作者より頭の良いキャラクターを創作できるのか?

小地球儀

答えは、できる――ただし

創作論の世界で大昔から言われていることに、「作者より頭の良いキャラクターを描くことはできない」というものがある。

作中のあらゆる人物の思考や言動は作者の頭の中からしか出てこないのだから、いくら作者が「このキャラはめちゃくちゃ頭がいいんだ、天才なんだ」とアピールしようとしても、結局は作者の頭脳レベルがそのキャラの知性の限界となってしまうというわけだ。つまり、世の中のあらゆる創作キャラクター達の頭の良さは常に作者の頭の良さと同等ないしはそれ以下なのであって、キャラの方が作者より頭が良いなんてことはありえない――でも、本当にそうなのか? 多分これを読んでいるあなたにも、「このキャラはなんて頭がいいんだ! 天才だ!」と感心したような経験はあるだろう。自分は天才ではないからそんな天才を描くことはできないと、もしあなたがそう思っているとしたら……あなたはとても損をしている。




量的な頭の良さ


「作者より頭の良いキャラクターを描くことはできるのか?」

この問いの答えは、その頭の良さの中身を「量的な」頭の良さに限っていいのであればいとも簡単にYESと答えることができる。

量的な頭の良さとは、一番わかりやすいのは単に作者よりも知識が多いということだ。これはあまりに簡単な話で、要は作者が本やネット等々の資料で調べた知識をそのキャラに持たせるだけでいい。世界中の国と首都の名前とか、化学肥料を合成する方法とか、作者がそうした知識を元々知らなかったとしても資料を見つけて書き写せばあっという間にそのキャラは作者よりも「頭が良く」なる。囲碁や将棋の創作において、プロの棋譜を引用すれば作者が素人でもプロレベルの対局が描けるというのもこのパターンのひとつだろう。


量的な頭の良さには他のパターンもある。作者がコンピュータを使わなければできないような計算を暗算させるだとか、作者が一週間考えて練り上げたアイディアを2秒で思いつかせるといったようなことだ。読者は作中のキャラが「(54*795*3-99)^2=16561373481」のような計算を暗算したからといって、まさか作者もそれを暗算でできるなどとは考えない。「ああ、パソコン使ったんだな」と思うだけだ。とはいえ一応、間違いなくそのキャラの計算能力は作者より上であるということは表現できる。めでたしめでたし。




質的な頭の良さ


ここまで読んで多くの人は、「そんなこと言われなくてもわかってるよ」と思ったことだろう。本当に知りたいのは量的にではなく、質的に作者よりも頭の良いキャラクターを創作できるのか、ということだ。では、どのようなものが質的な頭の良さなのか。それはたとえば知略や戦略の巧みさであったり、勝負事や駆け引きの中で作者自身でさえ思いつかないような戦術やアイディアを打ち出せるようなキャラクターがその代表例と言えるだろう。カードバトルのような知略ゲームにおいてアッと驚くような意外で高度な戦術を閃くギャンブラー、推理小説において奇想天外なトリックを編み出す犯人やそれを解き明かしてしまう名探偵……。このようなたぐいの頭の良さは、しょせん作者自身の頭脳レベルが創作で表現できる上限いっぱいなのだろうか? ということは、現実に知略ゲーム大会を開催して知略系の漫画や小説の作者を連れてくれば、彼らはその天才ぶりを見事に発揮して無双してしまうのだろうか? 


中にはそのような作者もいるかもしれないが、おそらく大半の創作家には当てはまらないはずだ。彼らの作品に登場する「天才」キャラクター達は、単に知識が豊富だとか計算が早いとかの量的な面を超えて作者よりも頭が良いと考えるべきだろう。そう、実は作者より質的に頭の良いキャラクターを描くことは「できる」のだ。


ただし、残念ながらその方法はあなた一人では実現できない。




集団脳という特殊能力スペシャルスキル


質的に作者より頭の良いキャラを生み出す最良の方法は、身内や友人、編集者やスタッフといった、要は自分以外の他人と議論してアイディアを出し合い磨き上げることだ。これは「自分より頭のいい人に正解を教えてもらう」というようなことではない。それは単に資料をググっているのと同じだ。そうではなく、別に議論の相手が作者より頭がいい必要はまったくなく、議論という行為そのものに力があるということなのだ。


これは特に、知略ゲームや能力バトル等を描くために駆け引きや戦術面のアイディアを練り上げたいといったような場面において大きな威力を発揮する。人はいくら自分ひとりの頭でじっくり考えても己の思考の落とし穴には気づけないが、第三者のツッコミがあるとあっさり気づけるということがしばしばある。言い換えるなら、人は自分の戦略の落とし穴には気づきにくいが他人のそれには気づきやすい。これは「頭の良さ」の話ではない。どれほど頭のいい人であっても、自分のアイディアの欠陥に気づくのはとても大変なことだ。だってそれは自分で考えたアイディアなのだから! だからこそ、他者との議論によってそれを見抜くことがとても有効なのだ。


簡単な話、作中でカードバトルなどの知略ゲームを描くなら、実際に人を集めて模擬ゲームをやってみるのが一番いい。いざプレイしてみればルールの穴にも気づけるし、これが必勝法なんじゃないかと思ったことが実は欠陥戦術だったなんてことにも誰かが気づいてくれるだろう。そしたらあなたはそれらの意見を元にまた新しいアイディアを考えて皆に投げてみる。そのようにして集団で磨き上げたアイディアを1人のキャラに集約すれば、そのキャラは間違いなく議論に関わった個人をも上回る――当然、作者よりも質的に優れた――知略を持つことになる。1+1+1が3になるとは限らないが、少なくとも1よりは大きくすることができる。1を越えることが目的である限り、それで充分だ。これこそ人類が進化の過程で手に入れた「集団脳」という特殊能力スペシャルスキルなのだ。


わかりやすさのために知略ゲームを例に上げたが、この方法はもっと広く応用できる。チームスポーツや能力バトルや犯罪トリック、あるいはちょっとした機転や予測。様々な場面で登場人物に頭の良さを発揮させたくなった時、自分ひとりの頭の中であれこれと悩んでいてもキャラの頭脳があなたの頭脳を越えることは決してできない。しかしその限界を越える方法は確かに存在する。人は知恵を集めることによっていち個人よりも賢くなることができるのだから。

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