2−7|転入準備

 ミアが必要な書類を持って戻ってきた。


「オーウェンはもう戻って構いません。協力ありがとうございました。」


 デボラがオーウェンに謝辞を述べた。


「いえ、感謝されるようなことは何も。それでは失礼します。イリス、合格おめでとう。また会えると良いね。」

「ええ。オーウェン、ありがとう。これから頑張るわ。」


 オーウェンは扉の前で校長に向かって一礼すると、イリスに向かって手を振りながら校長室を後にした。


 オーウェンが出ていった後、デボラが部屋の隅にある背の低いテーブルとソファがある場所へイリスを案内する。


 デボラがイリスに着席を促しながらソファに座る。イリスもソファに座った。


「それではこれから書類に必要事項を記入していただきます。文字は書けますよね?」

「はい。書けます。」

「よろしい。ではこの書類に…」


 イリスはデボラ校長の言う通りに幾つかの書類に必要事項を記入した。出自に関する記憶を喪失しているので少し記入に手間取る箇所もあったが、デボラ校長が気を利かせて、出自がわかってから記入すれば良いことになった。


 デボラ校長の助けもあって、イリスは全ての書類に記入を終えた。


「これで必要な記入事項は全て書いていただきました。入寮も今日からしていただけます。相部屋になりますが、よろしいですか?」

「はい、構いません。」


 魔剣士学園に転入することができたので、これからは寮生活ができる。これで住居や食事に関する問題は無くなった。


「では、これから制服を採寸してもらいに行きます。ミアと一緒に行ってもらいましょう。ミア、よろしくお願いします。」

「かしこまりました。」


 ミアはスカートの裾をつまんで少し持ち上げながら頭を下げた。


 * * *


「イリス様、こちらになります。」


 ミアが店のドアを開けると、ドアチャイムのカランコロンという軽快な金属の音がする。


「いらっしゃいませ〜。あら、ミアさん!今日はどんなご用件で?」


 奥から若い女性が出てきた。20代後半くらいだろうか。セミロングの紺色の髪を肩に下ろしている。やや垂れ気味の目は、少し眠たそうな印象を与える。


「エイミーさん、こんにちは。今日はこの子が着る制服の採寸をしていただきたいのですが。」

「え?制服の採寸ですか?こんな時期に?」

「はい。少し特殊な事情がありまして。あまり多くはお話しできないのですが。」

「へぇ〜、そうなのね〜。」


 エイミーの目がイリスの頭から足元まで動く。エイミーの目が、年相応に膨らんできたイリスの胸の前まで戻ってきて止まった。エイミーの鼻の下が若干伸びている。口元もだらしなくニヤついているように見える。


「あ、あの…」イリスがその視線に気がついてエイミーに心配そうに声をかける。

「ああ、すみません。制服の採寸でしたね。イリスちゃん、奥へどうぞ〜。」


 エイミーはすぐに顔を営業スマイルに戻すと、店の奥へ入っていった。


「あの、ミアさん。あの人大丈夫なんですか?」イリスが尋ねる。「私の胸をニヤつきながら見ていた気がするんですけど…」

「ああ、見ていましたね。頭はちょっとアレですが、腕は確かですよ。大丈夫です。」


 ミアは力強く頷いたが、イリスは、説得力が無いよ〜、と顔で訴えつつも、仕方なく店の奥へ採寸しにいく。


 店の奥では、巻き尺をビッと肩幅くらいの長さで斜めに構えたエイミーが待機していた。目をキラキラさせて。いや、ギラギラさせて。


 イリスはギョッとした顔でくるりとUターンして店を飛び出そうとしたが、エイミーはそれを許さなかった。イリスに飛びついて巻き尺でスリーサイズを計る。飛びつかれたイリスは少し涙目である。


 店の中から物が倒れる音や女性の悲鳴が聞こえてくる。誰かが騎士団に通報するかと思いきや、誰も通報しない。もはや日常と化しているからだった。


 しばらくして。


「ゼェ、ゼェ、採寸ってこんなに疲れるものだったかしら…?」

「~♪」


 肩で息をしながら店の奥から出てきたイリスは、ちょっと涙目で、よく見ると若干服装が乱れている。鼻歌を歌いながら出てきたエイミーはどこかホクホクした表情だ。なぜこうも二人の様子が違うのかは、読者の皆様のご想像にお任せしよう。


 出てきた瞬間のイリスは、ミアを恨めしそうに見る。ミアはどこ吹く風だ。


「この店には関わらないようにしよう…!」


 小さくつぶやいたイリスは、心に固くそう誓ったのだった。


「イリスちゃん、制服は明日までに作っておくから、明日また取りにきてね〜!」


 エイミーは今にもお花畑でスキップなんかをしてしまいそうなくらい良い笑顔でイリスとミアを送り出した。


 店の外にでたイリスは、隣を歩くミアに質問する。


「どうして、この店で制服の採寸をしたんですか!?」


 イリスの口調は、どこかミアを責めるような口調だ。


「明後日から授業に参加されるとなると、すぐに制服が必要ですが、エイミー以外に1日で制服を仕上げることができる人物はこの街にはいませんから。」


 そう、簡単な理由だった。エイミー以外に制服を1日で仕上げることができる服屋が存在しなかったのだ。魔剣士学園の制服を取り扱っている服屋はあるのだが、エイミー以外は制服を作るのに5日〜1週間はかかる。

 入学のころだと既製品が余っていたりするが、入学のシーズンが終わると、ほとんどすっからかんになるのだ。


「そう、だったんですね。なら仕方が…」

「それと、遠くの服屋へ行くのが面倒だったということもあります。」


 ミアの返答に、イリスの額に青筋が立つ。それを察したのかどうかはわからないが、ミアは間髪入れずに次の予定をイリスに伝える。


「これから学園に戻って、寮の部屋をご案内するので、学園まで行きましょうか。」


 イリスは、口をパクパクと動かした後、ミアに怒っても仕方のないことかと諦めたように黙った。

 学園に戻るまで、二人は口をきかなかった。

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魔剣士聖女の学園生活 〜嵐で遭難した聖女は魔剣士になりました。教団の人たちが探しているようですが、聖女は記憶喪失です~ いそた あおい @iSoter_kak

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