冒険者と喧嘩

 外は日が沈みだした夕暮れ時であった。


 ギルドの外には噴水のある広場がある。そこに人だかりができていた。

 渦中の人物は二人。

 レニーと、ジェックスだ。

 噴水の前、そこに怒りの形相のジェックスが立っている。レニーはギルドの入り口を背にして立っていた。

 ギルドに用がある人の為に空けておいたスペースが野次馬で埋まっている。


「おーい喧嘩だ、喧嘩!」

「ジェックスとあのレニーが女を賭けて喧嘩だぁー!」


 どこの誰が言い出したのか、現場を見ていた冒険者だけでなく、町の人や酒場にいた人まで出てきている。

 レニーは頭を抱えた。


「集まり過ぎじゃない?」


 冒険者が喧嘩を止める役回りをすることも多いが、喧嘩を始めるやつらも少なくない。

 酔っ払いはよく殴り合いの喧嘩になる。酒場ロゼアでそれが起きても周りの冒険者に止められるだけである。暴れられて自分たちのテーブルをひっくり返されたらたまったものじゃないからだ。


 だが、こういった広場の喧嘩になると盛り上げてくる。

 バカ騒ぎをしたいだけなのだ。


「どっちにかける?」

「どっちもトパーズの冒険者だよな。単純な腕力ならジェックスのほうがありそうだし、ジェックスかな」

「俺はトパーズの歴が長いレニーに賭ける」


 あげく、賭博を始めようとしてるやつらもいた。

 というか同等級か。

 レニーは感じる面倒さが重たくなっていった。空を見上げる。

 淡い朱色の空が息苦しかった。


「お前、レニーとか言ったな。覚悟しろよ」


 冒険者の誇りのひとつに強さがある。例え喧嘩であろうと、強さが証明されるということは誇りなのだ。


 裏を返せば負ければ恥なのだ。

 人が見ていれば見ているほど噂は広まる。ゆえに恥をかかせがいがある。

 

 ジェックスの言葉には「恥をかかせてやるからな」という意味も含まれている。


 いくらスキルツリーによって強さが決まるとはいえ、体格差や筋肉量は見せかけになるわけではない。

 ジェックスの方が体格はいいし、衣類の上からもわかる膨れた筋肉は飾りなわけがない。戦士系のロールなのは間違いないだろう。


 喧嘩においてジェックスが有利なのは明白である。


「さっきはまぐれだったが、今度はそうはいかねえ」


 レニーはあくびをした。


「な、おまっ……」


 緊張感のないレニーの態度に、ジェックスが目をカッと開く。


「ぶっ潰してやる!」


 我慢できなくなったのか、ジェックスが拳を振りかぶって殴りかかってくる。

 レニーは難なく拳を避け、顔面に拳を叩き込む。


「へっ」


 だが、ジェックスはビクともしなかった。


「さっきは驚いただけだ。そんな細腕の拳が効くかよ!」


 蹴りが飛ぶ。

 レニーは両手を組んで蹴りを受ける。体が一時的に浮くが、そのまま後方に下がった。


「オラオラ! そんなもんかぁ」


 勢い付いたジェックスが加減もない拳を突き出す。

 大振りの拳に、レニーは眉一つ動かさない。

 姿勢を低くし、懐に潜り込むと、背中をジェックスの腹に当てた。

 空振りになった右拳。その手首を両手で掴む。ジェックスを背負い、そのまま投げた。


「うおっ」


 背中から地面に叩きつける。


「がはっ」


 素早く手首から手を離すと、こめかみへ蹴りを入れる。背中への衝撃に喘いでいるジェックスに避ける術はない。

 蹴りで頭を揺らされたジェックスは目を回し、そのまま気絶してしまった。


「はぁ、腕いった」


 手を振りながら、レニーは呟く。蹴りを受けた腕が、若干痺れていた。レニーは屈みこむと、ぺちぺちとジェックスの頬を叩く。


 起きない。


「……レニー。レニーが勝ったぞ! さぁ、レニーに賭けたやつは誰だ!」

「くそ持ってけ馬鹿野郎」


 勝負がついた途端、冒険者たちは賭けに勝った負けたで騒ぎだす。喧噪の中で、レニーは声を張り上げた。


「ねぇ、ジェックスのパーティーメンバーで回復魔法使えるやついる!?」

「私が」


 パーティーメンバー三人のうち、大柄でも少年でもない痩せた男が手を挙げた。


「デカいやつ、キミがジェックスを寝床まで連れて行ってやってくれ。キミは介抱して」

「わかった、迷惑かけた」

「すまない、責任をもってやろう」


 大柄な男と痩せた男が頷く。


「キミ」


 皮袋を預かっていた少年に声をかける。びくりと少年の肩が上がる。


「換金と依頼の報告済ませていきな。ちゃんと並んでね」


 少年は必死に頷いた。

 それを確認すると野次馬に体を向ける。


「はいはい見世物じゃないんだ、戻れ戻れ!」


 レニーが手で追い払うようなしぐさをする。賭け事をしていなかった町の人や、冒険者が解散していく。賭け事をしていたやつらはしばらく離れそうになかった。


 賭け事をしている集団から、見慣れた顔がニコニコと駆けよってきた。


「何してんの」

「臨時収入」


 ホクホク顔のフリジットがそこにいた。


「山分けしよっ、山分け」

「いやキミ……はぁ」


 行動を咎めようとしたが、自分自身も喧嘩をした張本人であるから強くは言えなかった。

 何より鬱憤を晴らせて気分が良いのだろう。フリジットはやけに機嫌が良かった。


「良く勝てたね。戦士系相手に」

「身体能力に補正をかけるスキルは持ってても、体術系のスキルはなかったんでしょ。戦い方素人だったし。対人戦は慣れてないね、あれは」


 喧嘩前にジェックスが背負っていたのは斧だった。であれば斧を扱ったときに最大限スキルを発動できるようにスキルを取っているはずだ。素手での戦いなどしなくとも、斧を振り回せばいい。


 強力な魔物を倒すにはより強力なスキルが必要な為、冒険者は一つを極めがちだ。賊なんて魔物に比べたら遥かに弱い。冒険者からすればスキルツリーで強化された体でゴリ押せるのが普通だ。盗賊は魔物ではなく弱者から金品を奪い取っているだけなのだから。


 レニーは魔物討伐よりも盗賊や賞金首を多く相手にしてきた。商人の護衛で、守りながら戦うときもある。だからこそ、手段を選ばない。杖を使うし、カットラスも使う。相手の武器を奪うこともあれば素手で戦うこともある。


 あまりに賊を相手にしすぎて「賊狩り」と呼ばれる始末だ。


 当然、剣士と剣で戦えば負けるし、魔法使いと魔法で競えば負ける、射手と比べたら射撃の腕も劣る。


 ただレニーは剣士相手に魔法を使うし、魔法使いに剣で接近戦を挑むし、射手が矢を撃つ前に魔弾を早撃ちして狙撃手段を潰す。


 そうやって生きてきたし、魔物を相手にしない戦いなんてそれがセオリーだ。

 ジェックスが対人戦のド素人で、レニーの方が経験が豊富だった。


 単純な答えだ。


「それより仕事放って良いのかい」

「終わらせるから大丈夫ですぅー」


 喧噪の中、レニーはフリジットと共にギルドに戻った。

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