10話 銀獅子

 鬱陶しい風だ。

 

 周囲の草花や土砂利を巻き上げた風は、ガルドの視界を遮り、行く手を阻んでいる。


 剣身全体が黒々とし一切の光の筋もない、その漆黒の剣を縦に軽く振るう。


 あれだけ強烈にガルドを押さえ込んでいたはずの竜巻の様な風は、一振りで消滅してしまう。


 視界が開けるとエセンを再度視認する。


 何故かエセンは、跡形もなく砕け散ったはずの剣とは別の一振りを抜剣している。

 どこにそんな物を隠し持っていたのか。

 そしてその姿は、先程まで戦っていた女中とは思えない気迫が伝わってくる。


 さっきの魔導術といい……本気のようだが――

「何をしようと無駄だ、居場所を言え」


「ジオラス様は、貴方からにおられます」


「どういう意味だ」


「今の貴方にはへ」


「そうか……ミネザ同様、国外逃亡とは……哀れな奴らだ」


 エセンは大きくなった未来のジオラスを思い浮かべ、笑う。


「フフッ……私の言葉を文字通りでしか理解できない貴方を・・・ジオラス様は超えていくでしょう」

 

 エセンは再び柔らかな風を纏い、僅かに反った刃の切先をガルドへ向け、構える。


「いずれはミネザ様を、私も、そして旦那様ですら……」


 超える

 

 エセンは速く低い姿勢と軌道でガルドへ直進する。

 

 風撫流スロエは、相手と刃を交え鍔迫り合う様な事はせず、その流れるような動きで敵の攻撃をかいくぐり、急所を狙いのが基本的な戦術だが、未だに構えすらしないガルドを見て、がら空きな懐を目掛け最速のを繰り出す。

 

 しかしガルドに届く筈の切先が、寸前で見えない壁に阻まれる。

「これは、魔導障壁!?」


「何をしようと無駄だと言ったはずだが」

 

 切先に触れている感覚が忽然と消え、エセンは体勢を崩されかけるが、身体を素早く捻り、切り上げる。が、それすらも見えない壁に阻まれる。

 

「なっ!?……まさか……」


「厄介な奴だよお前は」

 

 ジオラスに見せる為にゆっくり動いていた風撫流スロエとは比較にならない速度で、何かを確かめる様に何度も死角や急所へ滑り込み剣を振るう。その全ての攻撃は、届いていればどれもガルドを斬り伏せていてもおかしくはなかった。だが、全て見えない魔導障壁によって防がれる。


 一度距離を取らなければ……


 エセンは左手を強く突き出し空砲掌フォッドナを放つ。

 空気の塊を魔導障壁にぶつけ、風撫流スロエの軌道を無理やり変えつつ、その反動でかなりの距離を取った。

 

 目くらましに使った烈旋風シャノースで切り傷一つ無いのも魔導障壁それが……

 あそこまで薄く透明で、剣撃を防げる魔導障壁は見たことも聞いたことも無い……それが全方位に……


 ――もうしかない


 

 ――あの剣……

 ガルドは間近で見たエセンの剣が何かを理解した。


「何故お前がそれを持ち出し、使っている?帝国騎士でも無い、ましてやのお前が」


 エセンは剣に魔導力を注ぎ込む。纏っていた柔らかな風が急速に剣に集束されていく。


 剣身は瞬く間に凍てつき始め、それに呼応する様に鞘の魔導金属彫刻エングレイブが淡く輝きだす。

 銀獅子シゥレノが徐々に白銀へと色を変え、勿忘草色わすれなぐさいろの鞘をも白銀へと染めていく。


 両手でしっかりと凍てついた剣を握り、再びゆっくりとガルドへ切先を向け、自身が跳ね飛ばされないように重心を少し低くする。


 銀烈旋風シゥシャノース


 剣に集束された風と魔導力が一気に解放され、空気を割く様な高音と共に鋭い烈風がガルドへ放たれる。

 通過したであろう地面や草花は完全に凍てつき、風圧で粉々になっていく。


 

 それが限界だろう……

 

 自らに対し放たれた魔導術に対し、ガルドもゆっくりと何かを掴むかのように左腕を前に出す。


 するとガルドに襲い掛かるはずの凍てつく風は、ガルドの遥か手前で妨げられ続ける。だが凍てつく風は徐々に、見えない壁と周囲を凍らせた。

 壁は凍ったことで可視化され、粉々に砕け散っていく。

 

 しかし壁は1枚では無かった。

 2枚目……3枚目と凍結しては砕け散る。

 4枚目を凍らせはしたが、銀烈旋風シゥシャノースは勢いが止まり、ガルドへ到達することはできなかった。


 3枚も割られるとはな……


 前へ出していた左腕がピリピリと痛む。防ぎ切ったことを確信し、左腕を納める。


 やはりそうでしたか……

 あの見えない魔道障壁の数は恐らく数十枚程、最初は術者を囲む様に守っていた。

 配置も変えることができるようですね・・・


 4枚目の魔導障壁は凍ったまま動かない。

 エセンは凍った壁で身を隠しながら接近し、武器を持っていない左腕側を攻める。


 ガルドは変わらず一切構えていない。

 

 エセンは流れるように無駄なく剣を振るう。

 凍てついた刃が魔導障壁に触れた瞬間、凍りついていく。

  

 やはりこちら側を守っていましたね


 先程と同じように何度も死角を責め、次々と壁を凍らせていく。


 ガルドの真上以外は全て凍った壁で覆われた。


 これですべての壁が見えるようになったはず……くっ……魔導力が……


 風撫流スロエの高速移動に加え、剣に使用した魔導力の消費が激しく、底をつき始め、剣と鞘は徐々に元の姿へ戻っていく。


 最後のもう一振りだけ・・・力をお貸し下さい!


 エセンはガルドの壁のない真上へ上昇し、今放てる渾身の一撃を繰り出す。


 「銀獅子の咆哮シゥレノ オウルっ!!!」


 全力で剣を振り下ろす。

 途轍も無く巨大な圧が周囲の空気を凍結させながら降り注ぐ。

 

 ガルドは唯一視界の通った真上を見上げる。


 圧の周囲は空気中の水分が凍結し、外に向かって吹雪の様に流れることで鬣を思わせる。その姿は宛ら銀獅子シゥレノだった。

 

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