冒険者と錬金術師
扉を開けて、中に入る。フリジットが続いて入った。
並べられた戸棚やテーブルには薬品やマジックアイテムや魔法の武具のレプリカがずらりと並べられており、名称と効果が書かれた紙が張られている。
部屋の奥で、長髪で癖っ毛の女性がカウンターテーブルを前に座っていた。部屋が暗いせいで青色の髪が黒っぽく見える。
童顔でメガネをかけており、頬にはそばかすがあった。だぼっとした白衣を着ている。
「おや、もう月末だったかな。レニーくん」
気取った口調で女性が話しかけてくる。レニーはマジックサックから硬貨の入った袋を取り出すと、杖と一緒にカウンターテーブルに置いた。女性はレニーを見上げると、視線をフリジットに移した。
「ほう。私というものがありながら浮気かね」
「付き合った覚えはないし、この子とも付き合ってない」
「どうも。ギルドで受付嬢をしています、フリジット・フランベルです」
「有名人じゃないか。エレノーラ・キャンディ、錬金術師だ。堅苦しいのは苦手だから気軽に話してくれたまえ」
「わかった、エレノーラ」
「話が早くて助かる」
エレノーラはメガネを指で押し上げて位置を直す。それから杖を手に取って見始めた。
「ちょっと鑑定するよ」
「いいよ」
「ねぇねぇ、レニーくん。商品見て回って良い?」
「いいよ」
レニーは周りを見渡しながら会話を続ける。
「薬品の位置変えたね」
「最近美容効果のあるポーションが売れてな、入口近くに配置してある。味がフルーティだから女性に人気だ。レニーくんもどうだね」
錬金術師を簡単に説明すると、魔法を使って特殊な道具や薬品をつくる人間を指す。自分で開発したものをよく店に置くため、美容効果ありのポーションもエレノーラが開発して特許を取ったものだろう。最近道具屋を見ても置いてなかった。
「消費期限は」
「普通のものより少し短いな」
「なら普通のでいいさ」
「残念。ふむ、杖は問題なさそうだ。返すよ」
杖を受け取る。
「何か面白いものある?」
「全てさ」
「あぁ、そうだね」
フリジットを見る。美容効果のあるポーションを、難しい顔をして睨んでいた。
「補充はいるか?」
「いらないね」
「今月は無理な早撃ちはしてないようだね」
「まぁね」
マジックアイテムが置かれている棚へ視線を移す。
「……何回かしたな?」
「……した」
「魔力を浸透させてからならともかく、いきなり早撃ちすると回路が焼き切れるから控えるように」
マジックアイテムや魔法が刻まれた武具には、魔力を通す回路が刻まれるのがほとんどだ。生物のスキルツリーと同じような役割を果たす。ただ道具の為、酷使しても強化されるわけではなく、壊れる。
「エレノーラの杖が使いやすいからつい」
「さすがはバカ撃ちしすぎて杖を壊してた男だ」
はっはっは、と笑ってから、思い切り肩を叩かれる。
「許さないぞ」
「そういえばレニーくんって魔弾撃つの早いよね。びっくりしちゃった」
フリジットが感心したように呟いた。
「マジックバレットだけで言えば発動速度ナンバーワンかも」
褒められるが、レニー自身あまり褒められたものではないと知っていた為、素直に喜べない。エレノーラは眉を潜めて、レニーに訴えてくる。
「レニーくん、回路というものはだな。魔力を浸透させることで魔法の効果を高めたり、魔法を発動させるものなんだ。戦闘でも十分間に合うように回路は丈夫にしてあるが、本来杖は前衛に守られながら後衛が扱うものだ。魔力を一気に流し込むようなものではない」
それは耳にタコができるほど聞いた言葉だった。
「わかってはいるんだけどさ」
「だけどさ、じゃない。全く」
杖は普通もっと長い。魔法使い向けに魔法の威力増幅や、魔法の発動の手助けをするものだからだ。エレノーラの言う通り、前衛がいる前提だ。魔力を込める時間がせめて一、二秒は必要になる。回路が刻まれた魔法武器の類もあるが、武器の威力を向上させたり属性を付与する継続的なものだったり、近接戦闘の弱点を補う程度のものだ。戦闘職は魔力を込めながら振るう。
レニーが早撃ちするとして正しい使い方はまず、回路に魔力を浸透させてから、魔法発動前の状態でキープしておき、必要なタイミングで発動させることだ。ただ、素直にこれをやっていると、咄嗟の状況に対応できない、というのが本音だ。
それ故に、レニーは杖に魔力を押し流して魔弾を撃ち出している。魔力を浸透させずに、力技で魔力を行き渡らせるのだ。当然回路に負担がかかる為、限界が来やすい。たまに刻まれている回路が焼き切れて買いなおす事があった。特に、グリップの底面から差し込まれているサーキットというパーツは、予備を持っているくらいだ。真っ先に魔力を通されるのがそこである為、中でも特に焼き切れやすかった。
「一発ずつならいい?」
「一発とはなんだ、一発とは? 連射してるのか、何回撃ってるんだ一度に」
「えと、最多で四発かな」
「……何秒だね」
何秒というレベルではなかった。説明ができないので手の人差し指と親指を立て、魔弾を放つジェスチャーをする。
「今見せればいい?」
「やめなさい。ちなみに今月は最大で何発だね」
「無理な連射なら一回だけ。三発撃ったね」
ため息を吐かれる。
「魔力合金でも仕入れようか……」
魔力合金とは長年魔力をなじませ続けた特殊な金属のことである。魔力が流れやすく、耐久性も高い。レニーが今使ってる杖は持ち手が木製で、棒部分が鉄だ。
木製のほうが基本的に魔力の通りが良い。回路を刻んだ部分を木製にしておけば買い替えも楽だ。魔力合金はそんな木製のものよりも丈夫で魔力が流れやすい。そのため、魔法使いには重宝されている。
「ちなみにオレの使用用途に合う杖つくるとしたらいくらかかる?」
「一千万取っていいかい」
「まけてほしいかなさすがに」
「まけて一千万だ。完全にレニーくんに合うようにつくる。フルオーダーメイドだ」
「今の杖もそうでしょ」
「レニーくんが魔弾だけに特化した杖がほしいと無茶振りするから度重なる試行錯誤と実験の果てに完成したことは確かだ。だが、試作品に過ぎない。何せ製品にしても売れないからな」
「オレ以外にいないの、使う人」
「いない」
無言で顔をそらす。
「こいつで十分さ。エレノーラのお手製だしね」
「ほう、私の心血注いだ杖はいらないと」
「のってる感情が重すぎる……」
フリジットがカウンターまで戻ってくると、ポーションの並べられたテーブルを指さした。
「とりあえず美容効果ありの回復ポーション三本で」
「まいどあり。疲労回復に使うなら寝る前に飲むことをおすすめするよ」
「はぁい」
フリジットが硬貨をカウンターに置く。エレノーラは満足げに頷き、レニーから受け取った皮袋に料金を入れる。そして、奥の部屋に通ずる扉を開けていなくなった。
「レニーくん。一千万、貸してあげようか」
「え、いやいいよ。冒険者一生続けるつもりないし、他に買いたいものもたくさんあるし」
「買いたいもの?」
「家とか家具とか、絵画とか」
「ほしいんだ」
意外そうに見つめられる。
「オレの夢だよ。理想の家に住むのは」
「英雄目指してるとかじゃないんだ」
「はっ、自分の身の丈ぐらい知ってるさ」
エレノーラが帰ってきて、フリジットにポーションを渡す。受け取ったポーションを、フリジットはマジックポーチに詰め込んだ。エレノーラは続いてレニーに皮袋を返す。
「ならさ、想像してごらんよ。理想の家に冒険者時代に手に入れた凄く良い杖が飾られてるの。インテリアだよ、インテリア」
「無論レニーくん好みのデザインにしてあげよう。インテリアとしても十分価値のあるものだぞ」
二人に促されて、想像する。
家の壁にかけてある杖の姿を。デザインも完璧で、いざという時に身を守れる杖。
「一生使えるぞ」
「そうだよ、等級も上がるだろうからすぐ払えるよ」
ふたりの
「……いやムリ」
フリジットが肩を掴んでくる。耳元に息がかかった。
「気が変わったら言ってごらん。いつでも貸してあげるよ。すぐ手に入るよ?」
そんな囁きに、レニーは唾を呑み込むしかなかった。
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