16話 優しさ

「――そろそろフォロゥも疲れてきちまったんで、夜が更ける前に今日も軽く野営させて貰いますぜ!」


「えぇ!無理を言って何度も長距離を移動し続けて頂き、ありがとうございます」


 超大狼レ ニオ フォロゥ2頭で引いているこの辺りでは物珍しい客獣車は比較的開けた街道を逸れて、野営が出来そうな平坦な場所で停止する。

 操縦士はいつもの様に手慣れた手つきで格納されていた足場を引き出し、客獣車の扉を開ける。

 メルテムとルズガルが素早く下車すると、食事の準備の為にせっせと働き始める。続いてジオラスがゆっくり降りると身体を伸ばしながら近くの木に寄りかかる。

 

 客獣車を降りかけたエセンに操縦士が話しかける。


「あと少しで到着予定なんで、飯食って少し休んだら出発しやす。行けそうになりましたら声を掛けますぜ……ところで坊ちゃんはまだ、たまに独り言を……?」


「――まだ時々、小声で……誰かと話している様に見えます……」


 他者から見たジオラスは何処か惚けたと思えば急にいつもの様に戻り、たまにブツブツと何かを言ったり――を繰り返している。


 ジオラスの主観ではアルメニアと客獣車で移動している2日間、延々と情報交換をしていた。今では他愛のない話ですら話すようになった。

 

 ――超大狼レ ニオ フォロゥって凄いんだなぁ……こんなに走り続けても、まだ走れるなんて……

『ここまで人に懐き、服従している姿は未だに驚きです。そしてこの乗り物!とても快適そうに見えますし、技術の進歩は凄いですね』

 

 それ昨日も言ってたよ……?

『そうでしたっけ?何度見ても目新しいというか斬新というか、これはとても良い物ですね!』


 アルメニアは子供のような眼で、客獣車と休憩している超大狼レ ニオ フォロゥを何度も何度も見ている。


 アルメニアとここまで色々話をして知った事、分かった事、でも事実なのかは分からない事、僕の書物庫で読んで得た知識と食い違うことがこの2日間だけでも沢山あって、混乱してきている。


 特に驚いたのがアルメニアがマンチニール帝国が存在する前の人物で、アンチニル――つまり初代帝王や初代四騎士と戦ったことがあるという……

 

 失礼だとは思うけど……見た目ばかり強そうでこんな子供みたいにはしゃいでる奴が、初代四騎士や僕の身体を使って兄さんと張り合えたとは到底思えない……そういえばどうやって身体を動かしたのだろうか?

 

 ――アルメニア、今は僕の身体を動かすことってできそう?


『動かしてみても良いのですか!?』

 

 好奇心旺盛な半透明の浮遊した剣士がジオラスの身体に近づき重なると不思議なことに身体の中に二つの人格が両立した感覚に陥る。

 

 アルメニアは左手を握ろうとするが身体が拒絶し固く感じる。

『確か、あの時もこのような感覚でしたが、ジオラスが眠っていたのでもっと自在に動けていました』


「――僕の意思や意識が君の動きを阻害しているってことかな……?」

『恐らくそういうことだと思います』


 ジオラス様はまた独り言を仰られている。


 エセンは少しずつ心配になりジオラスに近づき声を掛ける。


「――ジオラス様……何かございましたら、私にご相談下さい。出来ることであればお力添え致します」


 また声に出してしまっていた……でも急に意思疎通のできる幽霊が見えるとか、身体が勝手に動くとか言っても、もっと心配させてしまうよね……


「――ごめんエセン……少し心の整理をしたくて、変な事言ったりとか変な動きとかするかもしれないけど、今は見守ってて欲しい」


「――畏まりました……」


 エセンは視線を落としメルテムとルズガルの方へ向かう。動きこそいつも通りの様に見えるが少し肩を落としている様に見えジオラスは申し訳なく感じた。


 ジオラスはそんなエセンの後ろ姿を見ていると帯剣している母の剣に視線が行く。


 ――そうだ!アルメニア、エセンと少し稽古するから剣を交えてみてよ!


『――私が?良いのですか!?――ですが、身体が上手く動かないのはどうするのでしょう?』


 ――考えが幾つかあるから試してみたいんだ。


 ジオラスは木に寄り掛かるのを辞め、エセンを引き留める。


「ごめんエセン!やっぱり食事ができるまで今回は稽古に付き合ってよ!」


 エセンの悲しげに見える肩が、ピクッと上がり立ち止まると、ゆっくりこちらへ引き返してきた。

「――ですがジオラス様、今は警戒をしなければなりません。稽古はまた今度に」


「さっき出来ることであれば――って言ってたじゃないか、少しだけ、お願い!」


 ジオラスは上目遣いでエセンにお願いをする。


「そ、そうは言いましたが――す、少しだけですよ。稽古用の剣を持ってきますので少々お待ち下さい」

 エセンはさっきまでの悲しい足取りが嘘だったかのように足早に荷物が詰め込まれた客獣車へ必要な物を探しに行く。


『優しいのですね』

 ――悲しい顔が見たくないだけだよ。

 

 それも一つの優しさですよ

 ――何か言った?

『フフッ――いいえ、何も言っていませんよ』


 ジオラスとアルメニアは同じように微笑み、表情に出さないまでも嬉しそうに二振りの稽古用の剣を大事に抱いて、こちらへ運ぶエセンを優しく見守るのであった。

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