冒険者とゴブリン戦

「グギャッ」


 レニーはゴブリンの背中を肩口から両断する。胸元に鈴でもつけていたのか、ちりん、と音が鳴った。

 すると、起きていたゴブリンがレニーに気付いた。

 襲撃の対策だ。対策を立てられるということはそれだけ場数を踏んでいることを示す。通常のゴブリン集団よりも場慣れしているようだった。


「グギャァ!」


 一匹のゴブリンが声を上げて、他の仲間に注意を促す。

 二匹がレニーの前方に迫り、もう一匹が寝ているゴブリンを起こしに行く。

 レニーは迷わずカットラスを投げると起こしに行ったゴブリンの脳天に直撃させた。鮮血が舞い、寝ているゴブリンにかかる。


「ギャギャッ」


 武器をひとつなくしたレニーに、一匹のゴブリンが飛び掛かる。木の棒に矢じりをつけた、粗末な槍を突き出してきた。

 レニーは冷静だった。腰のホルスターから杖を抜くと、ゴブリンの眉間につきつける。通常、槍を持てば間合い的な有利が発生するが、相手は小柄なゴブリンだ。技術が熟練されてもいなければ、しっかりした槍を装備しているわけでもない。


 加えて、レニーの杖を引き抜く速度は、杖に手をかけた刹那にもう引き抜きが終わっているというほど洗練されている。


 その為、先に槍を振るわれても、レニーの行動は相手を追い抜いていた。

 杖は持ち手から筒状の鉄が伸びており、その中を通って魔弾が発射される。

 意図的に魔力を操り、特定の現象を発生させる「魔法」と呼ばれるものだ。


 冒険者が戦う際はスキルツリーで成長させた己の体と、習得した魔法によって戦う。魔法が使えないものもいるが魔力のない人間はいない。そういった場合は魔法を自動的に形成、発動してくれる道具を使うこともある。


 レニーが使ったのは杖に刻まれた魔法の方だった。


 マジックバレット。魔力の塊をぶつける、初歩的な魔法だ。


 魔弾の衝撃でゴブリンの体が吹っ飛ばされる。地面に倒れる頃には眉間に風穴が空いていた。

 後に続こうとしていたもう一匹のゴブリンが、仲間がやられたことで明らかな動揺を見せた。

 次の瞬間、レニーの二発目がもう一匹のゴブリンの胸に穴を空けていた。

 ばさりと、ゴブリンが倒れる。


「隙ありってね」


 カットラスが頭に刺さっている死体に近づく。カットラスを静かに引き抜き、傍で寝ていたゴブリンの首を断った。


「……弓持ちゴブリンはキミに任せて正解だったかな」


 振り返るとフリジットが立っていた。足元には弓矢をもったゴブリンだったものが二匹転がっている。木の上でレニーを狙っていたゴブリンだった。


「なんだ、気付いてたんだ」

「何年ソロでやってると思ってるんだい。ゴブリンの手口は知ってるさ」


 フリジットは笑みを浮かべる。


「かっこよかったよダーリン」

「どうでもいいけど、恥ずかしくないの。そのダーリンって呼び方」

「うーん飽きたらやめるからさほどかな」


 会話しつつも警戒は一切緩めない。まだ終わっていないからだ。


「――ゴォオ」


 低い唸り声。

 フリジットの背後にそれはいた。

 通常のゴブリンよりも一回りも二回りも大きな体躯。人間からすれば肥大したとも言える頭。

 そして冒険者から奪ったであろう剣を腰に下げ、頭を失った猪を担いでいる。


「ガァアア!」


 担いでいた猪がフリジットへ投げられる。

 フリジットは軽く振り返ると同時に裏拳を放つ。猪を確実に捉え、あろうことか横へ殴り飛ばした。猪の体は木に叩きつけられ、沈む。


「リーダーのおかえり、かな」

「だね」


 レニーの言葉にフリジットが同意する。

 相手はゴブリンには変わりないが、通常のゴブリンよりスキルツリーが成長した「ソルジャー」という類のゴブリンだった。人間のスキルツリーが成長していくように、魔物もスキルツリーが変化していく。そして一定の条件を満たすと見た目まで変貌する。


 目の前にいるゴブリン・ソルジャー。それがその一例であった。


 ゴブリン・ソルジャーは素早く跳躍し、フリジットを飛び越えた。


「キィ」


 裂けた口が笑う。

 腰の剣を抜き、振り下ろしてくる。猪をいなしたフリジットよりも、レニーの方が弱いと判断したらしい。

 決着は一瞬だった。

 まずレニーはカットラスを逆手に持ち、剣を受けた。刃の根元から受け流し、剣を滑らせる。剣が通り抜け、ゴブリン・ソルジャーはバランスを崩した。


 そこでレニーはカットラスの持ち方を順手に変えた。そして、カットラスを横に振り下ろす。

 ゴブリン・ソルジャーは首を断たれて絶命した。


「最初の五匹と隠れてた二匹、狩りをしていた一匹。うん、これで全部かな」


 レニーはカットラスを振り払い、血を落としてから納刀した。


「ソルジャーをソロで狩れるんだ、凄いね」

「フリジットもできるでしょ?」

「まぁね」


 ゴブリン・ソルジャーは難易度的に「パール級のパーティ」で戦闘して勝てるかどうかの相手だ。冒険者始めたての人間にとってはボスと言ってもいい。


 冒険者のランクは下から黒色等グラファイト級、白色等パール級、黄色等トパーズ級、赤色等ルビー級、青色等サファイア級、紫色等トリスティン級となる。


 これにパーティー単位でその等級が認められる「カット」というものが挟まれる。始まりは皆カットグラファイト、次にグラファイト……と上がっていく。つまり合計十二の階級がある。


 例えばパールではトパーズ向けの依頼は受けられないが、カットトパーズの等級であれば数人で組んでトパーズ向けの依頼を受けられる。このカットという等級で身の丈より上の依頼を受けようとする際に自然とパーティーが組まれ、気が合った仲間ができるという仕組みだ。


 カットは個人を表すための等級であり、パーティーは示さない。つまり、カットトパーズの集まりでもトパーズの集まりでも等しく「トパーズ級パーティー」となる。


 レニーはトパーズ。フリジットはカットサファイア。フリジットの等級は冒険者としては最上級に近い。サファイア等級は国に一人いるかいないかであるし、カットトリスティンはとあるパーティーのメンバーのみだ。個人でトリスティン等級はもはや幻の存在。伝説にいる英雄レベルでなければそこまでたどり着けないであろう。


 結論として。

 ゴブリン・ソルジャーの相手は、どちらでも単独で倒せるレベルであった。


「この感じだとゴブリンは活性化してるかな。時期的にも繁殖期近いだろうし、見つけ次第狩って、巣穴が見つかれば潰そうか」


 フリジットの言に、レニーは頷いた。

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