冒険者と孤児院

 笑い声が路地に響く。


「気は済んだかい」


 レニーが問うと、踊るようにフリジットが振り返る。


「ごめんごめん、気悪くした?」

「してないけど、からかうのはほどほどにしてくれ」

「からかってないよーだ。一千万貸すってのは本当だもん」

「どうして貸すんだい」


 フリジットと知り合ってまだひと月も経っていない。最初の依頼こそ恋人のフリであったが、特別親しい間柄ではないはずだ。大金を貸すなんておかしな話だ。


「私はキミを結構評価してるんだよ。というか以前からギルドの評価良いんだよ」

「なんで」


 ソロで好き勝手活動しているだけで他の冒険者との違いなんて感じていなかった。


「結構みんなダンジョン探索とか魔物討伐の依頼受けたがるんだよ? 冒険者って言えば、だしね」

「魔物素材売った方が儲かるからね」


 レニーの言葉に、フリジットは頷く。


「でもキミは行商人の護衛とか、盗賊の討伐とか、薬草採取とか色々受けてくれるじゃない?」

「商人に恩売っといた方が後々物に困らないし、賊の討伐はほぼ趣味みたいなものだし、薬草採取は武器を預けてる間だけだよ」

「それでもだよ。受付嬢になってわかったけど、人っていろんなことに困ってるの。駆け出しでも対処できるものが多いけど、駆け出しの冒険者もいつまでも駆け出しじゃないからね。だからこれからも頼りにしてるよ」

「……オレ、ロゼア所属じゃないんだけど」

「場所は関係ないよっ。ところで次は何かな」


 無言で指をさす。

 道の先、指さす方向には孤児院が建てられていた。


「なんで支援してるの」

「ここが一番嘘を感じなかった。だから任せられるかなって」


 たどり着いた孤児院の扉を叩く。


「はい」


 扉の奥から返事がし、しばらくして扉が開いた。


「お久しぶりです、リック神父」


 出てきた金髪の男性に、レニーは頭を下げた。


「おやレニー。そちらの方は」

「フリジット・フランベルと申します。リック神父」


 頭を下げるフリジットに、リック神父は柔和なまなざしを向けた。


「これはこれは。リック・ヘンリーです。よろしくお願いします」


 レニーはマジックサックから硬貨の入った袋を取り出した。


「今月分のお金です。クリスに」

「ありがとう。クリスに会っていかないかい? 彼女もきっと喜ぶ」

「いえ。遠慮しときます」


 即答した。リック神父は残念そうに眉を下げる。


「そうか。じゃ、袋を返すから少し待ってほしい」

「はい」


 孤児院の中へ戻っていくリック神父。その背中を見ながら、フリジットは小さな声で聞いてきた。


「クリスって誰」

「賊狩りしてたときに売り飛ばされる直前だった奴隷の子どもを引き取ったんだ。精神的ショックでまともに喋れなかった。人間不信だったと思う」

「それでここに?」

「いくつか孤児院を見て回った。旅についてこさせてね。ここが一番信頼できると思った。それだけだ」


 普通は親がいたり、ギルドに保護してもらったりするのだが、当時クリスは親もおらずギルド職員を相手に怖がるあり様だった。そこでレニーが一時的に面倒を見る事になったのだった。


「会わないの」

「オレに会うってことは嫌なことも思い出すってことさ。あと、子どもは苦手だ」

「……きっと会ってくれた方が嬉しいと思う」


 袖を引っ張りそう話すフリジット。だが、レニーは首を振った。


「オレが無理なんだ。どうしたらいいかわからない」


 きっと奴隷時代に刻み込まれたトラウマがいくつもあるはずだ。旅の道中、怯えさせまいと散々コミュニケーションで困った。注意深く表情を観察して、なんとか嫌か嫌じゃないか見分けられるようになったが、クリスとのコミュニケーションが苦手なのは変わらなかった。一時的に付き合うのは構わない。ただ、一時的に付き合うというのを何度繰り返せばいいか、レニーにはわからなかった。


 昔を思い出していると、リック神父が扉を開けて戻ってきた。差し出された皮袋を受け取る。


「また来月に……あの、何か袋に入れました?」


 空にしては重みを感じたので尋ねてみる。


「開けてごらん」


 皮袋の中を確認する。紙に包まれたものがあった。紙の隙間から少し中身が見える。


「クリスのつくったクッキーだ。月末に君が来ることを知っているからね」

「……そうですか」

「だいぶ喋れるようになった。君も、心の準備ができたら会ってあげてほしい」


 レニーは黙って頭を下げるとマジックサックに皮袋をしまい込んだ。

 孤児院に背中を向けて歩き出す。

 フリジットもどこか浮かない顔だったが、リックに頭を下げてからレニーの後をついてきた。

 路地に入る。


「レニーくん」

「オレは別に良心であの子を助けたわけじゃない。ついでと流れでそうなっただけさ」


 自分の中にあるのは打算に妥協に、己の欲への素直さだけだ。だからこそクリスを助けられたし、だからこそクリスに会う気がわかなかった。


「まぁでも、お返し考えとかないとね」

「おいしいお菓子屋さん紹介しようか?」

「今度ね」


 今日は帰ってやることができた。




○●○●




 三日後。レニーは鍛冶屋を訪れていた。

 カウンターにはレニーのカットラスとベルト類、硬貨を渡したときの皮袋が並べられている。


「追加料金はなし。刃を研いだのと、ベルトの古くなった部品を替えただけだ」

「ありがとう」


 ベルトを巻き付け、自分に合った長さに調節を始める。


「一昨日くらいかねえ、お前にここを紹介されたってお嬢ちゃんが来てくれたぞ。最高級の包丁一式とスタンド、砥石を買ってくれた。いやぁ、いいお客さんだった」


 デレデレと語りだすジンガーに、レニーは三日前を思い出す。


「銀髪の子?」

「そうだ。可愛い子だったな。今度紹介してくれよ」


 ジンガーを睨む女性店員を見ながら、レニーは呆れた。それにしてもフリジットは元々この店を知っていたが紹介された体にしたようだ。割引目当てなのか、他の目的があるのかまでわからないが。そも、割引したかまで聞いていないのでわからないし、聞く気もなかった。


「ジンガーは女の子間に合ってると思うよ」

「何でだよ。俺だって仕事で出会い少ないんだぞ」

「出会ってれば十分さ。ところでジンガー、君って魔力合金扱える?」

「なんだ、藪から棒に。まぁ、貴族向けに特殊な鉱石使った調理器具とかつくるからな。伝説の鉱石でも持ってこなければだいたいはイケるさ」

「さすがだ、ジンガー。頼れそうなときは頼るよ」


 肩を軽く叩く。

 ベルトの調節を終えたレニーはいつも通り、肩ベルトにマジックサックとカットラスを引っ掛けて背負った。それから皮袋をマジックサックへ入れる。

 最後にホルスターに杖を仕舞う。


「世話になった。次もまた頼むよ」

「任せろ」


 手を挙げてから、鍛冶屋を後にする。

 外に出て空を見上げると、まぶしいくらい晴天だった。拳を突き上げて、軽く背伸びをする。


「さて、おすすめのお菓子屋さんとやらを聞きに行きますか」


 レニーの足はいつも通り、ギルドへと向かっていった。

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