19話 素顔

 あと数分で検問所が閉まろうとしている中、1台の客獣車がヴィスカム王国の検問所を通ろうとしていた。

 3人の騎導部隊オベイロン下級の騎士が客獣車を取り囲み、隈なく検査している。


 今時珍しい顔全体を覆う鎧兜を被っている1人の騎士が操縦士に声を掛ける。

「こんな時間に入国か……特に怪しい物はなさそうだが――中の客を全員下ろせ」


「検問所でお客を降ろした事なんて無いですぜ」


「本日の昼間から、どこの検問所でも通過する人や物に関係なく厳重に取締りをやっている。客獣車を扱ってるならそれぐらい知っておけ!」


 操縦士は頭を下げた後、親指を立てて自慢の客獣車を指す。

「こいつぁ失礼しやした! なんせ新しい車両に変えてからかなり人気なもんでして、掲示板を見てる暇がないんですよ」


「――あぁ、そのようだな。それならさっさと検査を終わらせて次の場所へ行くんだな!」


「はいはい、わーりやしたよ」

 操縦士は渋々扉を開け、中にいる4人の客に降りてもらった。


 3人の女中に子供……流石にバルサ様ではない、か……


 ――ん?


 「そこの女中、後でこちらへ来い」

 1人の女中に目が留まり声を掛け、騎士は警戒して帯剣している剣に手を添えながら、ジオラスに視線を向け近づいていく。


「――名を名乗れ」


 ――賭けだけど、君の名を借りるよ

『フフッ……私は身体を借りましたので、貸し借りなしですよ』


 ありがとう


「――僕の名は、アルメニア・ロザレス」


「――ロザレス・・・だと?――どこの出身だ?」


「こちらでは聞かない名前ですよね?僕達は帝国の外・・・西側から来ました」


「――他の地方者か……では何故帝国へ?」


「両親を失いまして、女中達と共に帝国へ亡命し、僕は帝国騎士になろうと思い、良い土地を探して帝国内を巡っている途中なんです」


「ほぉ、それは良いことだな。騎士見習いになる時期によっては腕が良ければ、早い者で2ヶ月で帝国騎士になった者もいる――お前もそうであれば歓迎しよう」


 騎士は武器に手を添えるのを辞め、話を続けた。


「だが怪しい事に変わりは無い、そこの女中と共に取調室に同行してもらう。他の女中共は客獣者に戻れ、――2人はここを見張っていてくれ」


「了解しました」

「了解です」

 

 鎧兜を被った騎士は2人の騎士を客獣車の見張りにつけ、ジオラスとエセンを取調室へ連れて行った。

 

「お二人共大丈夫でしょうか……」

「エセンさんが居るからきっと平気」


「お前達、さっさと客獣者へ戻れ」

 

 2人は雑な扱いをする騎士を睨みながら客獣車へ仕方なく乗り込んだ。


 



 取調室はかなり簡素な作りで壁にはヴィスカム王国周辺の地図が貼られ、あとは机と椅子が幾つか並べてあるだけだった。


「まぁ座れ」


 騎士は雑に椅子を2脚、2人の前へ引きずり渡し、話し始める。


「数日前から、バルサ・ソイルという元帝国騎士を探している。ランスラスカの王を狙った危険人物だ。お前達も今後、夜の移動は控えろ何かあったら面倒なんでな」


 父親の話題を出され少し鼓動が早くなり息が詰まったジオラスだが、なるべく反応せず、目立たぬ様に返事をする。

「――承知しました。騎士様」


 エセンは気付かれない程度に魔導力を込め、ジオラスを護れる様にと女中服のロングスカートを活かして少し膝を曲げ、いつでも動ける様に構えた。


 ――この騎士は探りを入れている……下級とはいえ、武器の無い今の私では最悪刺し違える事が出来るかどうか……

 

「おいおい、そんなに身構えるなよ」


 騎士は突然、頭の防具を外し始め、顔に大きな傷のある素顔を見せると、少し嬉しそうな表情で声を掛けた。


「あまり驚かないという事は、何かと承知の様だな……追い風のエセン」


「――っ!? ミストル!?」


 エセンは驚いた、その騎士の顔を見るとさっきまで頭の片隅にも無かった冒険者だった頃の様々な記憶が鮮明に思い起こされる。


「よぉ――覚えててくれたか、お前にも何かとあるんだろうが、こっちも仕事なんでな、色々聞かせてもらうぜ」


「――ジ、アルメニア様……この方は」


「あぁいいよ、自分で名乗る。俺はロウ・ミストル、エセンと同じ元冒険者さ」


 ――ロウ・ミストル……元冒険者?



 エセンは懐かしい記憶を押し除け、現状の疑問を問いかける。

「貴方程の冒険者が何故こんな所に」


「そりゃこっちの台詞セリフだ。なんでお前が、今も女中なんぞやってるんだ?」


 ロウは鎧兜を机にゴトリと置き、再び2人に「俺だけ座ってると話辛いからさ」と座るように促す。


『彼からは悪意を感じません』

 ――なら、お言葉に甘えて


 ジオラスは何の躊躇もなく「失礼します」と差し出された椅子へ座った。

 

 肝の据わった行動を取るジオラスに感心し、未だ警戒を解かず立ったままのエセンにロウは笑い混じりに指摘する。


「エセンお前、それじゃ俺達と同じ帝王に尽くす騎士と何ら変わらないじゃないか――立ったまま話すなら、今は女中らしくおしとやかにするもんだぜ」


 エセンは何も言わず"別に警戒してませんよ"と言った表情で、そっと姿勢を戻した。


 ロウはその様子を見て、女中になってもあまり変わっていない彼女に、呆れが混じった鼻息をつき、質問する。

「確か、ソイル家の所で女中をしている筈だったよな? こちらの坊ちゃんは……」


 顎の横を親指でトントンと数回叩き、まじめな顔で忘れた名前を当てにいく。


「ラザロスさん?だったか?」


「――アルメニア・ロザレスです」

『失礼ですね』

 ――今では珍しい名前なんだ仕方ないよ


「すまんすまん、もう歳でな、名前を覚えるのが難しくなったんだ」

 ロウは白髪交じりの頭をポリポリと掻きながら詫びた。

 

「ソイル家に仕えていたお前なら、バルサ様の居場所を……他にも何か知っているはずだ」


「私は何も知りませんし、何が起きているかも……。貴方こそ、今は騎導部隊オベイロンなのでしょう?旦那様の配下なら……」


……ね。――つまり坊ちゃんは……とまぁ今はそんな事はどうでもいい」


 2人は確信を突かれそうになり冷や汗をかいたが、ジオラスだと見抜いたロウは、まだ会話をしてくれる様だ。


「お前ですらこの状況を何も把握していないってことは、バルサ様は無実の罪をランスラスカ側か、それとも反乱軍か、最悪騎士団内部の誰かが着せたってことになるな」


 ロウは少し気が抜けたのか、大きく息を吐きながら背もたれに寄りかかり一度天井を見上げた後、腕を組み再び2人を見る。


「――で、正直なところ何故この国へ来た?――何か事情があるんだろ?」


 ジオラスとエセンは視線を合わせると、ジオラスが小さく頷き、懐から羊皮紙を取り出してロウへ渡すのであった。

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