17話 二人一振り

 弓張り月が、野営中の5人と2匹を見下ろす。

 金青こんじょうの夜空に数えきれない星々が様々な色に輝き、開けた平野を明るく照らしている。少し肌寒い風が草花と木々の葉音を奏でる中、ジオラスとエセンは互いの切先同士が触れる距離で構えていた。

 

 ジオラスが何度か踏み込み、基本的な剣導術である指導素ノージナを律動的な動作でエセンに何度も攻撃を仕掛け続ける。それに対しエセンはその一振り一振りをしっかりと受け、その後、ジオラスの剣を流れる様に払っていく。


 ジオラスはどう攻めても防がれる事を逆手に、右腕を思い切り振りかぶり、エセンの持つ稽古用の剣を弾き飛ばそうとする。


 予備動作の大きいジオラスの動きはエセンにとっては、次は何をするのかを教えているのと何ら変わらなかった。


 ――この様なあらゆる流派の型を崩す大振りは、時には奇襲にも成り得ますが、殆どが隙……

 

 エセンは隙にしかならない事を経験させる為に、反撃として振りかぶったジオラスの右腕に素早く沿う形で剣を振り置き、ジオラスが剣を振り切れない様に仕向けた。


 ――筈だった。

 

 ジオラス様!?――何故、目をお閉じに?!


 ――その瞬間、ジオラスは脱力していき、振りかぶった稽古用の剣の重さで後ろへ倒れていく。

 

 武器の扱いを習った者なら誰しもが知っている、指導素ノージナ特有のしっかり踏み込み、武器を持つ手が片手でも両手でも、そしてどの角度でも真っ直ぐ振り切る単調になりがちな動作。

 

 それとは逸脱した動き――


 エセンの振り置いた右腕から右肩側へ離れる様に倒れ、ジオラスの身体はエセンの視界から徐々に隠れていく、ジオラスは振りかぶった際の引いた右足を軸に、倒れていく身体と剣の重さを利用した遠心力で身体を素早く捻りながら、対応出来ないであろうエセンの右の脇腹へ流れる様に剣を振り抜く。

 

 ――これは……風撫流スロエ?!


 エセンはジオラスから只ならぬ気配を感じ鳥肌が立ち、驚いたが、見えないながらも自身の右下に居るであろうジオラスに、風撫流スロエによる滑り込む動きで、ジオラスの振り抜いた右腕の肘へ身体を寄せ、剣撃を回避しつつ全身でジオラスを軽く押しのけ距離を置いた。


 ジオラスとは到底思えないキレのある動き、完全に脱力した様に見えた後の流れる様な切り返しは風撫流スロエの動きと言っても過言ではなかった。


――僕が目を閉じてもアルメニアが見えてるってことは、視覚は共有されないみたいだね。あと倒れるくらい脱力して身体を明け渡せばこれ位のことは何となくできるって感じか。


 『ですが最初のに比べると、まだ少し硬くて動かしずらいですね……』


 視界から得られる情報を遮断してアルメニアに視覚を空け渡す。アルメニアを信じてなるべく脱力して身体の動作を空け渡す。

 2つ一気に試せたけどまだ微妙な感じだ。


 ――となると自分の意識と意思を遠ざける方法が重要――今みたいに何も考えないようにするより、もしかすると別の事に集中すれば……例えば、完全に脱力しながらアルメニアが練り上げた僕の魔導力の流れを追い続けるとか……


「――導力瞑想に近い方法の方が有効的かな?繰り返しやってみて慣れていく感じで――」


「ジオラス様、今のはまさか……風撫流スロエですか?!」


「――えっと、多分そう見えただけで風撫流スロエではないと思うよ。僕が出来る筈が無いし、少し試したいことがあってやってみただけなんだ」


――今のが、やってみただけ……? そんなはずは……

――まるでその動きが染みついたかのような熟練された動き……そして一瞬でしたがジオラス様らしからぬ圧の在る気配と気迫……まるで――


 「今日はこれでお終い!」

 『――えぇ!?もうですか!?もう少しやってみましょうよ!私、エセンさんとはちゃんと戦ってみたいです!』

 ――エセンも少しだけって言ってたし、そんなのまだまだ先だよ!エセンは凄く強いんだ!昔は冒険者で――

 

 エセンは早々に切り上げ客獣車へ向かおうとするジオラスの背中を見詰め、立ち尽くしていた。そしてエセンは改めて気付き思い知らされていた。


 ――優しく、戦うことが苦手なジオラス様だから私は忘れていた……彼もソイル家と ニングァドール家(母の旧姓) の血を引く一人……あの優しいお心と弛まぬ努力が、いつか本当に皆様をお超えになられる日が……


 「――最後の一振り、お見事でした」


 今宵美しく半分に割れた弓張り月を背に、ジオラスとアルメニアは振り替えり、声を重ね感謝の言葉を返した。

 ――僕がやったんじゃないんだけどね……でも僕らを誉めてくれて

「――ありがとう」

『――ありがとう』

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