冒険者と蹂躙

「レニー、楽しそう」


 気絶したバッギスを踏みつけていると、馬車から声がした。


「おはよう」

「おはよ」


 ルミナはあくびをしながら馬車から降りる。そして手に持っていた大剣を引き抜いて、鞘を地に落とす。


「なんでこうなってる?」

「ドナティーリ一味に先手を取られたんだ」

「倒していい?」

「いいよ」


 周りを確認する。最大戦力を失ったせいで著しく士気が下がっているようだった。後ずさりしながら逃げるタイミングを計ってるやつもいる。


「あとはボクがやる」

「任せた」


 レニーの前に来て、ルミナが大剣を構える。レニーはバッギスの背中をイス代わりに座った。


「く、くそ! 相手は女だ、やっちまえ!」


 男たちが殺到した。とはいえ引け腰なのが丸わかりだったが。

 ルミナは大剣の刃の一部分を握る。そこには刃はなくリカッソと呼ばれる持ち手がある。両手で大剣を握りしめ、足を肩幅まで開く。担ぐように剣を構え、持ち手が肩の高さに留められる。


 そのままフルスイングされる。


 風斬り音を響かせながら、ルミナは三人の男を殴り飛ばした。峰打ちではあるが、骨は無事ではないだろう。


 ルビー等級といえば翼竜種ワイバーン巨人種ギガントなど常人では太刀打ちできない魔物を相手に、真正面からやり合える強さを誇る。


 人間がいくら群がったところで無駄なのだ。

 間合いの外にいた男が矢をつがえる。だが、その腕に帯が巻きついた。


「は?」


 ルミナの大腿部に垂れていた帯。それが、男の腕まで伸びて巻きついていたのだ。

 アリアドネベルト。ベルトから垂れた帯が魔力で操れる。伸縮自在で、相手に巻き付けたり、鞭のように叩きつける等、使い方は様々だ。ルミナはこれで、敵を捕まえる。


「うわぁっ」


 帯に引っ張られた男がルミナの間合いまで飛び込んでくる。その顔面を剣が殴る。


「ぶへっ」


 拘束を解かれた男がきりもみ回転をしながら空中を舞う。地面に落ちるときにはもう意識はなかった。


「た、助けてくれ」


 逃げ出そうとする男をレニーはシャドーハンズで掴む。このあたりの影の支配は済ませておいた。


「ルミナ、パス」


 ルミナへ向けて男を投げる。


「任せて」


 大剣が振り下ろされる。男はもろに一撃を受け、地面に叩きつけられた。

 そのまま気絶する。


「さーて、誰が案内役にふさわしいかな」


 レニーはのんびり呟いた。




   ○●○●




 全員、武装を解いて縄で縛りあげる。賞金首のバッギスだけは下着一枚にして縄で縛り上げたうえで馬車の中に入れた。


「御者くん、真っすぐドナティーリのとこまでよろしくね」

「は、はい」

「裏切ったら、わかる?」

「はい。ルミナ様、裏切りません」


 御者とバッギスは連れていく。御者は当然道案内。バッギスは賞金首で逃げられても困るという理由だ。

 他は放っておいても勝手に捕まるだろう。ギルドまで引き返す暇はない。


「んじゃ、よろしくね」


 馬車の中に入ると、程なくして走りだした。ルミナは馬車の上で御者を見張り、レニーはバッギスを見張ることになった。

 おかげで寝不足確定だが、まぁ、このくらいなら平気だ。


「ぐ、キサマらこれで勝ったと思うなよ」

「あ、起きてたんだキミ」

「ふげっ」


 背中に踵を乗せて台にする。妙な真似をしようもなら気絶させればいい。


「まぁ、ドナティーリ捕まえないといけないし」

「はっ、奴らはわたしよりも強いぞ」

「キミ弱かったよ」

「そんな……!」


 あまり手間取らなかった相手なんて比較対象にならない。


「ちなみにドナティーリはどんな戦い方するの?」

「キサマらに教えるとでも」

「この状況で良く言えるね。傍から見たら変態だよ、馬車から放り出した瞬間お縄さ」

「キサマが脱がしたせいだし、もうお縄と変わらないだろうが」

「暗器危ないし、重たくて邪魔だし」

「おのれ……覚えてろよ」

「まぁまぁ、落ち着きなよパッパス」

「バッギスだ! キサマァ」


 今にも噛みつきそうな勢いのバッギス。その後頭部に踵落としをお見舞いする。


「ふげっ」


 情けない声と共に床に伏した。それでも、バッギスはレニーに顔を向ける。


「……キサマ、こっち側の人間だろ」

「うん?」

「同類だって話だ」


 バッギスの瞳が、無表情のレニーを映す。

 まるで鏡のように。


「何が楽しい? 殺しか、略奪か? ともかく、キサマはわたしと同じような人種クズだ。ニオイでわかる」


 核心を突くように、バッギスが語りだす。


「それで?」

「こっちにつけ」

「つくわけないじゃん」

「まぁ、待て。最近殺しをやったか? やったときのことを思い出してみろよ」


 レニーの脳裏には命乞いをするジェックス・ストーカーの顔が思い出された。フリジットに付き纏い、恋人のフリをしていたレニーを殺そうとした男。そして、レニー自身が殺した男だ。


「笑ってるぞ、キサマ」


 勝ったと言わんばかりに、バッギスが歯をむき出しにする。レニーは自分の口を確かめる。


 笑っていた。


「上玉を殺したときの快感は最高だぞ? あのエルフを裏切って殺すときの想像はしたことあるか? 賊狩りなんて、やりたいことを抑え込む手段でしかないだろ? 賊なら殺してもいいからな! 真っ当な人間ならわたしと同じようなロールにならない」


 心の底を見透かすような瞳が、レニーを射抜いた。


「仲間なんだよ、わたしたちは」


 悪魔が囁く。


「……嘘だ」

「嘘じゃないさ」

「オレは……」

「さぁ選べ。己を解放してやるんだ」

「解放、だって」

「そうだ、解放さ。お前の中の欲望を楽にしてやれ」


 レニーはバッギスに手を伸ばした。

 そして。


 その頬を手で掴んだ。頬肉が押し出され、バッギスの唇が突き出される。


「フェ?」

「……遊びに付き合ってくれてありがとう、パッブスくん」


 手を離す。

 バッギスは理解できないといった感じで目を見開いた。


「いやぁ随分的外れなこと言いだすからさ、笑いをこらえるのに必死だったよ」

「え、は?」

「あぁ、演技演技。今までの悩む感じ全部演技」


 レニーは笑いながら、バッギスの背中を踏んだ。


「人殺しに抵抗ないのは自覚してるよ。それだけだけど」


 肩をすくめて、小ばかにする。


「賊狩りやってた理由? いやぁたまにお宝おいてあるよね? 絵画とか、アクセサリーとか見るの好きなんだ」

「は?」

「つまんない魔物の解体とか素材見るよりそっちの方が楽しいじゃん。次の獲物は何もってんのかなーって。あぁ、あと武器とか防具とか換金できるし結構お金になるんだよ。どこの職人が作ったのかとか気になるやつもあるし。そういや、キミが持ってた杭が飛び出す腕輪みたいなのどこで手に入れたの?」


 バッギスの目が完全に点になっていた。


「そんな火事場泥棒みたいな、そんな理由で?」


 信じられないといった様子で、レニーに聞いてくる。


「そ。あとキミみたいなのをおちょくるのが楽しい。いやキミ勧誘が下手だよ、勧誘するならもっとカリスマ性を身につけてよね。例えば服着るとかさ。信頼勝ち取ってからとかさ。キミより美味い話考えてくれる人今までたくさんいたって。ならず者ローグ相手ならまずお金で釣りなよ」


 バッギスの顔がみるみるうちに赤くなり、しゅんと静まり返る。


「それで、暗器の類どこで手に入れたの? ちょっと、もしもーし」


 返事がない。ただの恥ずか死のようだ。

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