレニーと、三人組のパーティーだけだった。


「しかもトップのペア冒険者はウチにまだ所属してくれてないし、ダンジョン探索魔物討伐ばっかりだし」

「ルビーでしょ? トップクラスのサファイアに手が届きそうなんだから冒険者としては名を上げたいでしょ」

「そうなんだよ。だからお願いだから助けてぇ。この間の依頼からまだひと月経ってないから!」


 両手を合わせて頼まれる。確かに「恋人のフリとする」という珍妙な依頼の表向きの形は「支援課の手伝い」だった。この間も近々支援課の手伝いを頼むと言われた記憶がある。


 レニーは目線を下ろす。その先には、台の上に置かれた書類がある。


『グラファイト冒険者のカットパールの昇格試験について』


 昇格試験なんてできる人間は限られている。残念ながら、レニーはできる側だった。


「いいけど。監督権なんてあんま使ってないから知らないよ」


 トパーズ以上の冒険者になると冒険者カードに「監督権」というものが付与される。自分の等級よりも下の等級の指導を行える権限だ。これにより昇格試験の試験官を務めたり、冒険者への正式な指導が行える。指導した冒険者の昇格試験の推薦も可能だ。


 なぜトパーズ以上かというと、カットトパーズまでは順当に力をつけていけばなれるものだからだ。いわゆる熟練者もカットトパーズであることが多い。等級ごとの壁は高いものだが、特にカットトパーズから、つまりトパーズ以降の壁はさらに高くなるのだ。


 等級ごとに一応目安となる魔物がいる。この魔物に対応できれば何等級相当である、といった風なものだ。


 ルビーであれば「単独で翼竜ワイバーンの討伐ができる」が代表的だ。トパーズだと「ダイノドラゴに対応可能」であったりする。


 翼竜は国が軍で対抗しても勝てるかどうかのレベルであるし、ダイノドラゴも翼竜にだいぶ劣るとはいえ、竜種という同じ分類だ。基本カットトパーズでは太刀打ちできない。トパーズになっても討伐はできず、撃退が精々だろう。逆に言えば、撃退が精いっぱいであっても、十分仕事になるほど高難易度なのだ。


 つまりトパーズから相手にしなければならない魔物の強さが段違いになるのだ。カットトパーズまでは弱点をつけばどうにかなる相手がほとんどで、逆にトパーズを超えると弱点などあってないような相手がほとんどになる。まぁ、ルビーやサファイアにしか対応できない依頼など年に数度あるときもあれば全くないときもある。ほとんどが運だ。トパーズ以上にしか対応できない依頼も年に数度程度だ。


 そういった等級の高さを無駄にしない為にも、監督権が付与されるわけである。もっといってしまえば高難易度をこなせるようになったイコール、冒険者としての知識、経験は網羅していると判断されるわけだ。


 ただ、この監督権を行使するにはギルドから貸し出される教本に則った内容を指導しなければならない。後々、独断で監督権を行使していた場合は等級を一つ落とされる。性質タチが悪い場合には冒険者カード剥奪もありうる。


「レニーくんなら大丈夫だよ、そこの書類に書かれた条件をクリアしてくれれば昇格認めていいんだから」

「簡単に言ってくれるね」


 紙を一枚めくって、対象の冒険者を確認する。パーティー単位なようで三人くらいの名前が書かれていた。


「任せた、支援課のレニーくん」

「はーい」


 レニーは内心、こう思った。

 物凄く面倒くさいの引き受けてしまった、と。

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