3話 沈む夕陽と豪華な夕食 後半

 とても良い香りが食卓に広がっている。

 

 ソイル家の敷地内に自生する数種類の葉野菜と中央には華蜜鶏フランティートのゆで玉子が人数分以上に大皿に盛り付けられている。

 いつもは主役を飾っている保存食の油豚アジークの燻製は細かく切られ、今日は葉野菜の盛り合わせのわき役になっている。

 

 特に目を引くのが帝国一角ニオ雄鹿リトのもも肉が二枚、香味野菜と共に包み焼きにされている帝国の伝統料理、一角大雄鹿の包焼きリニオリトドゥーヌだ。

 

 僕が飲む柑木天蓼ミキリウと少し蜂蜜を混ぜた飲み物と女中三人が飲むであろう柑木天蓼ミキリウの酒が各席に用意されている。

 

柑木天蓼ミキリウ】 

  茶色く毛羽立った表面、黄色い果肉、縦に長い形状で垂れ下がるように実る。

 果汁がとても多く、強い酸味と少し渋味があるが熟れるととても甘くなる。

 好んで酸っぱい物を食べる者もいるようだ。

 剣のような形状から帝国の祝い事での果物か飲み物としてよく振る舞われている


 「よいしょ」

 最後に女中のメルテムが華蜜鶏フランティートの煮込み料理を運んできた。

 鍋つかみを着けたままゆっくりと大鍋の鍋蓋を持ち上げる。

 ふわりと湯気が上がり一緒に煮ていたであろう香草と、少し辛味のある紅瓜アッレの香りが広がっていく。


「いつもこれくらい手の込んだ料理を作るべき」

 鍋蓋を置き、鍋つかみを外しながらムスッとした表情でメルテムは料理を見渡す。


 最近は限られた食材だけであまり代り映えしない料理を作っていたからか、久々に華やかな料理を作ったメルテムは何だか満足気だ。


 「毎日こんな料理だと買い物が凄いことになりそうだね……」


 「そうですよ!アルゾワールの大市場シグンスからここまでお肉運ぶの大変だったんですからね!」

 

 「ルズガルはもう少し鍛えた方がいい」


  エセンが手を二度叩き、皆会話を止める。

 「冷めてしまいますから、皆さん席へ着いてください」

 

 女中の二人は今日もワイワイと仲良く騒がしい。

 

 全員席に着くと目を閉じ、エセンが感謝の言葉を唱える。

 「初代マンチニール帝王様、初代四騎士と四柱聖剣、そして天使レティクル様、今日も平和と導きの光をありがとうございます」


 エセンが言い終えると皆目を開いて各々飲み物の器を前に出し声を合わせた


 「乾杯レテューラ!!」 


 一口飲むと女中達は早速料理を切り分ける。

 

 「ジオラス様どうぞ」

 メルテムが手際よく葉野菜とゆで玉子を小皿に取り分け、特製ソースをかけたものを目の前へそっと置いてくれた。


 「みんなで食事するの最近なかったですよね!」

 ルズガルも大市場シグンスで買ってきたであろう少し硬めのパンを別の小皿に切り分け配っていく。

 

 基本ソイル家では女中の食事は別に作り時間を分けて食べているため、全員そろって食べるのはかなり久々である。


 「旦那様がランスラスカへ出発された時以来ですね」

 

 「ということは半年ぶりですか?!」


 父さんもうそんなに帰ってなかったのか……。


 帝国騎士の父さんは元々そんなに家にいる人ではなかったし、書物庫に篭っていたから今更驚いた。


 「帝国騎士選抜の準備って長くても1ヶ月で終わるはずでしたよね?」


 「そのはずですが無事戻られるようですし、問題はないでしょう」

 

 葉野菜を食べながら話を聞いていると、いつの間にか一角大鹿の包焼きリニオリトドゥーヌと煮込みが目の前に置かれていた。


 煮込みのスープを冷ましながら一口飲む。

 よく煮込まれた赤いスープは紅瓜アッレの酸味とピリリとした辛さの後に華蜜鶏フランティートの甘い旨みが口の中に広がる。

 

 とても暖かい……

 

 「みんなが話してる中食べるのってこんなに……美味しいんだ」

 

 みんなで食事なんて何度もあった事のはずなのに……不思議だ。


 「ジオラス様なんか大人になった」

 

 「……ん?」

 

 「一年も沢山の本を読んだら人が変わったみたい」

 

 「そ、そうかな?」

 照れているのを紛らわす為に華蜜鶏フランティートの何処の部位かもわからない肉を頬張る・・・脂身がトロけ肉はホロホロと噛まなくても解けていく。


 ……んまい


 「今日は外で吹っ切れたみたいですよ」

 

 「そうなんだ。よかったですねジオラス様、あ、ちゃんと味染みてそう――あむっ」


 メルテムは相変わらずおっとりと自然体な感じだ。

 僕は一角大鹿の包焼きリニオリトドゥーヌの肉をナイフで一口の大きさに切っていく。

 脂身は少なく、とても柔らかいが弾力もある。しっかり火が通り焦げ目のついた香味野菜とソースを肉と一緒に一口で食べる。

 煮込みと違って 肉を食べている! という感じだ! 


 「ジオラス様、明日のご予定ですが、いつもより早めの朝食を済ませた後、身支度をさせていただきます。大市場シグンスまで歩き、そこで客獣車に乗りお墓の近くまで移動します」


 ジオラスは口の中の肉をモグモグと噛みながら小さく何度か頷く。


 「お墓ということは、帝都の近くまで行くんですね」


 「えぇ、メルテムとルズガルは留守番を、夜には帰ると思うわ」


 「お任せください!」

 「お夕飯作っておく――んっ美味し」


 古屋敷から漏れる明り、そして明るい会話と笑い声が夜遅くまで灯っているのでした。

 ※みんなお腹いっぱいになった後もメルテムが残りを全部平らげました。

 

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