26話 試合 前半
――どうしてこうなった……?
ジオラスとレンは修練場の中央に立ち、レンと向かい合っていた。
数えきれない帝国騎士見習いであろう者達が、その2人の少年の手合わせを、というよりはレン・ローナスの剣技を観ようと、囲うように観戦席から見下ろしている。
ジオラスは数年前リヤド町に騎士学院が建設された事を、父と姉が話していたので知ってはいた。しかし酒が有名とはいえ何故こんな田舎に大勢の騎士見習いが通っているのか。
設備が新しいから? 何かしらの良い待遇があるとか?
そんな事で集まるような人数ではない事が明らかな程、広大な修練場の観客席は埋まっていた。
「えっと、どうしてこんなに大勢の方々が?本当に来てよかったの……?」
「とある理由で集まって既に解散命令を出してくれた筈なんだが、すまない、いつもこうなんだ……でも気にしないでくれ、ここの教官長にも許可はもらってるから」
そう言われても……。
アルメニアと好奇心に任せてぶらつかずに大人しくエセンと一緒に帰っていれば良かった……。
大勢の視線を浴びた事のないジオラスは畏縮し膝が少し震えていた。
そんなジオラスを見て察したレンは、この一戦で尽力してもらう為に声を掛ける。
「俺はこうやって大勢に見られていると、まるで帝国騎士選抜に出場しているみたいで正直有難い。今後、君も帝国騎士を目指しているのなら例外を除けばいつかは通る道、経験しておくのは良いことだろ?」
ここに移動している間にお互いの身の内で話せる事を少し話した。
年齢も、兄弟が居るのも、騎士の家柄で帝国騎士に憧れがあるのも同じ、どこかレンは僕と似通っている気がしていた。だけど――
――彼は僕とは違う……。
『えぇ、見た目に相反して明らかに場慣れしています』
「そう、だね……」
レン・ローナス……ローナス家、聞き覚えはあるけど、思い出せない。
それに、あの紅い瞳は嘘を見抜くって……“ 私は戦える”なんて自信あり気に言っていたけど本当に大丈夫なのだろうか。
今では定位置になった左後方にいる半透明の剣士を見上げると、アルメニアとレンは同じ様な表情をしている。どんな戦いができるのか相手に期待している。そんな
レンは何故か物悲しげな表情のジオラスへ提案をする。
「では、お互いやる気を出す為に負けた方が勝った方のお願いを1つだけきくことにしよう」
そんな提案をしてくるとは、立ち振る舞いが大人びているとはいえ12歳らしい所もあるなと、アルメニアはくすりと笑う反面、ジオラスはそんな提案は “負けた時に取り返しが付かない”と気が気では無かった。
レンは勝負が始められるように、ジオラスへ訓練用の剣を差し出す。
なるべく対等に戦う為に、ここの騎士見習いとも基本的にその様にしていた。
「――僕はこの魔導剣を使うから、レンも自分の剣を使って」
まさかの言葉にレンは少し間が開いた後、思わず笑ってしまった。
「――す、すまない、笑うつもりはなかったんだ」
つくづく不思議で面白い奴だと思った。
魔唄剣と魔導剣では正直、勝負にすらならない。ドルファ教官長ですらその差を埋めることはできなかったのだから。
魔唱剣と見抜いた彼にとってはそんな事は百も承知のはず――つまり何か勝算がある?
「だから、その代わり勝った方がっていうのは――」
ジオラスがレンの提案を拒否しようとする前にレンはジオラスから少し離れて振り返る。そして自身の剣に手を掛け、声を張った。
「分かった!話してばかりでは時間が勿体無い!――さぁ、始めようか!」
「うっ・・・・・・」
レンから膨大な魔導力を感じる。
これが本当に自分と同い年の人間が放てる魔導力なのか!?
恐る恐る自分の魔導剣に手を添え、――アルメニア…… と、心の中で弱々しく声を掛け、見上げると半透明な剣士に自分自身を託す。
『お任せください。――ジオラス、この様な機会を私に与えて下さりありがとうございます。』
レンはジオラスの瞳を見る。
彼は話していると時々遠い目をするのは何故だろう。まさに今、そんな目をしている。俺に興味が無いのだろうか……
この修練場に居る誰もがレン・ローナスに注目している。――彼を除いて。
今はその視線を俺へ、釘付けにする!
レンは魔唄剣を引き抜き、呼ぶ様に唱えた。
――
剣身が呼応し淡く光り始め、鍔に施された
あの若さでこの研ぎ澄まされた魔導力、ガルド・ソイルやレン・ローナスの様な当時と変わらない素晴らしい剣士・・・いや、騎士が居る事は本当に喜ばしいことですね。
アルメニアは答える様に自身が自由に動けるだけの魔導力を引き出し、静かに抜剣すると左手に魔導剣を持ち直し半身で構える。
ふわりとジオラスを中心に土誇りが優しく舞い上がり、レンの髪を靡かせる。
――きた!
レンは例の浮遊感のある魔導力を間近で感じ、思わず笑みが溢れた。
これだ……この底から浮き上がる様な余剰導力!
――どうやって練り上げたらこの異質な力を生み出せるのか……第一天性であれば諦めるが、第二天性であれば勝った時に教示してもらおう。
期待感に満ちた紅い瞳の視線にアルメニアは見つめ返し、いつでもどうぞと
レンは感謝した。最初は魔唄剣を開放するつもりは微塵もなかった。しかし
ありがとう
紅い眼光が尾を引き、土埃が舞ったかと思うと一瞬で間合いを詰め、初手は真正面にその勢いのままアルメニアが構えている剣に向けて軽く振るった。
――速っ!?
ジオラス本人の意識では反射的に目を閉じ、顔を背け、情けなく両手を顔の前に出していたと思った。しかし身体はそんな反射的な動きの一切もせず、自らの左腕は完璧にレンの魔唄剣を捉えていた。
アルメニアはそういう攻撃が来ると分かっていたのか、魔導剣を握る左腕以外は一切微動だにせず受けていた。
剣と剣が激しく火花を散らしたかと思うと、レンは息をする間も無くあらゆる方向から次々と振るう。
最初の攻撃以降も予見しているかのように綺麗に防ぐ。それもその筈、レンがそう出来るか確かめるように打ち込んでいるからだ。
初撃を完璧に防げたなら、当然この速度にもしっかり反応できるか!
握手をした時、あまり剣の扱いは出来ないと思っていたが、想像していたよりも上手く防ぐ……!
その構え、攻め辛くはあるが――崩せる!
レンは何度も打ち込んでいくに連れて、無意識に剣戟の速度を上げていく。
修練場は少しずつどよめく、二人の少年による斬撃の応酬は既に並以下の騎士見習いでは到底追うことが出来ない程であった。
しかし剣戟が見えなくなること自体は強者の戦いを見たことがある騎士見習いなら良くあること。驚きなのが、全く注目していなかったジオラスが半身で構えた状態のまま大きく体制を崩す事なくこの速度で互角に渡り合っている事。
そして誰よりも驚いているのはジオラスだった。何が駄目なのか頭では分かっていても身体と剣が上手く動いている感じがしなかった今までとは違い、身体が動かしてもいないのに常に理想的で最善の動きをしてくれている。不思議な感覚だ。
アルメニアは本当に凄い剣士だったんだ……!
「ローナス君の見立ては当たっていたようですね」
「あぁ、異質な魔導力に注視していたが実力もこれ程とは……」
とても子供同士のぶつかり合いには思えない。
まるで帝国騎士上級が戦っているかのような光景に間近で傍観していたセダム・ドルファとシェフレ・アルボリコの2人は名も知らぬ少年に目を奪われる。
随分と古い型に見えるが若さから出る特有の荒削りな動きが一切ない……
所々にセダム・ドルファ自身が得意とする
臨機応変にどちらかの足を軸とし常に相手を正面に捉え、両脚の位置を平行に保つ
見るからに体格、魔導力、そのどちらも足りていないのを補うためだろう――彼の場合は基本的に身体の左側を敵に向け右足を軸にしながらも時折後ろに退き、適度に距離を保っている。
その構えを崩せずにいるレンは次第にジオラスを試している事を忘れ、過剰な魔導力を込めた一撃を放つ。彼自身そんなつもりは全くなく、寧ろ振り終える直前で我に返り“しまった!!”と攻撃を止めようとした。
アルメニアはその攻撃に対して初めて前に詰め、魔導力に押し負けない様に同等の魔導力で鍔迫り合う。
互いの剣と魔導力の衝突による衝撃が轟音と共に周囲を揺らす。
――!?
躊躇したが、この威力も防げるのか!?
驚きと同時にレンは違和感に気付く。
自分の試しに振るっていた攻撃は気付けば勝つ為に隙を付くような攻撃になっているのにも関わらず。ジオラスはそれでも尚どこを攻撃しても淡々と防ぐばかり。
俺がジオラスを試していた筈……だよな??――嫌な感覚だ……。
レンは素早く鍔迫り合いを解くと、身体を大きく開き間髪入れず今まであえて攻めていなかったガラ空きの半身の背の方へ振るおうとした。
この攻撃で俺の思い過ごしかどうかが分かる。
――ですが、貴方の若さに免じて、頭を撫でるとしましょう。
レンの攻撃は又しても完璧に防がれる。
それは修練場で観ていた多くの騎士見習いたちにとっては何度も切り結んできた攻撃の1つでしかないように見えた。
逆にセダム・ドルファを含めた教官、フヨル・アビリア、エヴェン・ウィーズ等の実力で騎士見習いの上澄みにいる者たちは驚愕した。
決して今の攻撃が今までの動作より遅かったわけではない。だが、明らかにレンが攻撃しようと動作を確定し、身体の動きに変更が利かなくなった場面で、既にジオラスはレンが振るおうとしている位置へ剣を構え正確に防御の態勢をとっていた。
“ここへ上手く振るいなさい”
ジオラスが構える
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