エルフの話
冒険者とエルフ
冒険者の八割以上がパーティーを組んで活動している。
魔物討伐やダンジョン探索などがソロだと単純に厳しいというのもあるが、受けられる依頼に制限がかかりやすいというのも大きな理由だ。
ソロでのメリットは自身の裁量で全て決められるくらいである。
依頼が張り出された掲示板を前に、レニーは腕を組んで唸っていた。
受けたい依頼がない。
適当に薬草採取や魔物退治の依頼を受けてもいいのだが、薬草採取は月末月初に受けている依頼であるし、魔物退治は現状お金に困っていないから受ける意味を見出せなかった。こうなるとどれを受けるのが楽かという話になってくる。
最近、「受付嬢の恋人役になる」という世にも奇妙な依頼を受けた為、その報酬だけで今月は食いつなげるくらいだ。問題が解決した為、現在恋人関係は解消されている。
受付嬢もレニー自身も、事情は周りの人間に話してあった。
「レニー」
名前を呼ばれて、顔を向ける。
そこには、少女が立っていた。彼女は、絹のような美しい金髪を二つに分けて結び下げており、宝石のような碧眼を持っていた。瞳の輝きの中に、レニーのやる気のない顔が映し出されている。桜色の唇はきゅっと結ばれており、表情には何の感情も宿っていない。どこかの絵画から出てきたかのようであった。
格好は茶色の布服の上に、鉄製の胸当てや手甲が付けられており、黒いマントを羽織っている。腰にはベルトとウエストポーチタイプのマジックポーチがあり、太腿のラインにそってベルトから帯が垂れていた。
少女の得物は大剣だった。自身の背丈よりも長さのある大剣を、斜めに背負っている。
少女の美麗な容姿も、ギャップの凄まじい背中の大剣も目立つが、何より特徴的なのが「尖った耳」だった。
そして、レニーは少女のことを知っていた。
「やぁ、ルミナ」
ルミナはエルフの重戦士であった。エルフは森を好む種族で外見的特徴は人間とほぼ変わらない。「長寿」というスキルを生まれながらにして持っている。技術習得や熟練が人より時間がかかる代わりに寿命が長くなるスキルだ。その為か、スキルツリーが伸びづらい種族として有名だ。
ただ、世の中スキルだけで戦闘技術が成立しているわけではない。魔力は人よりも多く持っているし、魔法にも長けているのがエルフの特徴だ。
重戦士として成長してしまったルミナは、魔法を使えない珍しいエルフなのだが。
「依頼決めた?」
「いいや。特には」
「ボク、手伝ってほしい」
マジックポーチから依頼書が突き出される。依頼書は受付に持っていって受注するタイプと張り出したままにされているタイプがある。
基本的に受注が必要なものが多い。薬草採集などは張り出したままになっている。依頼書が赤い枠で囲われている場合は受注は不必要だ。
「ドナティーリ一味の討伐ねえ。トパーズ等級の依頼なんだ」
ルミナが差し出した依頼書の内容を確認する。レニーが普段受けているような賊の討伐のようだった。
トパーズ級パーティーが条件になっていることは珍しい。基本グラファイトでも受けられるものだ。
報酬が通常の二倍以上になっていた。
「あくどい事色々してる。ドナティーリ自身も賞金首」
「単純に頭領が強いってわけか。いいよ」
「助かる」
依頼書を持ったまま、受付に向かうルミナ。レニーはその後ろをついていった。
「お待たせしました、依頼の受注手続きですね!」
受付には、先日奇妙な依頼をしてきた受付嬢、フリジット・フランベルがいた。
「キミ、支援課はいいのかい」
支援課はフリジットが中心となって活動予定の新しい部署の名前だった。新人の支援がメインになりそうだと、以前話してくれたのを覚えている。
「今は受付の仕事中。というかレニーくん、近々支援課の手伝いしてもらうからね。ロゼアから離れすぎないように。ルミナさんも手伝ってくれますし」
「え、そうなの」
「ブイ」
視線をルミナに向けると、右手の人差し指と中指を立て、何かのボディランゲージをしてみせる。
無表情であるし何のサインか全くわからなかったが、とりあえず「してやったり」の意味合いであることはわかった。
「新人の手助け、大事。ロゼア所属の冒険者だし、貢献」
そういって、拳を握るルミナ。
冒険者はギルドの希望と本人の希望が合致した際、ギルドに所属することができる。ギルドの冒険者として名を売る、宣伝役みたいなものだ。
何かやらかした場合のペナルティが重くなるが、依頼主からの評判によって報酬が増えやすく、また提携している宿屋や酒場から割引のサービスを受けられる。
冒険者になったときに冒険者カードという身分を証明するカードをもらえるのだが、そのカードには等級をはじめとした個人情報が書かれている。ギルドに所属している場合は当然、所属しているギルドの名前も記入される。等級が高ければもちろんのこと、ギルド所属の冒険者も信頼を得やすい。その分ギルドからの依頼を受けなければならないが。
多くの場合無所属だ。レニーも無所属である。
ルミナはロゼア所属、ルビーの冒険者だ。現在、ロゼアにいる冒険者の中では二番目の実力者、かつソロである。
「支援課も大事。でも今はこの依頼受けたい」
「はい、ドナティーリ一味の討伐ですね。こちら、村からの緊急の依頼になります。村から子どもを数人攫って行ったとんでもないやつらでして」
調査の結果、ある廃墟を拠点にしているところだそうだ。
根城がはっきりしているのであれば、そこを襲撃して全滅させればいいだけの話である。国が討伐部隊を編成して向かわせることもあるが、時間がかかるのが難点だ。そこで、冒険者が依頼を受ける事も多い。
緊急ということは子どもの誘拐も最近の出来事なのだろう。
「ふたりで受ける。トパーズとルビー、余裕」
「はい、問題ありません。よろしくお願いします。こちら受理証明書になります。裏に依頼達成状況の確認表があるので確認お願いしますね」
依頼書と引き換えに渡された受理証明書を、ルミナはマジックポーチにしまい込む。
受理証明書は依頼を受けたという証だ。ちなみに失敗した場合は返却し、再び依頼の難易度が精査されて依頼書が張り直される。
依頼の形式にもよるが、達成段階というものがある。例えば村を襲うモンスターがいたとする。
この時村から撃退し、危機的状況を脱した場合も依頼は成功となる。その場合は壱段階達成だ。村を襲うモンスターは討伐した場合、弐段階達成となる。
依頼達成状況の確認表というのは、そういうことだ。無論、報酬も変わる。依頼書に記されているのは壱段階の報酬だ。これを基本報酬として掲示している。
今回の場合なら攫われた子どもを救出して壱、賊を解散に追い込めば弐、頭領を倒して壊滅させれば参といったところだろうか。
「今すぐ行ける?」
上目遣いでルミナが確認してくる。
必要な道具はだいたいマジックサックに入れてあった。
「善は急げってやつだね。行こうか」
無表情のまま、ルミナはこくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます