冒険者と付きまとい
探索を終わらせた二人はギルドに戻ってきていた。新しくできた支援課の受付は準備中になっており、その旨を書いた札がおかれている。
受付は複数に分かれている。
依頼人から依頼を受ける、依頼人受付。冒険者から依頼受注と達成報告を受ける冒険者受付。そして新規に支援受付が追加になる予定だ。
行き来の頻度が多いのは冒険者な為、スペースが一番広く、動員される人数も多い。依頼人受付はその隣で依頼人が来なければ冒険者受付を兼任する。
支援受付は受付カウンターの隅でこっそりやる予定だ。
その支援受付予定スペースにてフリジットとレニーは依頼書の難易度の調整をしていた。レニーの方は説明を聞いているだけだが。
「探索した結果、あれ以上ソルジャーはいなかったけど、一匹いたというのと時期的な考慮であの森の依頼は全体的にパール以上のパーティーで行ってもらうことにするよ。ま、グラファイトも同行可能にしとくし、例年通りかな」
報告書を作成して責任者のギルドマスターに提出。受理されれば正式に依頼発注となる。
依頼の難易度は、環境の危険度、依頼の達成難易度から考慮される。またものによっては条件が指定されているものもある。薬草採集の依頼では薬草の見分けのできる人間を連れて行かなければならない、といった感じだ。
報酬は依頼主の裁量で決められている為、基本的にギルド側で変えることはない。ただし、魔物討伐の依頼はギルドで追加の報酬を考える事はある。例えば村を荒らす危険な魔物を追い出してほしいといった依頼があるとする。村から出せる報酬は雀の涙程度でとても依頼として成立しそうな額にならない。そういった場合は治安維持の為、ギルド側は追加報酬を用意することがある。
復習がてら、レニーはそれらの説明を受けていた。
すると。
「おっとすまんな」
レニーとフリジットはカウンターを挟んで会話をしているのだが、わざとらしく割り込まれた。レニーの隣に小さな皮袋がおかれる。
目だけを向けると、壮年の男がいた。無精ひげを生やし、挑発的な笑みを浮かべている。
「フリジット。依頼達成だ。手続きしてくれ」
頭の中で疑問符を浮かべていたレニーだが、その態度で察した。
こいつがジェックス・ストーカか。
「大変申し訳ありません。ただ今、支援課は準備中でございます」
「俺のために空けてくれてたんだろ。恥ずかしがるなって」
うわ。
思わず声が漏れる。後ろに目をやると困った顔のパーティーメンバーがいた。人数は三人。あまり強く出れないパーティーメンバーを見る限り、等級と実力はジェックスが一番上のようだ。
「じゃ、頼んだぜ」
通常の受付は若干人が並んでいるものの、混んでいるわけではない。あまり時間はかからないだろう。にも関わらず準備中の受付嬢に仕事をさせようとするのは厄介以外の何者でもない。
「仕事の邪魔だ、普通の方に並んでくれ」
皮袋を掴んでジェックスに突き返す。
ジェックスは皮袋を受け取らずに、わざとらしい笑みを浮かべた。子どもをなだめるような、小ばかにしような、そんな態度だった。
「お嬢ちゃん、俺は仕事の報告をしに来ただけなんだぜ? すぐ終わるって。な? フリジット」
心の中でロウソクの火が小さく灯る。それをすぐに握りつぶした。感情を隠すのは得意な方だ。
視線でフリジットに会話を促そうすると、容姿を確認するフリジットの視線とぴったり合った。
「……あー」
どこか納得したように声を漏らすフリジット。
レニーの髪は薄桃色だった。目は気だるげで覇気がなく、アメジストのような色の瞳をしている。左には泣きぼくろがあった。問題なのは顔つき、体つきだろう。どっちつかずな童顔。中肉中背で、カウンターの上に置かれた指は細い。中性的なのはレニーも自覚するところだ。
恐らくジェックスにとってはフリジットが他の男と親しげに話すことはない、そういった先入観もあるのだろう。
フリジットが気まずげに笑った。
「ジェックス様。レニーくんは私の彼氏、なんですが」
フリジットが申し訳なさそうに言う。
ジェックスは笑顔のまま固まり、数秒遅れて青ざめていった。
「俺の聞き間違いか?」
「いいえ。私の彼氏です」
フリジットがレニーの手を握ってくる。白くて、柔らかい手だった。
レニーは少しだけ身を寄せる。受付を挟んでいるため限度はあるが、親しげな様子を見せれば挑発になるだろう。
案の定、ジェックスの顔が今度はみるみるうちに赤くなっていった。
「手、離してくれる」
「あ、ごめん。嫌だった?」
申し訳なさそうに呟かれる。レニーはすぐに首を振った。
「違う。危ないから」
ちらりとジェックスへ視線を移してやる。
レニーの視線の意味に気付いたフリジットは、納得したように手を離した。
「彼氏がいるなんて言ってなかったじゃねえか」
ジェックスはフリジットの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。レニーは皮袋持った手を、ジェックスの胸に叩きつけた。不意を突かれてか、ジェックスは少し大げさによろめく。
「おまっ」
「まず皮袋を持て。話はそれからだ」
ジェックスは皮袋を握りしめると、フリジットに詰め寄る。
「おま、彼氏ってどういうことだよ!」
「そのままの意味です。どうぞ隣の受付にお並びください」
「待て! 俺という男がいながらお前は」
今にも食ってかかりそうな勢いのジェックスに、レニーは腕を掴んだ。
「いい加減にしてくれる? 騒ぎたいなら酒場にしてくれ」
「邪魔をするな!」
振り払おうとするジェックス。だが、レニーは手首を上から抑えつけるように掴んでおり、さらには皮袋を持っているからか、うまく力が入らず振り払えないようだった。
レニーは視線を受付に移す。
誰もが怯えているようだった。いらぬ逆鱗に触れたくないのだろう。
「離せ」
ジェックスはレニーを見下ろしながら威圧する。無論、その程度で委縮するなら今この場にいない。
「嫌だね」
「加減しねえぞ」
互いに譲らず、下がらず。視線をぶつけ合う。
「おいジェックス。ギルドでいざこざはさすがにまずい」
その様子を見てまずいと思ったのか、大柄の前衛らしきパーティーメンバーがジェックスに話しかけた。
「うるせえ!」
ジェックスが怒鳴ると、パーティーメンバーのうち気弱そうな少年が短い悲鳴を上げた。
レニーはその光景を見て、うんざりした。単純に面倒くさいと感じたのだ。
思わず、ため息が漏れる。
仕方がない、強引にでもやるか。
「おい負け犬。ギャンギャン吠えるなら外にしろ」
レニーは声を低めて、普段では絶対に使わない言葉を使った。ジェックスの眉間に怒りの皺が刻まれる。
返答は、拳だった。皮袋を掴んでいない自由な手で、レニーの顔目掛けて拳を振るってきたのだ。
口の端を吊り上げる。
レニーはジェックスと同じように拳を振るった。腕が交差し、それぞれの顔面へ拳が飛ぶ。
「おぶっ」
拳を叩き込んだのはレニーだけだった。ジェックスの拳は、レニーの頬を掠めただけ。首だけ傾けて避けた故に、まともに入っていなかった。
手を離してやる。
顔を手で押さえながら、ジェックスはニ、三歩後退した。
「はわぁ」
その光景を見て、フリジットがなぜか目を輝かせる。頬に手を当ててまで、だ。
「え、なんで嬉しそうなの」
「ナイトに守ってもらうお姫様ってこんな気分なのかなって」
「……深く聞かないでおくよ」
きっとまともな答えは来ないだろう。
この状況でメルヘンチックな想像をされても困る。
ジェックスは今にも噴火しそうな山のように怒りを露わにし、拳を震わせていた。
「表、出ろや」
拳を突き合わせて、ジェックスが静かに告げる。
「いいよ」
レニーはにべもなく了承した。
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