冒険者とマジックアイテム

 檻の前。

 レニーは杖を虚空に向けていた。その先には男が倒れている。

 今しがた男を撃って気絶させたからだ。男からすれば、青い閃光しかわからなかっただろう。男が起き上がってこないことを確認し、残心を解く。

 そして、杖をホルスターに戻した。


「これで、全員かな」


 檻の周りにいた十人ほど。レニーが全滅させていた。

 盗賊等を相手にするとき、重要になるのは相手を上回る技術だ。気配を消して根城に潜り込み、手薄なところから数を減らす。死角に入り、気絶させ、侵入さえ認識させない。教会の長イスや台を利用すれば容易かった。


 ローグを制すは、ローグだ。


 レニーは檻の中の子どもの数を確認する。

 報告にあった五人と、あともう一人。どこか別の場所で連れ去られた子だろうか。合計六人いた。

 レニーは子どもたちを安心させるべく、なるべく優しい口調を心がける。


「初めまして。オレはね、お父さんお母さんに雇われた冒険者なんだ」


 レニーが檻を開ける。


「さ、家に帰ろうか」


 助かった実感がないのか、子どもたちはすぐには出てこなかった。怖い目にあったからか、まだ少し怯えている。

 その内、髪が長い少年が一番に出てきた。


「ありがとう、お兄ちゃん。とっても強いんだね」

「そこそこかなー、外で戦ってる女の子の方が強いよ」

「へぇ、そうなんだ。良かったー」

「そうそう……ん?」


 良かった、ってなんだ?

 疑問と同時。無造作に少年の腕が振るわれる。

 隠しているが殺意があった。


「……っと危ない危ない」


 レニーはバックステップを踏んで逃れていた。少年が空振りした手を確認し、残念そうにため息を吐く。


「楽に終われると思ったんだが」


 とても子どもとは思えない鋭い目が、レニーに向けられる。


「なるほど」


 レニーの脳裏にはバッギスとの会話がよぎった。

 ドナティーリの話をしたのに「やつら」って言ってたのはこのことか。


「もしかして、兄弟ってオチ?」

「あぁ。俺が兄の方さ。俺の姿を見た者は生きていた試しがないがな」


 ゴキ、ゴキ、と。

 骨が軋む音が響く。成人手前と思われる子どもの体が、一回り大きくなった。

 丸みを帯びた頬がこけ、純粋そうな瞳は鷹のような獰猛さをむき出しにする。

 長身痩躯の男がそこにいた。右手の人差し指に指輪をはめている。恐らく子どもの姿だったのは指輪マジックアイテムの効果だろう。


「わお、びっくり人間だ」


 どこに隠していたのか、腰から双剣を引き抜き、野性的な笑みを浮かべる。


「まずは手始めに」


 ドナティーリが後ろに向き、子どもへ刃を向けようとする。

 だが、その前に刃は弾かれ、檻の扉は閉じる。


「……白けることしないでほしいな」


 レニーの魔弾だった。一発目で刃を弾き、二発目で檻を閉じたのだ。

 すでにカットラスを抜き、ドナティーリに向けている。


浮気は許さないよよそ見したら殺す




○●○●




 レニーはもう、子どもを助けられただろうか。


 ドナティーリの拳を避けながら、ルミナは教会を見る。中までは暗くて見えないが問題ないだろう。

 レニーと組めば依頼が失敗することはない。そんな信頼がルミナにはあった。


「おらっ」


 岩石が投げられる。牽制のつもりなのだろうが、ルミナには何の意味もない。埃でも払うように、岩石を払い落す。


「……ぜぇ、ぜぇ」


 ドナティーリの岩の鎧がボロボロと崩れる。

 土魔法で形成した鎧は一見強そうだ。まず並大抵の剣は通らないだろう。しかし熟練したものは鎧を使わない。

 なぜなら維持に魔力を割いて無駄に消耗するからだ。

 腕だけに岩を纏わせた方が全てが効率いい。

 岩石もただ投げるだけなのは雑だ。逃げ場をなくしたり、回転をかけて威力をあげたり、やりようはいくらでもある。

 考えなくても経験だけでわかった。


「もう終わり?」


 汗だくのドナティーリに対して、ルミナは涼しい顔のままだった。大剣も抜かず、相手が呼吸を整えるまで待っている。

 ひとえにレニーの為である。子どもを助ける時間を稼ぐ為だ。


「や、やるじゃねえか」


 疲労感で腕が上がらないのか、前傾姿勢のままだった。腰から何か瓶を取り出すと、それを飲み始める。

 飲み干して空になった瓶を投げ捨てる。


「あーあ、いいのか飲ませちまって」


 勝ち誇った笑みに切り替えたドナティーリにルミナは頷く。


「どうせ大したことない」


 ドナティーリの額に青筋が立つ。ギリ、と歯を嚙みしめる音まで聞こえる。


「なら、その度肝抜いて後悔させてやる」


 ドナティーリは両手を地に浸けると、魔力を解放し始めた。内に秘められていた魔力が噴き出し、風を巻き起こす。


「さっきの薬はな。魔力を回復させるだけじゃなくて強化するんだ。今までの数倍にな!」


 濃い魔力が紫色を帯び、ドナティーリの周りを渦巻く。


「凄い」


 ルミナはただ唖然と。


「涼しい風」


 頬を撫でる風の感想を漏らすだけだった。


「て」


 拳を震わせ、ドナティーリの顔が憤怒に染まった。


「て?」


 ルミナが首を傾げる。


「てめえぶっっコロしてやらあああぁああっ!」


 耳をつんざくほどの怒声。魔力は感情の影響も多少受ける。ゆえに怒りの感情で魔力が膨れ上がった。


「オブクラッシャー? 何か魔法の名前?」


 だがそれでも、ルミナは頓珍漢な空耳してしまうほどに、緊張感がなかった。

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