27話 試合 後半

 あれは指導だ……。

 

 若輩が好手、妙手、悪手、どのような攻撃を繰り出したとしても、師はその攻撃がその中で最善になる様に、敢えて的を用意し上手く撃たせる。

 

「剣技だけで見れば彼は、レン殿を凌駕している……」


 魔唄剣の重い一撃に耐えうる羅針擬アクスもどき、卓越した魔導剣の扱い、一体誰がどこで、どうやってあそこまで――


 名も知らぬ少年の黒髪が風で靡く度に、どこか若き日のラベナル・ソイルの面影を感じてならない。セダム・ドルファは首を振る。


 ――だが……仮に、彼の素性がソイル家に関係しているなら、レン殿とここで出会ったのも運命か……



 鮮黄角未ルドラトロクを開放した状態の俺に今の今まで悟られない程の動作で武器の位置、間合い、駆け引き、その全てをジオラスは……。


 この闘いの主導権を握っていたのがジオラスだと悟ったレンは身動きが取れず、火花を散らし幾度も交えていた二人の剣は、初めて長らく刃を重ね、静寂した。

 剣導術の力量差は明確――故に、レンの向上心が退くことはなかった。

 

 ――ジオラスになら全力を出せる……?


 そう思った刹那、押し合っていた剣を振り払い、容赦のない力で1度、2度と振るった。

 それは今まで同様、無意識にジオラスの隙を突こうと身体に染み付いた無駄がなく純粋で、手本の様な動作。

 もはや武器同士がぶつかり合う様な音とは思えない轟音と衝撃波が修練場に広がるが、それでも尚ジオラスの態勢は崩れなかった。


 今思えばジオラスの構えを見て、直ぐに気付くべきだった。

 左手に武器を持ち半身で構える。たったこれだけでこの場にいる誰しもが攻め辛い構えになる。何故ならあれは剣の形をした“盾”だからだ。

 

 この力任せと言っていい攻撃を受けてくれるのは、いつも決まって父親が紹介してくれる昔は名の知れていたであろう、名も知らぬ大人達。

 今、目の前にいるのは自分と同年代の少年。

 その事実にレンは普段では見せたこともない少し狂気じみた笑みを浮かべ、喜びで身体が震えた。


 忘れていた――この立ちはだかる強固な城壁と相対しているかの様な感覚……

 どこへ振るってもその先には壊れぬ壁がある――それがこんなにも嬉しく楽しいなんて……超えたい、ジオラスの守りよりも先に――速く!



 あの紅い瞳は虚構を看破できると言っていましたが、ここまでことごとく誘導先に振うということは、もう警戒する必要は……いや、――なるほど、そういうことでしたか……。

 

 レンの紅い瞳から漏れる紅い光が徐々に瞳に納まり、密度を増し形を成していく、角膜の上に円を、虹彩の上に陣を形成した。


 突如レンの脳裏にとある情景が浮かぶ。

――なんだ、この感覚……!?


 こんな時に、既視感――こんな仮の想定でジオラスを崩せる……のか?


――でも、不思議と自分のことを冷静だと客観的に判断できるし、この未来像を信じられる。

 

 レンは潜在的に秘めていた能力のおかげか余裕のない表情から一変し、落ち着き、極限まで集中していた。

 

 良い感じですね……!

 

 アルメニアが誘導しようとした想定の範囲の外側から攻撃を仕掛ける。

 初めて指導を超え、レンの剣導術の一手一手がしっかりと意味を成す。

 

 ――瞳に魔導陣が浮かんでいる。あれが本来の魔導眼……ここからが彼の本当の力。

 

 修練場は騒然から一転、粛然としている。


「――なんだよあれは……?」

 

 俺は一体何を、観ているんだ……!?

 こんなもん観るくらいだったら、いっそ魔獣でも出てくれた方がマシだったぜ……。

 

 エヴェン・ウィーズは目の前で繰り広げられる攻防に、手を握り締め汗を浮かべる。

 彼は少年2人の動きを辛うじて目で追うことができた。しかし、それがかえって自分を苦しめた。


 必死に努力した。それでもフヨル・アビリアに帝国騎士選抜の座を奪われ、ひがみ、躍起になっている自分がちっぽけに感じる。


 それほどにあの2人は別格だ。


 このやり場のない感情に救いを求めたわけではないが、どこかで観戦しているであろう彼女を探し求め、視線が泳ぐ。


 ――フヨルは、ほぼ向かい側で観戦していた。

 唇をかみしめ、現実を受け止める為なのか少年2人から視線は逸らさぬようにしている。そんな彼女の表情は、何とも言えない表情だった。


 そうだよな、お前ですらあいつらに比べたら……程度が知れている。


 俺は今の今まで、そこまで特別な力が無くとも、同年代の中でも強く優秀で、今後の帝国騎士の新たな世代を引っ張っていく、その筆頭だと思っていた。――だからこそ頑張れていた。

 

 エヴェン・ウィーズは、せめて彼女には劣らぬようにと2人の少年へ向き直った。

 その時、ここまで全て完全に防がれていたレン・ローナスの攻撃が初めて空を切った。

 相手が捌き切れず距離を取ったのだ。


 エヴェンはこの瞬間にも成長するレンとその成長にすら余裕を持って対処する少年に苦笑い、ぼやいた。


「――化け物共め……」


 

 自分の決め手になり得る脳裏の既視感が消えない間に攻め続けていたレンは、やっと相手との距離ができたことで思い出すかのように肩を上下に動かし呼吸をすると、歓喜のあまりジオラスへ声を掛けた。


「ハハッ!ここまでやって、ようやく……躱させたぞ……!」

 

 無邪気な笑顔にアルメニアは僅かに驚いた。

 

 あなたが子供だということを失念していました。私にとって些細なことですら一喜一憂できる。そんな時期に手合わせ出来たのは正に幸運。

 

 アルメニアが躱したことで気が抜けたのか、レンの瞳の魔導陣が解け、今まで通りの紅い瞳に戻ると、研ぎ澄まされた感覚と既視感は完全に消え去った。


 まずい、あの良い感覚が途絶えた……ここで間を置いたら勝機を逃す!


 この場にいる誰にも見せることがなかった最高密度の魔導力を瞬時に籠め始めた。

 急激な魔導力の上昇でレンの周囲に余剰導力が生まれる。離れている観客席ですら胸を締め付けられ、息を呑むような途轍もない力だ。それを間近で感じているはずのジオラスは一切怯むことなく構えている。

 その風格はまるで歴戦の猛者、それは相対した事のあるセダム・ドルファや親族である帝国騎士のマリアやフライルなどの実戦を知る大人達が発している独特の空気感と酷似しているが、それを対面している少年から感じることに相違があり不気味だ。

 

 俺が闘ってきた中で君は、あの時の父上に次いで強いかもしれない。

 父上、未だ不出来な技を面前で披露することになり申し訳ありません。ですがやっと出会えた好敵手――いや……俺の目標が目の前に居るのです。

 

 レンは深呼吸し、精神と魔導力を整え、剣と同調し唱えた。


 ――鮮黄角未ルドラトロク螺旋鞘角ゴルコピア!!


 魔唄剣は今まで以上に煌めき、光が渦巻きながら徐々にレンの手首から切先までを包む。黄金に輝く円錐、螺旋状の槍、それは雄羊の角を彷彿とさせた。


 修練場で観戦する者達は皆、再び騒然とした。セダム・ドルファですらレンが既に鮮黄角未ルドラトロクの力をここまで開放できるとは思ってもいなかった。


 

 ――あなたの実力ならば、もしかするとは思っていましたが、本当にそこまで鮮黄角未ルドラトロクから信頼を得ているとは……!


『「まばゆい角と翼を持つ美しき黄金のひつじ――常に上を目指す意志は所有者と共に今も尚、顕在のようですね」』


 おっといけない、下手に声を出して、また変なことにならない様にしなければ……


 アルメニアは半身の構えを辞め、右手に六方晶ロンズディエトの魔導剣を持ち直し優しく撫でる。


 私も最善を尽くします。どうか耐えてください。


 レンは鮮黄角未ルドラトロク螺旋鞘角ゴルコピアを真正面に構え、雷撃と共に轟音を響かせ高速で突撃する。

 

 ――最早、様子見で来るには直線的過ぎる。つまりこれが今の彼の全力。


 意思の無いはずの六方晶ロンズディエトの魔導剣がアルメニアの期待に応え、鮮黄角未ルドラトロクと同様の輝きを放ち、周囲がフワリと浮き優しく揺らぐ。


 まだ魔導剣を握って全てを理解できた訳ではありませんが、本質はつるぎと何ら変わらない。魔導石は魔導属性を補助してくれるだけではない、使用者に応え、魔導力そのものを集約し、唯一無二の一振りとする。


 アルメニアは向かってくる角の尖端に迎え撃ち、剣身と鍔の間で完全に捉え、衝撃と共に抑えつける様に下へ軌道を変える。


 螺旋鞘角ゴルコピアですらこんな簡単に!?


 力を制御できていないレンは、その勢いのまま矛先を地面へ向けるしか無く、尖端で地面を削り、勢いを殺しながら背後を取られない様に土埃を振り払いつつ振り返った。

 完全に静止しても螺旋鞘角ゴルコピアの威力は凄まじく、硬質化された修練場の地面は稲妻を描く様に四方へひび割れていった。

 

 アルメニアによって更に高硬度に高められた六方晶ロンズディエト鉱石の魔導剣にも小さく亀裂が入る。


 流石に耐えきれませんね。しかしこの魔導石ならばもう少し耐えられると思ったのですが……

 この魔導剣というものは魔導石を無理な形状に加工している所為で負荷がかかり易く、脆い部分があるようですね。注意しなければ……おや?


『「――残念ながら、ここまでのようです」』


 まだだ!!次は……

 ――っ!?なぜジオラスは剣を収めようとしている!?まだ闘いは――


 そよ風が吹くと共にレンの死角から行く手を塞ぐように白銀の剣が目の前に現れた。驚き、振り返ると、そこには女中服の上から肩や胸部等に必要最低限の防具を装着した女中の姿があった。

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