1話 手紙

 本を読むのが好きだ。


 父さんの不在を狙っては、書物庫に入り浸る……伝説的な騎士の物語、見たこともない動植物の図鑑、魔導薬調合書、様々な国の歴史書。これらは全て冒険者だった祖父が集めた書物だそうだ。この書物庫にいるだけで僕は世界を大冒険している気持ちになれる。

 

 いったいどれ程の時間があればここにある書物を全て読むことができるのだろう……。

 

 本来書物庫は父さんの言い付けで入ってはいけなかった。

 

 マンチニール帝国騎士団 騎導部隊オベイロン上級一等、ルディアの騎士の異名を持つ父さんは年に1度行われる帝国騎士団入隊選抜に出向いている。

 

【帝国騎士入隊選抜】 

 有力な帝国騎士見習い同士が模擬戦を行い、戦闘スタイルや能力によって適切な部隊に入隊するための最終試験(振り分け)のようなもので、隊長や副隊長などが気に入った騎士見習いがいれば稀に指名することもある。技量が足りていないと判断されれば見習いへ戻るか、辞めることとなる。


 従属国は毎年この帝国騎士選抜に最大4人の帝国騎士見習いを送り出し、帝王からの信頼と莫大な褒美を得るため、各国の学び舎でその国特有の流派の剣導指南や魔導指南に勤しんでいる。

 

 父さんの帰りが予定より遅れているので、女中のエセン、メルテム、ルズガルの3人は心配している。

 

 僕はその入隊選抜のおかげで一人稽古をサボって書物庫に入り浸れているのだが、次はどの本を読もうか……。


 この本棚はまだあまり触れていなかったな。

 

 〈レフーノス毒草種の多様性と反作用 マンチニール帝国騎士団対魔部隊ウィッチア監修〉

 〈13種の古代樹と周辺生物記録〉

 〈睡眠中の魔導回路 レオナ・マグダナル著〉

 〈帝国暦700年 偉大な騎士達〉

 〈カッツデの調理と味見〜辛味南部〜〉

  ・

  ・

  ・

 

 全体的にとても古いし書物の種類にまとまりが無いな……。


 「・・・・・・これは?」

 

 一際古びた書物が目に入り、手に取る。

 

 かなり古い、それに見たことない文字だな・・・

 

 少し触れただけで朽ちてしまいそうなその本はマンチニール帝国、その他従属国の使っていた文字とも異なっていた。


 魔物の呪言や妖精族が使う詠唱などの少数言語の文字なのだろうか?

 

 慎重に捲っていると1枚の紙が挟まっていた。

 

 これは、翻訳したメモ?爺ちゃんが少し解読していたのかも……アルメn


 《コンコン》

 書物庫の扉をノックした音が鳴り、振り返る。


「失礼します。ジオラス様」


 女中のエセンが封筒を持ってきた。

「騎士団からの手紙です。速達の帝都巨鷹エルジーが先程運んできました。もしかしたら旦那様に何かあったのかもしれません」


 朽ちそうな本を棚に戻しエセンから手紙を受け取る。

 

 帝国騎士団の魔道封蝋が押され、上質な紙が使われている。間違いなく騎士団からの手紙だ。

 

 魔道封蝋に親指をかざすと封蝋が空気と融け合い煙になった。指を離すと帝国騎士団の紋章が封筒に焼き付いていた。

 


 我が愛すべき息子 ジオラスよ

 

 家に戻らず心配をかけているだろう。すまないと思っている。

 私は現在、帝国騎士団入隊選抜準備の後始末をしている。終わり次第家に帰るつもりだ。


 私が居ない間も書物庫を漁るばかりではなく鍛錬を忘れないようにしなさい。

 

 会える日を楽しみにしている。


 バルサ・ソイル

            母の墓へ足を運べ

 

 とても奇麗な文字は代理人に書かせたものだろう。


 書物庫に入り浸る日々も終わりかな・・・

 と残念な気持ちと自然と少し安堵した笑みが浮かぶ。


 ……?

 最後の一文だけ他とは違い達筆で乱れた字体……父さんの字?


 

 

 思えば久しく母さんのお墓には行っていなかった。

 最後に行ったのは2年前……


「旦那様がご無事で何よりでした。 晩御飯はいつもより贅沢にいたします」


 エセンは嬉しそうに微笑んで、急いで女中を集め食事の準備を始めた。

 

 父さんにはサボっている事はお見通しらしい・・・久々に庭で一人稽古でもしようかな。


 「エセン!庭で身体を動かしてくる。食事の用意が出来たら呼びに来てくれ!」

 

 ガチャガチャと調理の準備をしている厨房のエセンヘ少し大きい声で声を掛け

 玄関の壁に立て掛けてある稽古用の剣を取り、庭へ出るのであった。

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