2話 沈む夕陽と豪勢な夕食 前半

 剣は嫌いだ。


 帝国騎士を目指す者は15歳になると帝国騎士見習いになる。

 ジオラスは8歳から稽古場へ通い、剣導指南を受けていたが剣を扱う才能がないのか上達できなかった。

 

 僕もあと3年後には見習いに……


 不安を振り払うかの様に力一杯剣を振り回す。

 

 何が駄目なのか頭では分かっていても身体と剣が上手く動いている感じがしない……


 「はぁ、はぁ……」


 久しぶりに振るう剣はとても重く感じる。


 「ジオラス様、結構なお時間稽古なされていますが、どうされたのですか?」


 「あぁ、エセン……。はぁ、はぁ……もう、食事の準備ができたのか?」

 両手で剣を地面へ突き立て俯きながらエセンへ問いかけた。


 「いえ、華蜜鶏フランティートの煮込みにもう少々お時間を頂きたく」


 「そっか、わかった……」


 深呼吸をして息を整えエセンを見上げる。

 

 「さっきの手紙で父さんに怒られた気がしてさ、少し気晴らしに。」


 「そうですか。では少しお相手いたしましょうか?」

 そっと腰に下げた剣に手を添える。

 

 「いや、また今度お願いするよ。今日は疲れた……」


 大樹の葉が風で静かに葉音を立てている。

 夕陽が沈みかけ、辺りが僅かに暗くなると汗が冷え少し肌寒く感じたが、いつも書物庫から夕焼けを見ていたからか、今日の夕焼けは何処か暖かい。

 

 「久々にエセンの剣の技が見たいな」


 エセンはジオラスが忌み嫌っている 剣 という言葉を発したことに少し驚いたが、目を閉じ、軽く会釈をすると自分の剣を引き抜き構えた。


 早くも遅くもない動きでジオラスに見えるように、剣と体を動かし始める。その動きは地面に凹凸がないと思わせる程、すべるようななめらかな動きと一振り一振り無駄のない美しい刃の軌跡。剣導術の流派の一つ風撫流スロエ


 僕が基本の形で適当に振り回しているのとは違う……彼女は今、風、そして剣と一体ひとつになっている。


 「エセンは帝国騎士になろうとは思わなかったの?」

 見惚れていると聞くつもりもなかったことを無意識に聞いてしまった。

 

 不意だったのにもかかわらずエセンはふわりとひるがえし、横に流れていた剣を素早く上へ振り抜き、そしてゆっくりと腰の鞘へ剣を納めた。

 

 振り上げた時の風がジオラスの頬を優しく撫でる。


 「一度だけ思ったことはございますが、目指したことはありません。この風撫流スロエは大旦那様、ジオラス様のお爺様から教えて頂きました……。今でも鮮明に覚えています。孤児だった私を拾って、色々な場所を旅して……まるで自分の子供のように育てて下さりました」


 「私はお爺様と同じ冒険者になり、一度は独り立ちしましたが、お爺様が冒険者をご引退なさると聞いて恩を返したく、ソイル家の女中として雇って頂き、お爺様を看取り終えた今も・・・とても幸せなのです……」


 「エセンは爺ちゃんに出会えて良かったね」


 「申し訳ありません。こんな自分語りをするつもりではなかったのですが……」


 祖父は僕が生まれて直ぐに老衰、母は2歳の頃にとある事件で命を落とした……自分の祖父と母の事なのにエセンより何も知らない、覚えていないのがもどかしい。

  

 「父さんの手紙に母さんのお墓へ行くように書いてあったんだ。だから明日出掛けよう。向かってる間、爺ちゃんと母さんのこと話して欲しいな」


 「畏まりました。お爺様と奥様もお喜びになると思います」

 エセンは柔らかな笑みを浮かべジオラスを見つめた。

 

 「ジオラス様ー!!エセンさーん!! お夕食ができましたよー!!」

 玄関の方でルズガルが大きく手を振ってこちらを呼んでいる。


 「……あはは」

 「フフッ」

 

 なぜだか二人は無邪気に手を振っているルズガルの姿を見て自然と声を出して笑った。

 

 なんだかこの一年ずっと塞ぎ込んでいた事が馬鹿に思えた。

 

 剣は嫌いだけど向き合い続ければ――いつか……


 「では、行きましょう。ジオラス様」


 きっとこの少し肌寒い身体を皆といつもより少し豪華な食事が暖めてくれるだろう。

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