第5話 鎮めの儀①
翌早朝、イスカたち護衛は
今回の護衛は父親とイスカ、クレノ、クサギ、トベラの五人。いずれも灰色の天代守装束を着ている。
頭領を含む熟練者が三人に、新米が二人というのが護衛の構成だ。もちろん、全員が
イスカは横目でクサギとトベラの様子をうかがった。身じろぎひとつせず立っている二人の顔に表情らしい表情はない。
年はおそらく二十前後。二人ともいいところの生まれであるということは、食事をする時の洗練された所作などから見て取ることができた。
推測できるのはそれくらいだ。二人はいつも口を引き結んでいて、余計な事は一切喋らない。天羽は大抵がそうだった。
そんな中、皆と屈託無く接しようとするクレノは、変わり者と言えた。
若さや幼さゆえの無邪気さと好意的に受け止めてくれる仲間もいれば、完全に邪魔者扱いしている仲間もいる。
クサギとトベラはどちらかといえば後者だ。
なれ合い集団ではないのだから、そのことは別に構わない。が、見ていてはらはらする。ケンカにでもなったらどうするのだろう。
二人ともトウガ群の中では指折りの実力者だ。ゆくゆくは、シュウカ大社の天代守に組み込まれるとも噂されている。
クレノが大きなあくびをした。
クサギとトベラが揃ってにらみつける。肩をすくめ、クレノはおどけたように笑う。
「緊張してあんまり眠れなかったんですよ」
イスカは内心呆れた。よく言う。いびきをかいていたくせに。
「な、イスカもそうだろ?」
「え? あ、ああ。うん」
抜け出した事がばれたのかと、イスカは内心ひやりとした。起きている様子はなかったがクレノのことだ、気づいていてもおかしくはない。
「クサギさんやトベラさんだって、最初の頃は緊張しましたよね?」
「まあな」
クレノの問いに答えたのはクサギだけだった。トベラは無言で目を逸らす。
「どうやって克服したんですか?」
「さあ、憶えてない。気がついたら慣れていたよ」
「おれも慣れることができますかね」
「おまえなら大丈夫だろうさ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると安心します」
軽いやりとりで、張り詰めていた場の空気が少しだけ和んだ。
狙ってやったのだとしたら、たいしたものだと思う。イスカには絶対にできないことだった。
「おしゃべりはそこまでだ。ミズカ様がおいでになる」
父親が固い声で言った。イスカたちは姿勢を改める。
ミズカが玄関から姿を現した。服装は白色の長衣に袴、そして邪気を払う銀の装飾品、トウガ天代の正装である。
ミズカは天代守たちを見渡し、イスカに一瞬だけ目を留めた。ミズカは微かに笑みを浮かべ、すぐに引っ込める。クレノがちらりとイスカを見たがどちらも何も言わなかった。
「おはようございます、みなさん。それでは参りましょうか」
朝の冷たい空気に、凜としたミズカの声が響いた。
黙礼した五人は、五芒星を描くようにミズカの周りに散る。先頭は父親、前方左右はクサギとトベラ、クレノとイスカは後方左右。
一同はミズカを中心に門を潜り、村へ下りていった。
いざ護衛の身になってみると、村を回る天代送りの光景はひどく奇妙なものに見えた。
家々の軒先には鳥の木像を括りつけた竹竿が立てられている。木像は風切羽を特に強調して作られていた。
神使が祀られる前、トウガ地方一帯は北東の山脈からの吹き下ろしの風に苦しめられていた。
木像は鳥の風切羽にちなんだ風よけのまじないだ。
神使の力、および防風林として作用している鎮守の森のおかげで風害に悩まされることのなくなった現在、木像が飾られるのは鎮めの儀の時のみだった。
朝の光の下、各住居の前には、村人が家族総出で立っていた。
村人たちは天代が通ると頭を垂れ、両手を合わせる。
幼い子供などは、眠そうな顔で親がするのを見よう見まねでやっている。その光景は、イスカに否応なく葬儀を連想させた。
送られる先は異域と言えば異域に違いなく、人が生きる俗世から切り離された天代は生者より死者に近いのかもしれない。してみると、自分たちは死者が逃げ出さないように目を光らせている死魔なのか。
益体もない。イスカは自分の想像にげんなりする。
やがて実家の前にさしかかった。母、妹、祖父が揃っている。他の村人同様、同じ仕草でミズカたちを送る。
隣を歩くクレノの表情に微妙な変化が訪れた。
一瞬だけヒイナに目をやって、慌てて逸らす。
もし、クレノがどうしても言い出せないというのなら、さりげなく口添えしてもいいかもしれないとイスカは思った。あくまでさりげなく、だけど。
村の北東には小さな社があり、その裏手に重厚な門がある。
この門が開くのは年に一度、鎮めの儀の時だけである。一歩外に出ればそこは鎮守の森、聖域が広がっている。
通常は巡礼者たちで賑わっている社だが、鎮めの儀の日は例外だ。儀式に関わる者以外の出入りは固く禁じられている。
社の前には一人の男性と四人の少女が立っていた。
社守は
社守は担当する地域において神事の最高責任者であり、同時に天代守を総括する立場にある。社女は社守の補佐役だ。
普段は気の抜けた顔をして、縁側でのんびり茶をすすっている初老の社守も、さすがに今日は真剣な面持ちだった。
檜の台の上には鞘に収められた一振りの剣と、一本の木の杖が載せられていた。
ミズカが近づくと、社守は台を恭しく差し出した。ミズカは剣と杖を取る。杖を父親に渡し、自身は剣を腰帯に通す。
トウガの神使を討ち取った剣と、神樹の枝から削り出した杖。トウガに伝わる二つの
イスカはその存在は知っていたが、実物を目にするのは初めてだった。
もっと神々しいものを想像していたのだが、ただの古ぼけた剣と杖にしか見えない。少し拍子抜けする。
もっとも、伝説とか伝承には脚色がつきもので、実際はこんなものなのかもしれない。
イスカたちの前に、それぞれ四人の社女がやってくる。
社女たちは掲げるように杖を差し出す。杖を受け取ったイスカたちは、父親の合図で一斉に石突きを石畳に打ち付ける。小気味いい音が響き渡った。
これで出立の準備が整った。ミズカたちは門の前へと進む。
「開門」
ミズカは厳かに告げた。一礼し、門番たちが門を押し開く。
いよいよだ。イスカは思わず身震いする。それをめざとく見つけたクレノが、大丈夫だと言うように唇の端を持ち上げる。
クレノ相手に虚勢を張っても仕方がないのだが、不安がっていると思われるのはやはり癪だった。
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