冒険者とひとつの結末

「聞いたぜレニー、ムネアカメガバチの巣から生き残ってきたんだってな」


 ガツンと、ジョッキが置かれる。


「ん? あ、まぁね」


 レニーは酒場ロゼアでくつろいでいた。酒場に入って左側、角の席。特に注目されることもないし、気に入っている席だった。店員のデジーには把握されているのか、なるべくこの席に案内してくれる。名前は最近覚えた。


「さすがは俺の見込んだ男だぜ、カットルビーももう近いんじゃねえのか」


 鼻下の髭が目立つ男が自慢げに語る。顎髭は手入れしてるところを見ると、髭にこだわりのある人間らしい。


「……よしてくれよ、状況と相性が良かっただけさ。最後はフリジットに助けてもらったし」

「でもがっぽり稼いだんだろ?」


 親指と人差し指の先を合わせて硬貨を表現する。


「ジェックスのパーティーメンバーにまるごと渡したよ」

「何だよ勿体ねえ。半分でも残しとけばよかったのに」


 豪快に笑いながら、男はエールを飲む。


 ――ジェックスのパーティーメンバーはこの地を既に離れていた。


 リーダーが死に、しかも殺人手前の行為をしていたら居心地も悪いだろう。

 レニー自身に謝罪と別れのあいさつをしてきたが、正直レニーにとっては面倒なだけだった。

 彼らもジェックスの欲とレニーの判断に振り回されただけである。謝罪を受け取る義理はない。


「そういやよ、フリジットさんとはどこまで行ったんだよ」


 茶化すように小声で聞いてくる。


「どこまで?」

「恋人なんだろ、良いよなぁ。我らが女神様にあんなことやこんなこと」

「……あぁ、それか。ジェックスがフリジットにしつこいから恋人のフリしてたんだけなんだ」


 太い眉が上がる。


「へ?」


 言葉が理解できなかったらしい。耳に手を当て、こちらに向けてきた。


「フリだよ、フリ」

「なんで」

「ジェックスがフリジットに嫌がらせするから」

「それじゃ、この間の喧嘩ってのは」

「遠ざける為だよ。報復食らったけど」


 男は深く息を吐くとレニーの肩を叩く。


「そりゃ災難だったな、色々と」

「オレが真っ当に恋愛するタイプに見える?」


 自分で言ってて悲しくなる発言だったが、男は納得してくれたのかニコッと目を細めた。


「だよなぁ。びっくりしたんだぜーいきなり彼女できるし、しかもフリジットさんだからよぉ」


 そうかそうか、恋人のフリか。と、嬉しそうに男は何度も頷いた。


「しかし、ジェックスは惜しいやつだったよ。トパーズに上がったばっかで皆に期待されたのによ」

「生き急いだんだ、彼は」


 かみ合っているものが少しでもズレを起こせば、まとめて崩れ去る。冒険者の仕事はそんなものだ。


「明日は我が身。肝に銘じとかねえとな」

「けだし名言だね」


 男は冒険者としてはベテランなのだろう。何も、等級が高いからベテランというわけではない。

 死ぬ勇者より、生きる猛者だ。


「お前さんは特に気をつけろよ、ソロなんだから」

「わかってるさ。賭け時はわきまえてる」

「だーはっは! 賭け時って言ってる間は若造だな」


 男は手を挙げると、店員を呼ぶ。


「はぁい」

「チョコレートとカシスデウマースをこいつに出してくれ。支払いは俺だかんな」


 チョコレートは女性に人気の菓子だった。最近普及しだしたもので熱に弱いため、固形で維持するのにコストがかかる。ロゼア的には増えてきた受付嬢を労おうと苦心して仕入れているのだろう。

 つまり高いのだ。

 カシスデウマースはリキュールをフルーツジュースで割った酒のはずだ。


「……おいおい、無理するなよ」

「最悪ツケときゃいいんだよ。ドブさらいでもなんでもやってやらぁ」

「酔ってるなぁ」

「お前も酔え酔え! 冒険者にコイツほどの薬はないからな」


 男はばっと立ち上がり、ジョッキを掲げる。


「俺のおすすめだ、ゆっくり楽しめよ」


 そう言って片目をつぶる。


「ありがとう」

「じゃ、また話聞かせてくれや」


 男は背を向けると中心の席へ戻っていった。

 ステップを踏みながら。


「おーい、レニーのやつフリジットさんと付き合ってないってよー!」


 もう別人だった。

 レニーはため息を吐きながら頬杖をつく。

 あの調子なら依頼で広まった認識を訂正するのに時間はかからないだろう。健全な関係を続けるには必要なことだ。


「ところであの人の名前何だっけ」


 とても名前を聞けそうな雰囲気ではなかった。

 レニーが男の名前を思い出せずにいると、店員が急いでやってきた。目の前にチョコと酒が置かれる。


「溶けちゃうので早めに召し上がってくださいね」

「ありがとう」


 レニーはとりあえず、卵型のそれを一つ摘まんで食べた。ミルクに濃い甘みを足したような味が、口いっぱいに広がる。それにフルーティーな酒を流し込んで味をリセットした。

 なんとなく疲れた頭にしみこむような味に、レニーは頷く。


「いいな。これ」


 疲れたときは奮発して食べるかと思案する。

 すると。


「相席いいかな」


 声をかけられて、レニーが目を向ける。

 レニーのいる席は二人席だ。さっきは男が座っていたが、今はいない。

 ソロの冒険者が相席を頼まれるのは珍しいことではなかった。

 女性の声だったので知り合いの顔がちらついたが、知らない顔だった。


「今日初めて来たばかりで、そのぉ、色々教えてもらえると助かるんだけど」


 頬をかきながら、彼女は申し訳なさそうに言ってきた。視線がちらちらとチョコレートに向いている。


「構わないよ。等級は?」

「一応カットトパーズなんだけど」

「へぇ。このギルド人が減ったばかりでね。大歓迎だと思うよ。どうぞどうぞ」

「ありがとう」


 おそるおそるといった感じで席に座る。


「ま、チョコレートでも食べなよ。甘くて女性に人気だからさ」

「いいの!」

気の良い冒険者名前はまだ知らないにおごってもらったんだ、気にしなくていい」


 皿を彼女の方に寄せると、両手を合わせて喜んだ。


「何でも聞くと良い。出来る範囲で答えるから」

「……というか男の人だったんだね」

「ははは、それは胸の内にしまってほしかったかな」


 今日は飲んだくれてやろう、ソロ冒険者レニーはそう思った。


 …………。


「――ということは女性の話が聞きたいってことだよねっ」


 繊細そうな手が、豪快にテーブルに置かれる。衝撃でテーブルが少し揺れた。

 レニーが目を向けると、見知った顔があった。


 ふわりと揺れる銀髪。

 顔立ちは人形のように端正で、服が可愛いというだけで倍率が高くなったロゼアの受付嬢の制服を身にまとっている。白を基調としたセーラー服に、胸元の赤いリボン、それにロングスカート。それはぱっと見、ワンピースにも見えた。

 いつかと同じで、酒の匂いがかすかにした。


「私も混ぜてくれる?」


 どこからか持ってきたイスを片手に、フリジットが立っていた。満面の笑みで、レニーを見下ろしている。

 

「私は嬉しいけど」


 視線がレニーに投げかけられる。


「新顔さん。キミ、酒飲む?」

「えっと、初日だしミルクでいいかなーって」

「オッケー。払おう」


 レニーは自分の酒を飲み干すと、店員に手を挙げる。


「チョコレートとミルク、あとエール二つ追加でお願い!」


 フリジットには飲むだろ? と目配せする。フリジットは満足げにイスを置くと、ドカッと座った。


 今日の酒はほどほどにしとこう、ソロ冒険者レニーはそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る