第4話 祭りの残り香②
この問いをイスカに向けて発したのはミズカが初めてではない。
平民から
父が天代守だから。
これでたいていは納得してくれる。
父はたたき上げで天代守トウガ群の頭領となった。ならば、息子であるイスカが志願するのもさほど不自然ではない。
事実、理由の一部分ではある。しかし、本音は違う。
鍛錬で音を上げそうになったときにはいつも、ミズカの寂しそうな姿が脳裏をかすめた。
ミズカのことを思うと、年上の者がへばるような鍛錬でも耐えきることができた。
孤独を体現したような少女のつらさに比べたら、こんなのなんてことはないと思ってきた。武技を身につけて強くなりさえすれば、ミズカを守ることができると信じた。
努力する本当の動機はミズカにあるのだと気づくのに、さほど時間はかからなかった。だがイスカはそれをひた隠しにしてきた。
「答えたくなければ、無理にとは言いません」
「答えたくないわけでは……」
口ごもるイスカにミズカは笑いかけ、
「とりあえず、座りませんか?」と、長椅子を指さした。
手の白さに目が吸い寄せられる。
初めて会ったときのままだ。村の娘がこなす家事や仕事を知らぬ手だった。しかし真実過酷なのは、果たしてどちらなのか。
「は、いや、しかし」
ミズカは戸惑うイスカをよそに腰を落ち着ける。隣をぽんと叩く。逆らいがたい威厳があった。
「で、では、失礼します」
一礼し、イスカはミズカから心持ち離れた場所に座る。
近すぎず、遠すぎずの微妙な距離だった。その隙間に目をやり、ややあってからミズカは言う。
「わたしは、護衛をしてくださる方々には同じ質問をするのです」
「ということは、クレノにも?」
「ええ。彼とあなたとわたしは年が同じですね」
そう、とミズカはおかしそうに、
「クレノも、やっぱり困っていました」
意外な気がした。
要領のいいクレノのことだ。即座にうまい解答をしそうなものだが。
「結局、クレノは答えられなかったのですか?」
ミズカはうなずき、膝の上に揃えた己の指先を見つめる。
「でも、心にもないことを言われるよりはずっといいです」
心を見透かされた気がして、イスカは身を固くした。うわべだけの答えを口にしなくてよかったと思う。
「天代守の方々は皆、家族を養うためとか、己を鍛えるためとか、様々な自分の理由を持っています。……わたしはそれがうらやましい」
天代は自分で選ぶのではなく、誰かに選ばれるものだ。
自分の意志で天代になることはできず、またやめることもできない。生き方を強いられ、家族すら取り上げられ天涯孤独。
ぽつりと内心を吐露したミズカに、イスカはかけるべき言葉と取るべき態度を見つけることができない。
寒々とした夜空の下で、自分の不甲斐なさを痛感する。
「ぼくは、その」
弱り切ったイスカの声を聞き、ミズカは弾かれたように頭を上げた。
「すみません。天代ともあろう者が、つまらないことを言ってしまいました」
なんでそんなに申し訳なさそうなのか。まるで大罪を犯した罪人のようだった。
欲しくて、でもどうしても手に入らないものを持っている人をうらやむ。そんなの当たり前じゃないのか。天代であろうとなかろうと関係ない。
誰に、何に対してなのかわからないが、無性に腹が立った。イスカは拳を握る。
「いけないことなんですか?」
ミズカは何のことかわからない、という顔でイスカを見る。
「憧れたり、うらやんだりするって、いけないことなんですか?」
「……わたしは天代です」
答えは、ミズカの苦しさを物語っていた。
決めた。言ってしまおう、本当の理由を。
「ミズカ様」
「は、はい」
「ぼくはミズカ様をお守りします。そのために天代守になりました」
イスカの率直な言葉だった。ミズカは驚きに目を見開いた。
「……な、あなたは、何を」
苦しそうに服の袂を握り、イスカから顔を背ける。
「天代守は天代を守るものであって、個人を守るものではないのですよ」
「わかっています。けどぼくは」
「そもそも、何から守るというのですか? 何と戦うつもりですか?」
儀式の際、襲ってくるかもしれない森の妖たちか。朝廷に恭順せず、時に戦闘を仕掛けてくるまつろわぬ民か。
それらは確かに敵ではあるが、自分が思う敵とは違う気がする。
「……それは」
そして、この憤りをぶつける相手は一体どこにいるのか。
わからない。イスカは力なくうなだれる。握ったままの拳が痛かった。
「どうか己の立場をわきまえてください。そのような発言、あなたの身に障りますよ」
この言葉を言われるのは今日二度目だ。情けなさ過ぎて、ため息すら出ない。
「分不相応な発言でした。ご無礼をお許しください」
「わかりました。聞かなかったことにします」
と、ミズカはイスカの拳に掌を重ねた。ほんのりと温かい手だった。けどなぜか、その温かさがもの悲しい。
「でも、あなたの気持ちは嬉しかった」
ミズカは手を離し、立ち上がる。
「そろそろ行かなくては。じゃあね、イスカ。また明日」
友人と約束するかのような気軽さで言って、ミズカはイスカに背を向ける。
「待ってください!」
呼び止めたはいいが、なんと言ったらいいかわからず、イスカは、
「あの、寒くないでしょうか?」
他に言うべき言葉などいくらでもあったろうに。
言った以上は引っ込みがつかず、イスカは外套を渡そうと肩に手をかける。ミズカは困ったように笑ってそれを押しとどめた。
「これから行う
自分の間抜けさが腹立たしかった。
イスカが悔いている間に、ミズカは緩やかな足取りで去っていく。
イスカはただその背を見送ることしかできなかった。
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