第20話 ユサナ②
「それで、なんでおまえたちはあんな所にいたんだ?」フウエンが尋ねた。
怪我の手当ても終わり、イスカたちは囲炉裏端に座っていた。
イスカは居心地が悪そうにしているサギリを、「ほら」とうながす。サギリはお茶請けとして出された胡桃入りの甘い焼き菓子を食べるでもなく、握ったまま、
「……妖獣を退治しようとしたから」と答える。
「どうしてまた」
「おれが妖獣を倒せれば、大人たちも戦ってくれるって、思ったんだ。おれみたいな子供でも倒せるならって」
幼い子供なりに、サギリも村のことを案じている。今回のことは決して褒められた行動ではないが、自分の行動を信じられるまっすぐさは、イスカにはすこしまぶしい。
「いい気概だ。小さいのに見所がある」
隣のユサナにじろりと睨まれ、フウエンはあさっての方に視線を逸らす。
「ま、無茶はほどほどにな。己の力量を見極めるのも大切だ。で、察するにイスカはサギリを助けに来たのか」
「ええ、そうです」
「村人たちに止められなかったか」
「止められました。掟だと」
「どうやって振り切った。まさか全員ぶちのめしたのか」
「いいえ。掟とサギリの命、どちらが大切かと尋ねただけです」
「ほぉ、村人たちの答えは?」
「黙ってぼくを通してくれました」
「なるほど、それが答えというわけか」
言って、フウエンはユサナを横目で見ながら、
「変化は訪れるか。なあ、ユサナ、この子らはその証明じゃないか」
「……そう、かもね」
呟いて、湯飲みをそっと握るユサナは、なぜかひどく幼く見えた。さっきまでのお姉さんらしさが嘘のようだった。
その様子を見て、フウエンは鼻から息を吐いた。そして何かを吹っ切るように立ち上がる。
「事情はわかった。遅くなると心配するだろう。早く親元に帰してやらないといかんな。おれがサギリを送っていこう」
「それならぼくが」
立ち上がりかけたイスカを、フウエンは制する。
「いい。どのみちおれはそろそろ出立するつもりだった。おまえはしばらく休んでいろ。村の者には言っておくから」
「だいじょうぶよ、イスカくん。フウエンはいい加減なようだけど、そういうところはきっちりしてるの」
褒めているのかけなしているのかわからない、ユサナの言葉だった。
「じゃあ、お願いしてもいいですか」
「任せろ。責任を持って送り届ける」
「サギリ、送っていけなくてごめん。フウエンさんにお願いするよ」
「わかった。あの、イスカにい。……助けに来てくれて、ありがとう」
まっすぐなサギリのお礼だった。どう反応していいか、少し困る。
「……どういたしまして」
「フウエンさんも、リョウブさんも、ユサナさんも、ありがとう」
サギリは、三人に向かって頭を下げた。フウエンとユサナは微笑し、リョウブもわずかに頬を緩める。
「イスカにい」と真剣な面持ちで、サギリはイスカに向き直る。
「どうしたの?」
「イスカにいは何か、やらなくちゃいけないことがあるんだよね」
「……そうだよ」
「傷だらけなのは、そのせい?」
イスカは、それと微かにわかるくらいにうなずいた。
サギリはイスカのかたわらの杖を見やった。ぬぐい切れていない血痕が生々しい。
「おれ、怪我をするのはおっかないし、戦いも怖い。イスカにいは怖くないの?」
「ぼくだって怖いよ。怖くないわけない」
「でも、イスカにいは戦ってきたんだよね。怖いことを我慢できるくらい大切な理由があるからだろ?」
「うん、ある」
「ならさ、おれたちのことはもういいよ」
「もういいって?」
「村のことは、おれたちで何とかする」
サギリはきっぱりと言った。
「平気さ。いまはイスカにいに頼りっきりだけど、大人たちだって、戦えないわけじゃないんだ。おれも、大人たちに文句を言うばっかりじゃなくて、自分にできることをやる。直接戦うことはまだできないけど、見張りとかなら手伝えるから」
「サギリ……」
「だから、イスカにいは自分のやらなくちゃいけないことをやって」
強さを秘めたサギリの言葉だった。イスカはその強さに引っ張られるようにうなずいた。
フウエンがサギリの肩を叩く。
「おまえさん、きっといい戦士になるぞ」
首をかしげるサギリに、フウエンは笑いかける。
「ま、そのうちわかるさ。さて、行くか。と、そうだ、ユサナ」
「ん?」
「いつになるかわからんが、また、寄らせてもらってもいいか」
ユサナは微笑みを浮かべる。
「わたしに断る理由がないって、知っているでしょう」
「……そうだな。では、その時まで、壮健で」
「あなたこそ、元気でね」
二人の間に、切ないような、あたたかいような空気が流れる。
出会ったばかりのイスカには推し量れない、微妙な距離感があった。フウエンがサギリを伴い去っていく。
ユサナは、穏やかな瞳で二人の背中を見つめていた。
寝室としてあてがわれたのは、畳張りの客間だった。
イスカが泊まっていた宿顔負けの上等さだ。
夕餉をごちそうになり、満腹のイスカは布団に身を投げ出す。
それにしてもおいしい雑炊だった。鶏肉や旬の野菜もよかったが、何よりユサナの腕がいい。同じような食材を使っていた宿の食事とは比べものにならなかった。怪我をかばう仕草を忘れて、がっつきそうになったくらいだ。
イスカがおいしそうに食事をしているのを、ユサナは微笑んで見守っていた。
『この部屋に比べたら、村でおぬしが泊まっていた部屋は馬小屋だな』
変に世間ずれしたソフウの言葉に、イスカは苦笑する。
「にしても、ユサナさんたち、一体どういう人たちなんだろ」
『さてな。貴族とその囲い者というわけでもなさそうだが』
フウエンにはたしかに高貴で、洗練された雰囲気があった。
だが、貴族が従者もつけずにこんな危険な場所に来るというのは考えがたい。
リョウブはフウエンの従者ではなく、この庵にユサナと住んでいるようだ。父と娘ぐらいの年齢差はありそうだが、親子には見えない。三人の素性は謎だらけだ。
「ソフウ、最初ユサナさんがぼくに触ったとき、何か反応してたよね。なんだったの?」
『確信が持てぬから、なんとも言えん。……気にするな』
「……まあ、ぼくたちがすることは、ユサナさんたちの詮索じゃないけどね。明日になったらここを出よう。森を探って、妖獣のこと、調べなきゃ」
疲れがたまっていたらしく、話しているうちにまぶたが重くなってきた。あくびが漏れる。とろみのある眠気の中、サギリの言葉が頭をよぎる。
『イスカにいは自分のやらなくちゃいけないことをやって』
やるべきこと。それはやっぱり。
まぶたが閉じる。イスカは眠りに落ちていく。
言いようのない寒気を感じて、イスカは布団をはねのけた。
『な、何事だ?』
少し遅れてソフウの声が響く。
イスカは横に転がりざま、小太刀を取って鞘を払う。
暗がりの中に、朧な人影があった。
闇を裂き、眼前に何かが迫る。小太刀で受け止める。火花が散り、それが短剣の刃であることがわかった。そして、襲撃者の正体も。
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