冒険者と賊

 ドナティーリ一味は教会で食事を楽しんでいた。海辺の小高い丘に建てられたこの教会は、ドナティーリ一味が襲撃し、乗っ取ったものだった。


 檻の中に子どもを五人閉じ込めて、酒を飲んでいる。子どもは誰もが怯えており、己の末路について想像し、恐怖していた。


「いやぁ、奴隷として売るにはいい歳ばっかりだな」


 ドナティーリである男は自慢の顎髭を擦りながら、骨付き肉にかじりついた。


「兄貴、冒険者もそろそろ捕まったころですかね」

「だろうな」


 村人の動向を探り、どこのギルドに助けを求めるか目星をつけたリーダーは、助けに来るであろう冒険者を生け捕りにしてくるよう、部下に命じたのであった。大した村でもない、助けに来るとしてもパールの冒険者であろう。袋叩きにすれば簡単だ。


「俺らみたいなのは冒険者に甘く見られがちだからな。寝首かくのは楽なもんさ」

「駆け出しの若い女だったら最高ですね」

「あぁ違いねぇ」


 盗賊団などの犯罪者集団というのは冒険者からすれば駆け出しの仕事だ。魔物を相手にする冒険者と、弱い人間を狙って襲う犯罪者、スキルツリーの成長度合いは段違いだ。スキルツリーの恩恵が大きければ大きいほど、戦闘能力の差は開く。


 スキルツリーが成長するとともに技術も磨かれる。駆け出しは成長を実感しやすいから慢心もしやすい。仕事になれると次も大丈夫だ、次もいけると調子に乗る。そこを頭から叩くのがドナティーリにとっては快感だった。


 噂をすれば影が差す。


 教会の扉が開き、冒険者を叩きに行かせた部下が帰ってきた。


「おう、帰ったか」

「あ、兄貴」


 青ざめた顔で部下がドナティーリを呼ぶ。

 おかしい。

 普通なら部下がぞろぞろと入ってくるはずだが、ひとり入ってきただけで誰も戻ってこない。


「俺らやべえのに手だしたかも」


 どさり、と。

 部下が白目を向いて倒れる。

 その背後からエルフの女が出てきた。大剣をまるでそこらで拾った枝のように軽々と持ち、ドナティーリに剣先を向ける。


「ドナティーリ一味。子どもを返してもらいにきた」

「小娘が。調子に乗るなよ」


 ドナティーリは立ち上がって、己に魔力を込める。


「おめえらは下がってガキども見張ってろ。こいつは俺が直々に可愛がってやる」


 己の足元に魔法陣を浮かび上がらせ、表出した岩石が体にまとわりつく。そうして、岩の鎧が身を包んだ。ロックメイルと呼ばれる魔法だ。

 土属性魔法。ドナティーリの得意とするものである。

 岩石の鎧はドナティーリに強固な守りをもたらす。


「嬢ちゃんカットトパーズだったりするか? だがな、俺は伊達にこの業界生き残ってねえんだわ」


 魔法で生成した岩石を投げる。そして、ドナティーリは突撃した。

 エルフは最小限の動きで岩石を避ける。しかし、岩石に気を取られたのか、隙だらけだった。ドナティーリは肩を前に突き出してショルダータックルをする。

 鎧で増した重量と、ドナティーリ自身のパワー。

 それが組み合わさり、凶悪な突進攻撃と化す。


「死ねっ」


 エルフは大剣を振り回すわけでもなく、手の平を前に出した。

 岩の巨人のごとく。

 ドナティーリは突っ込む。

 強い衝撃と、確かな感触。それを感じてドナティーリは笑みを浮かべる。


 勢い余って教会の扉を破壊し、外にまで突き進む。

 強すぎてエルフの体を潰してしまったか、己の強さに心酔する。

 だが。


「それだけ?」


 信じられないことに目の前のエルフは小首をかしげるだけだった。片手で、ドナティーリの体を受け止めている。


「ば、ばかな」

「バカじゃない」


 ズレた返事をするエルフ。その得体の知れなさに戦慄が走った。




   ○●○●




 子どもを閉じ込めた檻の前で男は談笑していた。


「あーあ。兄貴にやらせちゃ使いもんになねーよ」

「潰れた死体しか残らないからなぁー、ぱっと見めちゃくちゃ美人だったよな」


 外で何が起ころうと関係ないとばかりに話をする、男とその相棒。

 これでも何度も冒険者を退けながらこの辺りまで進出してきたのだ。それが、男たちの自信に繋がっていた。自分たちもグラファイトの冒険者なら対処できる。相手をしたこともあった。

 何が冒険者だ、やつら大したことない。

 そんな認識が男にも、恐らく相棒にもあった。


「勿体ねえな、せっかくの美人がよ」


 従って男が心配するのは我が身ではなく、相手の方だった。


「奴隷で売れば高く売れるし、売れるまでに俺らで楽しめたのによぉ」


 男は心の底から惜しんだ。相棒も強く頷く。


「しかし、よく一人でここまで来たよな。バッギス様も行ってなかったっけ」

「勝てなかったてことか」

「なわけあるか。大方なんか手違いですれ違ったとかそんなもんだろ」

「大丈夫大丈夫。彼、ちゃんと負けたよー」


 唐突に。

 聞き覚えのない声で返事があった。片手間で返事をしたような、そんな適当なもの。

 二人で顔を見合わせる。

 互いに頷く。こんな声の人間、仲間の中でいない、と。

 視線を声のした方に向けた。


 ガチャリ。


「いやぁ久しぶりにやったけどうまくいくもんだな」


 ソレは錠前を落として満足げに頷く。

 檻の扉をロックしていた錠前だった。暗闇で詳細な容姿はわからないが、声からして中肉中背の男だった。背中にカットラスがある。


 無論、そんな男は知らなかった。


 明らかな侵入者だ。しかし、教会の入り口はずっと見張っていたはずだ。話をしながらも目線は外していない。

 他の場所から侵入したとしても仲間が気付くはずだ。


「てめえ、何してるんだ」


 焦った様子で相棒が侵入者に迫る。

 だが、侵入者は振り返りもせずに裏拳で相棒を殴った。


「ぶへっ」


 そしてそのまま、相棒が倒れる。


「この野郎!」


 相棒がやられた、という事実に体が反射的に動く。

 反射的だった為に気付かなかった。

 なぜ自分以外の仲間が騒いでいないのか、そして侵入者が何者なのか。


 男が最後に見たのは青い閃光だった。

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