冒険者と罠
夜。
比較的ひらけた場所で、野宿をしていた。御者とルミナは馬車内で休んでもらい、レニーの方は見張りをすることにした。
夜目の効くレニーの方が見張りに向いている。それに会得しているスキルの関係上、夜の方が体の調子が良い。
「……いるな」
誰もが寝静まる深夜の時間だ。魔物の生息地等考慮して安全な場所を選んだ。
だが、レニーは何者かの気配を感じていた。十数人ほど。
「うひひ、運がいい。冒険者が二人ぽっきりとは」
暗闇から男たちが出てくる。
「中で寝てるエルフ、随分綺麗な顔してますぜ」
「おう、そいつは高く売れそうだ」
「……キミら、何だい」
男たちはただの盗賊の類にしては装備が整いすぎていた。動きやすさを重視した革鎧に、腕などは鉄で守られている。武器も粗末な出来のものではなく、しっかり鍛え上げられた片刃の剣や斧が多かった。
「ドナティーリの一味って言えばわかるか?」
「随分早いね」
「それは俺も一味だからな」
馬車から御者が出てくる。その腕の中にはルミナがいた。
「死にたくなけりゃ、降参するんだな」
周りの人間が下品な笑い声を響かせる。
「御者のキミ」
「あ?」
「気やすくレディに触るもんじゃない、寝かしといてあげな」
レニーの場違いな発言に、男たちは笑い出す。
「何言ってんだ」
「俺たちが紳士にでも見えるか? あぁん?」
抜き身の剣を首筋に当てられる。しかしレニーは動じることもなく、座ったままだった。
「大人しくついてくれば命だけは助けやってもいいぜ」
「へぇ、優しいんだな」
閃光が走る。
御者の男と、レニーを脅してた男の顔面に魔弾が叩き込まれていた。後ろに吹っ飛び、倒れていく。
「なっ、お前」
「いや、悪いね」
レニーはゆっくり立ち上がった。
杖を手でくるくる回し、ホルスターに戻す。
「こっちは
魔弾の威力はかなり抑えて撃ってある。二人とも突然の衝撃で脳が揺らされ、戦闘不能に陥っているだけだった。
カットラスを抜く。
「眠り姫を起こさない方がいい。あっちの方が凶暴だからね」
「何言ってんだ、おいてめえらやっちまえ!」
四方八方から盗賊が襲い掛かる。
レニーは迷わず、真正面に突っ込んだ。
「ほげえっ!」
正面の一人の顎を肘で突き上げ、右から来た斧をカットラスで受け流す。体勢を崩された斧男のこめかみにカットラスの石突きを喰らわせる。
「死、ぼえっ」
左から来た一人を蹴りで大地に転がす。
「背中ががら空きっ」
「な、わけないじゃん」
逆手に持った杖が肘の方から魔弾を吐き出す。それが背後の男の鳩尾に叩き込まれた。
「ぐあっ」
「……はい四人。ねえ、キミらのボスってどこにいるかな。事前情報と違ってたら困るんだ」
逆手に持っていた杖を順手に変え、リーダーらしき男の眉間に合わせる。
「大人しく連れてってくれれば命だけは助けてやるよ」
脂汗を流しながら、リーダーの男が笑う。
「へっ、こちとら十五人いるんだ。六人倒したくらいでいい気になるなよ」
「半分近いじゃん」
レニーの指摘に、リーダーは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「あ、甘く見るなよ。こっちには切り札がいるんだ」
「コイツのこと?」
背後、馬車の上に向けて魔弾を放つ。すると黒い影が飛んできた。レニーの前に着地する。
全身黒いローブを身に纏った男がおもむろにフードを外す。
「ヒヒヒ、このわたしに気付くとは面白い」
「誰?」
「暗殺者のバッギス様だ、賞金首にもなる男、お前に倒せるかな」
「……誰」
レニーが首を傾げると、リーダーの男がズッコケた。
「フフフ、知らないならその体に刻み込んでやる」
姿勢を低くしながらバッギスが突っ込んでくる。
レニーが魔弾を撃とうとする。杖の先を向けた瞬間、バッギスはその場からいなくなっており、狙いが定まらない。そう、レニーの杖は結局シャフトの先からしか魔弾を出せない。杖の先、射線上にいなければ問題ないのだ。
「おぉー」
レニーが感心していると、バッギスが間合いに入り、両手を突き出してきた。
一見徒手空拳に思えるが、服の袖口と手首の間から何か飛び出してくる。
杭だった。
レニーはカットラスを振るっていた。その為、カットラスと杭が衝突し、火花を散らす。バッギスはカットラスを叩きつけられた腕を、地面に下ろし、後退した。自分にかかる力の流れ。それに逆らわずに動いたのだ。
「……やるねぇ。今までこれに対応できたやついないんだけど」
「そりゃ、ロールが
「カルキスさ。あそこの賊は腑抜けててね。みーんな冒険者のプロパガンダに怯えて退屈だったのさ。その点ここはいいね」
「プロパガンダって」
「目立てば賊狩りが潰しに来るってよ。どいつもこいつも、ヤツが来るって……ガキのしつけかよ」
レニーは杖をホルスターに収め、カットラスを両手で構える。
「シャドーステップ」
バッギスの魔法が発動され、レニーに迫る。
シャドーステップは己の影で残像をつくり、相手を惑わす。加速の効果もあり、実際の加速よりも早く錯覚してしまう為、相手の間合いを見誤らせたり、残像に攻撃させて隙をつくれる。加速の効果の方が使い勝手がいいので、メインの効果よりも加速のバフ目的で使われることが多かった。
今、レニーの目にはバッギスの体の輪郭が三重に見えている。
「死ね」
今度は杭ではなく、短剣が飛び出した。どうせローブの中に色々隠しているのだろう。
「シャドーステップ」
仕返しとばかりにレニーが同じ魔法を発動した。バッギスの一撃は盛大に空振りし、レニーは背後に回り込む。バッギスはレニーの影を斬って勝ったと確信していたのだろう、空振りの後に間抜けな声を漏らした。
その肩を、人差し指でツンツンと刺す。
「な」
バッギスが振り返ろうとするも、上半身をややこちらに向けただけで止まってしまった。
脚にはしっかりレニーのシャドーハンズがまとわりついている。
「キミに足りないものは、戦闘中の仕込みだね」
後頭部に杖の先を当てる。
「ヒッ」
「それにしても、カルキスねぇ……あそこ、誰も商人襲わなくなったからいるのやめたんだよね」
「え? じゃあ」
「はじめまして
魔弾の閃光と共にバッギスの悲鳴が響き渡った。
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