6話 二人の帝国騎士

 超大狼レ ニオ フォロゥ2頭で引く真新しい客獣車が、颯爽と帝都の外れにある帝都英霊墓地を目指し街道を駆け抜ける。

 質の良い座席のお陰で多少の揺れでも心地良く感じ、少し空いた窓から風が入ると2人の髪をなびかせる。疲れ切ったジオラスには丁度良い揺籠になっている。


 操縦士の男が小窓を開けこちらに声をかける

 「そろそろ帝都の前を通りますぜ!」


 帝都に近づくにつれて段々と街道の質が良くなっていく、窓からは巨大な外壁と数えきれない程の建物が見え始め、多種多様な人々、荷獣車、客獣車が行き交い混沌としている。


 「ジオラス様、もう少しで到着いたします。」


 エセンが優しく肩を揺らし、ジオラスは目を覚ます。


 「ごめん、いつの間にか寝てたみたい……爺ちゃんと母さんの話をしたかったのに……」

 

 「朝早かったので仕方ありません。私もこの客獣車には驚いています。こんなにも速く、安定して走れるとは……」

 

 「そうでしょう!? こいつは最近買い換えたばかりでしてね!前のも評判良かったんですが、どうもうちのフォロゥ達には合わんかったようで、すぐダメになっちまったんですよ!」

 

 「おおっと!?」


 自慢げに話していた操縦士は、速度を落とし獣車を街道の脇へ寄せる。


 「すいませんねお客さん、少し道を譲るんで」


 車内の2人は窓から外を覗き、エセンが小声で事態を伝える。


「あれは……帝国騎士の混成部隊の様ですね」


 防衛部隊ホグウィード1人 騎導部隊スベイン3人 対魔部隊ウィッチア2人 警備部隊オベイロン4人、計10人の帝国騎士は鷹獅子エルジレノを駆りすれ違っていった。


「全員四等以上の様です……」


「全員上級……ってことは只事ではないよね?」


「はい、防衛部隊ホグウィードを含めた完全部隊編成を組む場合は四柱聖剣か帝王の勅令でしか……滅多にあることではありません」




 操縦士は何食わぬ顔で客獣車を再度走らせ、

 帝都英霊墓地へ無事到着させた。

 

 操縦士の男が客獣車から降りると格納されていた足場を引き出し、扉を開け

「では、お帰りになるまでこちらで待ってますんで」

 と言いながら超大狼レ ニオ フォロゥ2頭と休憩をとり始めた。

  



 見晴らしがよく緑豊かな場所、色取り取りの花が咲き、波紋の様に草花がなびいている。


 一昨年の命日以来……


 ずらりと等間隔に並んだ墓標の中をエセンの後に続き、まずは母の元へ向かう。

 

 「ジオラス様、お止まり下さい」

 突然エセンが鞄を持った左腕をジオラスの前に出し歩みを止める。


 母の墓の前にはジオラスの知らない男女2人組がいた。

 見知らぬ女性はエセンとジオラスを見つけるなり、こちらに向かって歩いてきた。

 

 肩の少し上まで伸びた金色の髪、毛先は綺麗に整えられ、透き通る白い肌に紅瓜アッレの様な紅の瞳、軽鎧と左肩から下がるマントを纏っていても身体の線の細さが分かる。


 エセンは誰だか理解したのか左腕を下し警戒心を解く。


 彼女は2人の前で立ち止まり優しく微笑む。


「2人とも久しぶり、といっても君は覚えていないかしら。あんなに小さかったのに子供の成長は早いわね」


 遅れて男性が女性の横に並び立つ。


 巨大な身体、関節以外に隙ない鎧、煉瓦の様な色のボサボサの癖っ毛、そして見たこともない様な大きさの盾と剣?を背をっている。


 父さんや兄さんよりも体格の良い人は初めて見た……


 エセンは深々とお辞儀をする。


 ジオラスは動揺し、自分が来た理由と質問を投げかける。


「こ、こんにちは、えっと……父さんに言われてここへ来ました。あなた方は一体?」

 

 女性は会ったことがあるような口振りだが……


「私はマリア、彼はダリウス、見ての通り帝国騎士よ。君のお父さんとお母さんとは昔からの中でね。会う場所をここにしたのは見通しも良くて誰かに盗み聞かれる心配がないから……だと思うわ。お墓参りって理由で来れるs」


 マリアの言葉を遮るようにダリウスが口を開く。

「ルディアの騎士からは何も伝えられていない様だな」


「――?……はい、手紙で母の墓へ足を運べ、とだけ」


 ダリウスは軽くため息をつき眉間に皺を寄せた。


「君はまだ何も知らないから仕方がないだろうが、事はかなり重大だ」

 と言いながらジオラスの腰の剣に目線を移し、母の墓標に手を差し出しながら少し会釈した。


 ダリウスの動きを理解したジオラスは帯剣していた母の剣を墓の前にそっと置く。

 4人は墓の前に立ち膝でしゃがみ、各々が帯剣している武器の鞘を左手で軽くつかむ。

 そして右の掌を武器の握りにそっと掴まないように被せた。帝国式の墓参りの作法である。

 

「これから話すことに対して変に動揺したり騒いだりするな」


「単刀直入に言わせてもらう。三日前ランスラスカ王の命が狙われた、首謀者と疑われているのがルディアの騎士・・・君の父だ」


 …………は?!


 ジオラスは頭が真っ白になった。

 

 ――でも、そんなはずはない。

 父さんは帝国騎士として帝王の為、そして帝国に属する全てを命をかけて守り、戦ってきたはず……。

 父さんが従属国の王を暗殺しようとしたなんてありえない。

 

 しかし、父さんの身に何かがあったからこそ、この場所へ僕を向かわせた?

 

 声を抑え、震えた声でダリウスに問う

「ほ、本当に父さんが首謀者……なんですか?」


「いや、ルディアの騎士が関わっているという証拠はどこにもない。ランスラスカの後継者候補の派閥が他の候補者や、後々厄介になるであろう者を始末しようと企てた結果、ルディアの騎士が何かしらに該当したのだろう」

 

「であれば、なぜ父さんは僕やあなた方をここへ?」


「ランスラスカ王を狙った者としてルディアの騎士を捉えようと帝王の命により、既に混成部隊が動き始めている。つまり帝国騎士ではないお前は問答無用で帝国側から敵視されている。ということを伝えるためだろうな」


 さっきすれ違った混成部隊は僕達を探して……


「私達も独自に調査を始めてはいる。何人か怪しい奴はいるのだけれど、まだ絞り込めていないわ」


 そんな……


 ここまで無言だったエセンが口を開く。

「帝国騎士であれば敵視されないと言うことでしょうか?」


「ガルド君の処遇を聞きたいのは分かるけれど、正直言って彼もどうなっているか分からないわ」


「では、帝国騎士見習いは……?は捉えられてしまったのですか?」


「ミネザ・ソイルにも同様……と、言いたい所だが、既に彼女は2日前には国外逃亡をしているという連絡が入っている」


「国外逃亡・・・姉さんが?」


 【ミネザ・ソイル】

 ジオラスの5歳年上の姉。

 帝国騎士見習いの期間は2年、今年は帝国騎士選抜に選ばれ、アルゾワールの代表として出場する予定だった。気が強いがとても優しく、剣導と魔導どちらの腕もかなりの実力である。


「ソイル家を全員生きて捉えると言うのが表向きだが恐らく生死は問われていないだろう。それが上級一等、ルディアの騎士であっても」


 ジオラスが慌てて立ち上がろうとすると、マリアがジオラスの肩に手を置く。その力は華奢な女性のものとは思えない。


「落ち着いて。大丈夫だから、私達がここに来た理由はあなたを逃すため。だからこれから起こるかもしれない事、これからしなければいけない事をしっかりと理解して行動して欲しいの」


「――わ、分かりました……」


 彼女はジオラスを落ち着かせるために肩を少しの間撫でた。


「落ち着いたかしら?」

 

 ジオラスは軽く何度か細かくうなずいた。


「まず、帝王の敵ではないと証明しなければならないわ。その為にも私たちは気づかれないように敵の特定をしなくてはならないの。だから、あなたにはジオラス・ソイル名を捨て、身を隠してもらう必要があるわ」


「隠れるって、どこへ……?」

 

「ある人物に匿ってもらおうと考えている――」

 と折り畳んだ羊皮紙をダリウスが差し出した。

 

 ジオラスはそれを恐る恐る受け取り広げる。


「何かあった時はそこへ記されている場所へ行け、今は隠居しているが昔は名を馳せたお方だ。信用できるし、実力もある。そして何より、ルディアの騎士の息子である君にとっては頼れる相手だ」


 ダリウスは真剣な眼差しをジオラスに向ける。

「もし、ルディアの騎士が無実だと分かった時にはすぐに迎えを送る。それまで待っていて欲しい」


「わかり、ました……」


「――以上だ。では、我々はもう行く」


「そうね、あまり長居しても怪しまれるわ。

 最後に……私たちはあなた達の味方だということを忘れないで・・・エセン、あなたなら大丈夫だとは思うけど彼を頼むわ」


「えぇ、ジオラス様に何かあったら旦那様に顔向けできませんもの。」


 マリアとダリウスは立ち上がり、何もなかったかの様に去っていった。


「ジオラス様、あまり得策ではありませんが、まずは客獣車でアルゾワールへ戻り、メルテムとルズカルに合流しましょう」

 

「エセンごめん、頭の中が……整理できないよ」


 ジオラスはお供えした母の剣に手を伸ばす。

 触れると剣は何故かとても冷たく感じた。

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