冒険者と群れ

 魔法。


 魔力を詠唱や己の魔力コントロールによって形をつくり、放つ。筋力を駆使した技術の例を剣術とすれば、魔法は魔力を駆使した技術だ。


 魔法は使えば使うほど、それに見合ったスキルを獲得し、スキルツリーにより魔法を扱うに適した体質になる。


 レニーには闇魔法の適性を獲得していた。平たく言えば影を操ったり、闇を武器にする魔法の総称だ。杖から放つ魔弾も、基本的にマジックバレットか「カースバレット」という闇属性の魔法の二種類だ。今は確実にダメージを与えなければならない為、カースバレットを使用している。スキルの補正がかかるからだ。


 次々と襲い掛かるハチの関節部分を魔弾で撃ち、ひるんだところをカットラスで頭を落としていく。


 後方から不意打ちがあれば、魔法によって影から現れた手が拘束し、急所に魔弾を叩き込んで終わらせる。基本的にシャドーハンズは自分の影からしか出せない。だが、今は巣のどこからでも影の手が出せた。


 シャドードミネンス。


 影を己の一部とする魔法だ。護衛バチと戦いを始めたころから発動し、じっくり時間をかけて巣穴の影を己の一部とした。灯りのない巣穴では全てがレニーの領域に等しい。これにより己の影からしか出せないシャドーハンズの魔法が、巣穴であればどこからでも出せるようになっており、広範囲での使用を実現していた。


 これらを活かしてレニーは三十分ほど生き残っていた。ちなみにジェックスは言うまでもない。


「さすがにバテて来たかな」


 息を切らしながら、汗と蜜でぐちゃぐちゃになった頬を拭う。


 ムネアカメガバチは決して雑魚ではない。パールで互角、トパーズでは苦戦しないものの、一撃で葬れるような存在ではない。


 群がれば群がるほど危険度が増す。単体で巣を相手にするには、相当な実力者でなければ難しいだろう。


「はぁ、はぁ。良い運動だ、こりゃ。スキル育成のためにも、ぜひ切り抜けたいね」


 息を切らせながら粋がる。

 四方八方からハチが群がってきた。


「隙間に潜り込みやすくていいねっ!」


 ハチの群れにレニーは突っ込む。ハチの腹の下を潜り、胴体を真っ二つにする。

 巨大な為、ハチ同士の間や細長い足の間など、空間の隙ができやすい。


 そこに潜り込めば、レニーのスキルはいくらでも発動する。集団に突っ込めば「紛れ込み」が発動し、「気配隠蔽」が連鎖する。レニーを見失ったハチたちの中で、レニーは着実に頭の付け根や腹の付け根など部位を狙って魔弾を撃ち込んでいく。


 弱点を狙っていけば「破壊技術」という、モノを破壊するときに補正をかけてくれるスキルが発動しやすい。これにより、なるべく一撃でハチを無効化していく。殺す必要はない。戦えなくすればいいのだ。


 真正面から戦うロールでは、群れ相手にこんな戦いできないだろう。レニーがソロでやれているのも、忍び込む際に気配を消したり、カギを開ける際に重宝するようなスキルを取得し、戦闘に役立てられるようにしているからだ。


 パーティーでトパーズまで上がったのと、ソロでトパーズまで上がったのでは踏んできた場数が桁違いだ。ソロとはパーティーを組めなかった者の末路ではない、一人で修羅場を潜り抜けてきた猛者だ。


 オスの死骸の中から飛び出し、メスの羽根を斬る。羽根をなくして落下してしまえば、その衝撃と自重で死に至る。


 そして、また死骸に紛れ込む。


 スキルツリーは苦境に陥れば陥るほど強化を促し、スキルを増やしていく。追い込んだ筋肉が、筋肉痛を得てたくましくなっていくように。


 故に。

 冒険者は時に、死の危機すらも好むのだ。


「……はぁ、はぁ。終わったかな」


 巣穴を埋め尽くさんばかりのハチの死骸。中にはピクピクと足を動かしているものもいたが、戦闘できるものもいまい。


 重い体を引きずりながら、レニーは光を目指した。


 群れは全滅させたのか、しばらく静かな時が流れた。来た道を戻りながら、出口を目指す。


 巣穴が小規模であったのが幸運であった。それほど深い巣穴でもないし、ハチの数も規模に見合ったものだった。これがもう少し規模の大きい巣穴であったら、レニーはこんな無茶はしなかっただろう。


 とはいえはぐれていたハチがいないとも限らない。せめて囲まれないような場所に出る必要はあった。


 光が見える。


「ふぅ、これで川で蜜を流せば一安心」


 出口から出て、日の光を浴びる。

 目を細めて、そしてレニーは解放感に浸ろうとした。

 だが、レニーの体に影が被さる。そして、巣穴で散々聞いた羽音を耳にした。


「あれ、護衛バチ?」


 他のメスよりも一回りも二回りも大きい護衛バチのメス。それがレニーを待ち受けていた。

 女王バチを守る以外で護衛バチが外に出る事はない。だからこそ、ジェックスもレニーも協力して護衛バチを倒したのだ。後から来るハチの群れには護衛バチはいない。数匹程度なら相手をしながら逃げられる。ジェックスはそう思っていたのだろう。


 そしてレニーも、護衛バチさえ紛れ込んでなければ全滅させられると踏んで戦ったのだ。

 護衛バチが外に出る可能性は一つ。

 次期女王の為の、次期護衛バチ。

 そんな代替わり直前でしか遭遇しないレアケースだ。

 とはいえ女王を倒せば自滅するのは他のハチと変わらないし、トパーズであれば対応可能だ。

 万全であれば、と頭につくが。


「あはは。死ぬかもオレ」


 絞り切った体力を更に絞りつくして杖とカットラスを構える。

 護衛バチの複眼が、レニーの顔をいくつも映していた。


 満身創痍にプラスして、外に出たせいで影の範囲が狭くなり、魔法に制限が出来てしまっている。その状態でカットトパーズ相当の魔物を相手にするのはさすがにまずかった。

 羽音共に針が迫る。

 レニーはとりあえず、カットラスで攻撃を受けようとした。


 そこへ。


「間に合えぇええ!」


 大声と共に飛来した人影が、護衛バチの体を粉砕し、貫通していった。護衛バチの体は四散し、宙を舞う。


「大丈夫!? レニーくん!」


 現れた人影の正体はフリジットだった。

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