28話 僕の願いは

 女中なのか冒険者なのかはっきりしない背後の女性は、勇ましい表情とは裏腹にレン・ローナスの放つ膨大な魔導力に当てられ、剣を震わせていた。


「あなたがどなたかは存じませんが、お納めください。拒むのであれば、私がこのままあなたを殺すしかありません」


 震える手を見たレン・ローナスは、素直に鮮黄角未ルドラトロクの力を解除し、剣を鞘へ納めた。


 彼女も少年に戦闘の意思が無いと判断すると小さく息をつき、ここまで同行してきたと思われる人物に、その場所を空け渡すように下がり、白銀の剣を鞘へと納めた。


「この有様では、少し遅かったみたいですね」と、足先まである黒い正装用の婦人服を着た老年女性が周囲を見渡しながらゆっくり近づいてくると、女性の横で止まり、穏やかな口調で注意をする。


「レン・ローナス君、ここを好きに使って良いとは言いましたが、限度は考えて欲しいですね」


 その姿と声に、レン・ローナスは姿勢を正すと、小さく頭を下げる。


「――申し訳ございません。マグダナル学院長」


「――よろしい」と言いながらレン・ローナスの肩に優しく手を置き、言葉を続ける。「彼女と共に彼の元へ行き、この件を終わらせなさい」

 そしてゆっくりとセダム・ドルファの居る方へ向かって行った。





「セダム、あの場はレン・ローナス君と彼女達だけにしておやりなさい。あなたはもう一度、修練場にいる見習いたちへ解散命令を、本日の1限目は自習とし、教員は修練場の修復作業に取り掛からせなさい。それらが完了した後、学院長室へ来るように」


御意スェクア


 返事の後に「あぁそれと」と老年女性は付け加える。「アルボリコ教官、フヨル・アビリアさんを直ぐに学院長室へ連れてきて下さい」と指示を出すと修練場から早々に立ち去った。






「エセン、どうやってここを?」


 まるで何事もなかったかのような問いかけ、一切の外傷もなく、声色と魔導力からして、いつものジオラスだとエセンは胸を撫で下ろし、強めに叱ろうとした。


「自分のお立場を――」


「申し訳ありません。俺が、彼をここへ誘ったのです」


 エセンはジオラスを庇う少年に一瞬視線を向け、直ぐにジオラスへ向き直ると、ジオラスは小さく何度か頷いた。


「――俺の名はレン・ローナス、彼の持つ不思議な魔導力を感じ、手合わせを願い出ました」


 ローナス家の子……どうりで、あの常軌を逸した力――しかし特徴的なこの紅い瞳は、マリア様と同じライラック家の様だけど……

 

 エセンは先程まで力を解放していた剣を見る。


 ――紛れもなくローナス家が継承する魔唄剣……鮮黄角未ルドラトロク

 魔唄剣の力を解放できるとはいえ、まだ騎士年齢にも達していないであろう子供へ早々に継承するなんて……ローナス家の当主は一体何を考えている?


「――事情はどうであれ、ここにいる意味はありません。すぐにここを出ましょう」


 エセンはジオラスの左手を取る。

 強く武器を握り続けていたであろう、ジオラスの手のひらは今までには無い程の熱を帯びていた。



「少しだけ待ってほしい、彼、いや、ジオラス殿とは勝負での約束事があるのです」


 子供なのに、その大人びたはっきりとした口調は騎士や貴族等と話しているような感覚を思わせ、日頃からジオラスと過ごしているエセンには違和感を感じずにはいられなかった。そしてジオラスがレン・ローナスに本名を明かしていることに驚いた。


 ジオラスも「これが終わったらすぐに帰るから、少しだけ2人で話させて」と続け、エセンは甘いと思いながらも、しぶしぶ了承し、手を離すと、自分がジオラスを守れるであろうギリギリの範囲まで離れた。



「今回は君の勝ちだ。使い慣れていないその魔導剣で俺の本気を、ものともしなかった。もし、次に君と戦うことがあるなら、その時は――」


「違うんだ、あれは――!」


「最後まで勝負しよう!!」

 

 ジオラスが対等以上に戦えたのは、全てアルメニアの力だったことをどうしても伝えたかった。が、レンの悔しくも晴れやかな表情を見て言葉を詰まらせ、視線を落とした。

 対してレンは自分の言いたいことを最後まで伝える。

 そして、この勝負の約束を果たそうと「ジオラスの願いを1つだけ言ってほしい」と言い、紅い瞳で真っ直ぐに見つめる。


 ジオラスが何を言うのか、レンは既に分かっていた。

 腰に下げた鮮黄角未ルドラトロクをいつでも外せるように、優しく手を掛ける。

 

 見守るエセンはその仕草に対しても、銀獅子シゥレノを抜けるように警戒した。


 この約束を持ち掛けたのはジオラスにやる気を出してもらう為と、あの不思議な魔導力への探究心からだった。絶対に負けないという自信があったのも確かだ。しかし、その中に負ける訳がないというおごりもあった。


 悔いはない、鮮黄角未ルドラトロクは自分以上に素質がある者の元へ行くのだ。かつて父が自分へこの魔唄剣を託した時のように。



 ――戦う前と同じだ……レンは僕を見ていない。あの眼差しはアルメニアを視ているんだ。


 アルメニアと剣を交えたことで、レンの瞳は一層輝きを増しているように見え、それが余計にジオラスの視線を落とし、曇らせた。


 僕は勝っても負けてもいない、それ以前に戦ったのは僕じゃない……なのに、どうして……こんなに、悔しいんだ……


 ジオラスはエセンと大市場シグンスまで歩いた日のことを思い出す。

 あの時も書物の知識ばかりで冒険した気になっていて、自分が何もしていなかった事を恥じた。


『ジオラス……私が断りを、言いましょうか?』

 

 それだと、あの時と同じだ……


『――あの時?』

 

 うん……僕はアルメニアと出会って、変われたと思ってた。

 

 ジオラスはアルメニアと戦っている時のレンの姿を、その光景を思い返す。

 レンは最後の最後まで諦めなかった。勝敗はつかなかったのに、自ら負けを認めて、それでも進もうとしている。今、彼以上に見習うべき人物はいるだろうか??


 勝ってくれてありがとうアルメニア、おかげで僕は……一歩進める。


 ジオラスは顔を上げ、レンの眼をしっかりと見て問う。


「レン、君の夢は、今も変わってない?」


「?――あぁ、俺は帝国騎士になる。歴代上級一等をも超える騎士に」


 アルメニアと戦ってもレンの心は一切ブレてない。僕どころか彼の見据える先にはアルメニアでさえ、映っていないんだ。


「そっか……それなら、僕の願いは、君の――」


 




 お互いの身の内で話せる事を少し話した。

 年齢も、兄弟が居るのも、騎士の家柄で帝国騎士に憧れがあるのも同じ、それなのに、まるで違うと分かった……

 

 




 アルメニアは身体に宿ってから、最も温かく優しい思い、感情をジオラスから強く感じ取る。

 

 こんなにも私は、あなたの気持ちを知ることができるのですね。



 どこか弱気な少年は、もうここにはいない

 


 そう思ったアルメニアは目を閉じて、優しく微笑んだ。


 

 きっと、僕とレンに必要だと思う。


『えぇ、そうですね』


 それがジオラスなりに考えた願いだった。












「友達になりたい」





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