ユーゴと麦と
月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊
第1話
駆けてくる。ざざざと風が穂をゆらし、緑の波がユーゴを包む。
熟れ若い 青い麦の穂 にぎりしめ 息せき切って走り来る。
まだ日の高い麦畑。 だあれもいない麦畑。 まだまだ青い麦畑。
暗い森 そこにあるのは宝物。 だれも知らない宝物。
古く枯れ 朽ちた大きな 木のうろに いるのはたった一人の友達。
大きな目 黒くくぼんで 鼻の穴 半分開いたかわいい唇。
真っ黒に しなびてかたく 干からびた 小さな小さな赤子の死体。
人が死ぬ どんな薬もききはしない それは禁忌を侵した病
ざざざと風が穂をゆらす 麦は日々日々育ちゆく 天に向かって伸びてゆく
日を経るに 太り始めて 天を指す 青さの残る 金色の麦
鎮魂歌 村の中から聞こえ来る 大人は口を 閉ざしたまま
知っている だからユーゴは 赤子に話す 「大人になったら 死ぬのかな」
「子供でも 大人じゃなくても 死ぬんだよ」赤子のふりして 自分で答える。
「いっそこのまま 逃げようか」 固く黒く干からびた 小さな小さな赤子の死体
その昔 この地で人が 戦った そこから生えた 黄金の麦
村人は その麦を食べ 死んでいく 死んだ体を 畑に埋める。
こんなことをしてまでも。人は生きねばならぬのか。どうして生きねばならぬのか。
夜明け前 ユーゴは村を抜け出した 抱いているのは赤子の死体
その昔 麦の地面に埋められる ことを拒んで奪った妹
駆けてゆく 黄金の麦を かきわけて 幼き妹 胸に抱く
ユーゴと麦と 月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊 @Tsukimorioto
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