25話 魔獣の噂
セダム・ドルファは万が一の事態に備え、リヤド騎士学院の設備で最も強固な造りになっている修練場の観客席へ騎士見習いを各自避難させ、学院の周囲には数人の教官を警備させていた。
レン殿は発生源との接触はできただろうか……
異質な魔導力ではあったが邪悪なものは感じ取れなかった。人族あるいは言葉を理解できる生物であれば対話することは出来る筈だ。
最悪戦闘になったとしても“レン・ローナス=ライラック”で在れば問題は粗無いと言って良いだろう。
「教官長!何かあったのですか?!」
突然の避難招集の理由を知るために騎士見習いのフヨル・アビリアがセダムに駆け寄る。
「フヨルか、先程魔導力の様なものを感知できたか?」
「——い、いいえ……そのようなものは」
「そうか、もしかしたら魔獣が出現した可能性がある。今はレン殿が現場へ急行し、対応中だ。安全が確認できるまでは全員修練場で待機だ」
優秀な彼女が感知できないということは、魔獣か、或いは……。
「承知いたしました」
教官長が私たちを差し置いて
「——ですが私たち見習いも帝国騎士の端くれ、必要があれば皆、何時でも戦えます」
今年の帝国騎士団入隊選抜のヴィスカム王国代表の1人として選ばれていた彼女は、現状この場にいる騎士見習いという立場で、最も帝国騎士に近い存在、故に“ 私が皆んなをまとめなくては”と奮起していた。
大勢の騎士見習いが観客席に集まる中、教官長とフヨルが修練場の中央で何やら話しているのを気に入らない様子で見下ろし「俺たちが避難?」と不満を漏らすエヴェン・ウィーズとその取り巻きの姿があった。
「魔獣が出たとか」
「それは単なる噂だろ??」
「同一個体なのかは知らないけれど稀に出没するっていう話はよく聞くぜ?」
エヴェン・ウィーズはそんな取り巻きの話に対し怒り混じりの短い溜息を吐くと、勢いよく席に着き足を組む。
「魔獣?そんなもんにビビってたら騎士の上位。
修練場の中央のフヨル・アビリアを睨む。
周囲の取るに足らない会話のざわつきと、どこか緊張感のない雰囲気の所為なのか、エヴェンは自分が手合わせした時のレン・ローナスの紅い瞳が脳裏を過り、舌打ちを打つ。
生まれながらに特殊な魔眼を有し、その強さから魔唄剣の所有を一族から認められた子供が、大人びたような態度で接してくる。そんなレン・ローナスがフヨルと同等か、それ以上に気に食わなかった。
修練場中央にいるフヨルは話し終え、その場を去ろうとした時エヴェンの憎悪の籠められた視線に気付き、睨み返すと肩先まである髪を翻しながら視線を切り、すぐさま奥の観客席へ通じる出入口へと向かっていった。
気に入らねぇ……代表者面したあの女も、ローナスのガキも!
「クソッ……」
フヨルと入れ替わるようにセダム・ドルファの元へアルボリコ教官が小走りで近づき、そっと耳打ちするとセダム・ドルファは一瞬驚いた表情を浮かべ、何か一言伝えるとアルボリコ教官は小さく頷き再び小走りで修練場の待機室がある出口へ捌けていった。
……なんだ?誰かが噂の魔獣の餌にでもなったか?
修練場の中央のやり取りを見ていたであろう他の騎士見習い達がエヴェンと同様の疑問を持ったのか先程まで以上にざわつきが大きくなる。
「なんか教官たちの様子、変じゃないか?」
「魔獣の噂は事実なのか!?」
「まさか本当に襲われたんじゃ……」
「巡回している帝国騎士はどうした!?」
何をざわついている?——ここにいる奴らは本当に帝国騎士を目指しているのか?15歳で1年目の奴らが弱音を吐こうが怯え逃げ出そうが、腰抜けだっただけで済む話だが、俺と同様に2年以上もここで鍛錬を積んできた奴らが何を怯えている?
エヴェンは取り巻きに苛立った声色で問う。
「……お前らも魔獣が怖いか?」
取り巻きの数人は互いにキョロキョロと目を合わせ「そ、そんなわけないだろ!?」とエヴェンの機嫌をこれ以上損ねないよう無理に皆、愛想笑う。
エヴェンは取り巻きの反応に「そうだよな」と怒りを通り越し呆れ、落胆した。そしてドルファ教官長が騎士見習いに避難招集を命じた理由を目の当たりにしたようで、その中に自分も含まれている事に余計腹が立った。
——俺はこいつ等とは違う……断じて。
しばらくするとアルボリコ教官が2人の少年を連れて修練場中央まで戻ってきた。
あれはレン・ローナス……もう一人は、誰だ?
先程まで学院の周囲を警備していた教官方が観客席の騎士見習いたちに避難招集を解除し解散するように促し始め、ドルファ教官長とアルボリコ教官は2人の少年を修練場中央に残し修練場の脇へ移動すると何かを話しながら傍観している様だった。
解散命令の出ている修練場、その場の雰囲気を察した大勢の騎士見習いが居残り、様々な思惑が渦巻ていたはずの彼らのその視線は、中央の少年2人に向けられた。
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